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第20話

二人のことを詮索せず、ここでの生活や家賃を他言しない。

それが、ここのビルの住人になるための条件だった。


いいえ、もう一つ。

どういう判断基準かは明言されたことは無かったけれど、

ベンが住人として認めるかどうか。


これらの条件が満たされて、めでたく、

表参道に格安で住める幸運をつかめるのだった。


松原さんは、でも、やっぱり二人のことが気になるようだった。


男同士、できるだけ仲良くしようと、

私とはまた違うアプローチで二人に接近したけれど、

カイは相変わらずあの調子で、

ベンに至っては明らかに、それを避けるように行動した。


その一方で、私が松原さんと過ごす時間が増え、

それに反比例して、ベンやカイと夕飯を一緒にとる時間が減った。


少しずつ、ベンとの、そしてカイとの距離が、

縮まってきたように思えていた矢先のことだっただけに、

これが、ベンの思惑なのかと思うと、切なかった。


「ねえ、ユイちゃん。

 カイ君の花壇に咲いている花、見た?」


共有ダイニングルームで、松原さんのお手製の夕飯をいただいていた時、

お客さんから差し入れられた花を美容室に飾っているとの会話の流れから、

不意にカイの花壇の話題が上った。


ベンに注意されてからというもの、カイのペントハウスには、

なるべく近寄らないようにしていた。

カイの花園と聞いた途端、

あの時のクレマチスが、あのブルーに近い柔らかな紫色の花が頭の中に蘇った。

「プリンス・チャールズ」という、別名があったんだっけ?

そのプリンスの称号が、やけにカイにぴったりな気がして、

そんな名前をもつ花を一輪、彼から手渡され、部屋に飾れる幸せを感じた。

そして彼を近くに感じていたのだった。

それが枯れてしまうのが、惜しくて仕方なかった…


思わず、思い出に浸りそうになった自分に、はっとして、

私の秘めた想いに気付かれないように、

できるだけ普通に答えた。


「あ、ううん。

 そういえば、最近、行ってないな。

 今は何が咲いているの?」


「えーっと、そういえば、なんて言ってたかな…

 えっと、えっと…あ、『ポーチュラカ』だ!」


「ポーチュラカ?」


「ああ、もともと、ドイツ産の花とか言ってたな。

 ちっちゃくて、こんくらいの大きさの花なんだけど」


そう言うと、松原さんは、右手の親指と人差し指で輪っかをつくって見せた。


「色とりどりでさぁ、白・ピンク・オレンジ・黄色・紫、

 咲き乱れてんだよな。


 いやあ、ホント、見事だよ。

 俺なんて、小学校のとき、校庭の朝顔でさえ枯らしかけたからな。

 あんなに見事に花を咲かせられるって、

 カイって、そうとう几帳面なんだろうな」


カイのことを褒められて、

何となく嬉しくなってしまう自分を押しとどめながら、

「そうかもしれないわね。

 私も、花壇、見てみたいな・・・」

と彼に合わせた。


「ああ、あれは一見の価値があるよ。

 そうそう、あの花、売れんじゃないかな?

 それとも、屋上花壇とかって言ってさ、

 入場料とっても、とれんじゃないかな」


「ふふふ」


独立するためのお店の資金集めに苦慮している松原さんは、

最近、どうしたらもっと稼げるかを思案していた。

その松原さんらしい発言に、私は思わず笑った。


「まあね、カイ君もベン君も、お金のことには無頓着だからなぁ~

 そのお陰で俺だって、格安でここに住まわせてもらってるんだけど。

 それはそうと、カイ君と、ベン君、一体何の仕事をしているんだろうね?」


「さあ…

 二人のことは、詮索しないことが条件ですから・・・」


もちろん、私自身もすごく気になっていたところだったけれど、

私は、なるべく何気ない風を装って答えた。


「まあ、ね。

 でもさ、こうやって、古いけど、こんなりっぱなビルに?

 こんな値段で貸してさ、しかも、住人は俺たちだけって、

 家賃収入じゃ、やってけないよね?」


「そうですね・・・」


気にならないわけではなかったけれど、

何となく、踏み込んではいけない話題な気がして、

私は今まで、気にしないでいた。


「かといって、昼間、働いているわけでもなさそだし。

 このまえ、チラッとだけ、カイ君の部屋の中、見たんだけど・・・」


「えっ!?見たんですか!?」


私は思わず、前のめりになってしまった。

それに驚いたように

「いや、ほら、前にミュウがビルん中、うろうろしていたって言ったろ?

 んで、迷子になったんじゃないかって心配して近寄ったところが、

 たまたまカイ君の部屋の前だったんだよ。

 んで、偶然にも部屋のドアがちょうど開いてさ、

 中が見えちゃったってだけのことなんだけど・・・」


カイは殆どをペントハウスで過ごしていたけれど、

もちろん、一室をもっていた。

最上階の5階にベンと二人、並んだ部屋が彼らの住まいだった。


「一見した感じだと、すっごくシンプルな?

 なーんにもない部屋でさ。

 ま、ペントハウスが彼の主な居場所だと思えば、

 荷物はそっちにあるのかもしれないけど、

 全体的に、白っていうか、無っていうか。


 もちろん、パソコンとかOAの類はあるかもしれないけど、

 デイトレーダーっての?

 そういうのやっている感じでもないしさ。

 一体、何でメシ喰ってんのかなぁって、やっぱり不思議に思ったんだよね」


当然と言えば、当然の疑問だった。

彼が大人であるがゆえの疑問というものだろう。


でも、何故だか、彼らの秘密に近づけば近づくほど、

彼らが遠ざかるような気がしていた。

彼らの秘密を知ってしまったら、彼らは消えてしまうんじゃないかと

半ば本気で信じ始めていた。


だからこそ、松原さんの疑問が、

この穏やかな私たちの生活を終わらせてしまうような

危うさを含んでいるような気がして、落ち着かなかった。


そして、嫌な予感というのは、大抵、当たってしまう。

人の期待は、簡単に裏切られるのに・・・


あの夏、私の願いとは裏腹に、松原さんの好奇心が

私たちの関係を変え始めたのだった。


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