第19話
それまで黙っていた真奈美は、我慢できなくなった様子で口を挟んだ。
「一体、そのカイって人、何者さぁ?
っていうか、その二人は何をして稼いでるわけぇ!?」
さっきまでの殊勝な態度とは打って代わり、
いつもの真奈美らしい言葉遣いになったことに、私は微笑んだ。
それだけ、話しに入り込んでくれているのだろう。
「カイの実家は相当なお金持ちで、
東京の中心で、働かなくても暮らしていけるだけの資産を持ってるってこと、
そしてカイとベンの間には友人なんて簡単なものじゃない、
運命によって固い絆で結ばれているってこと、
二年間、そばにいたけど、正直、分かったのはそれだけね」
真奈美は明らかに落胆した表情で、私を見た。
何でもっと調べなかったんですか、
と言わんばかりの恨めしそうな目をしていた。
私は、思わず苦笑した。
「だから、二人は私を選んだのだと思う。
今、思えばね?
余計な詮索をせず、素直にそこにいるウチナンチュー
二人が求めていたビルの住人は、そういうタイプだったんじゃないかな・・・」
彼にしてみれば、私がもっと、ずっと子どもであることを
期待していたのかもしれない。
ベンは、私がカイに恋をするなんてこと、想定していなかったみたいだった。
というか、カイにとって邪魔にならない人間を探すあまり、
カイやベンを相手がどう思うかについて、
ほとんど気を回していなかったのではないだろうか。
きっと今まで、特殊な環境にいすぎたのだろう。
限られた人間とのみ一緒にいる閉鎖的な環境に。
だからこそ、カイが異性から見て、どれくらい魅力的に見えるかなんてこと
考えたことも、実感したことも無かったのだと思う。
そしてどこか超越しちゃっていたカイはともかく、
ベン自身も自分のことを過小に評価していたように思う。
金髪にして、乱暴な素行を取ることで、
他人と距離を置こうとしているようだったけれど、
人は長く付き合いだせば、見た目だけじゃない、中身を知り始める。
彼の知能の高さ、誠実さは、そして優しさは
ごまかしようがなかった。
だからこそ、普通にしていれば、相当モテる二人だったはずだ。
そう、普通の二十代だったら「モテる」ことを重視して当然なのに、
二人は、全く、異性を求めてはいなかった。
何か、二人の間にある共通の目標が、彼らを「普通」から遠ざけていた。
一体、それは何だったのだろう・・・
「気になるなぁ、その二人。
ユイさんじゃなくても、何だか、知りたくなるさぁ。
で、その後は?どうなったの?」
私はまた、東京の生活に思いを馳せた。
そう、ベンを怒らせて、多少のよそよそしさが彼との間にできたものの、
もちろん、カイの淡々とした日々は当たり前のように繰り返され、
私たちは、そのペースに合わせるように、淡々と日々を送っていた。
海水浴以外には、特にイベントもないまま、私の夏休みは終わり、
まだまだ暑さが厳しい9月に、
ベンは新しい同居人を見つけてきた。
松原圭吾という男性だった。
綺麗にならんだ白い前歯を見せて笑う、
人懐こい笑顔が、印象的な男性だった。
「はじめまして。
いやぁ、こんなところに住まわせてもらえるなんて、
夢みたいです。しかも、格安で…
勉さん、戎さんのお陰で、僕の夢、早く実現できるかもしれないな」
そう言って、彼はカイに挨拶をした。
カイは、予想通り静かに微笑みながら
「はじめまして。僕が江藤戎です。
立地と部屋数だけが取り柄の、この古びたビルへようこそ。
僕たちの住む5階の部屋と屋上のペントハウス以外、
ユイと相談して、好きな部屋を使ってくれていいよ。
ルールはベンが伝えた通り。
それさえ、守ってもらえれば、あとは自由だ」
「そうですか・・・」
松原さんは、カイの後ろで緊張していた私に視線を向けた。
カイが「ユイ」と呼んだのが私のことだろうかと確認しているかのようだった。
「は、はじめまして。
一足お先に、ここの住人になった宮里結です。
どうぞよろしくお願いします」
私は、慌てて自己紹介をして、お辞儀をした。
「はじめまして。
松原圭吾です。
へぇ、こんな女の子がいたんだ。
僕の方がずっと年上だと思うけど、仲良くやっていこう。
よろしくね」
「は、はいっ」
笑顔があまりにまぶしくて、私は思わず顔を赤らめた。
「そうそう、彼女も美容師目指してんだ」
ベンが私を紹介した。
「えっ!?そうなの?
奇遇だな。
実は、僕も美容師で…」
おしゃべりの上手な彼は、すぐさま自分のことを紹介してくれた。
東京の郊外で美容室を開店するのが夢だという彼は、
表参道の有名店で働く美容師で、まだ30歳。
私とは、一回りも違っていたけれど、丸顔に、くりっとした大きな瞳が
私とそう、大して違わない年齢に思わせた。
「色々、気が合いそうじゃん。
じゃ、後は、二人で部屋を決めてくれ」
ベンはそう言うと、その場をお開きにした。
カイは、当然のように、すぐさまペントハウスに戻り、
ベンも後を追うように部屋から出て行った。
共有の食堂兼居間であるその部屋に、私たちは二人だけ残された。
「結・・・ちゃんって呼んでいいかな?」
「は、はいっ」
「どこの部屋使っているの?」
「さ、3階です」
「そっか。
僕が同じ階に住んだら、迷惑かな?」
「えっ!?いえ…」
私は何て答えていいのか分からず、戸惑った。
「いくつも部屋があるのに、近くに住む必要もないかもしれないけど、
こんな古いビルで、ワンフロアに一人で住むのって、ちょっと怖かったりしない?
隣の部屋とは言わないけど、せめて近くに住まわせてもらおうかなって」
「あ、もちろん、ご自由に選んでもらって構いません。
ただ、私の部屋、猫が一匹いるので・・・」
「え!?猫飼ってるの!?」
「え、ええ・・・」
「うわぁ、僕、猫好きなんだよねぇ~
良かったら、紹介してよ」
「あ、はい」
「じゃ、行こうか」
プロの美容師だけあって、女性慣れしている様子で、
気軽に話せる感じが、カイやベンとは全く違っていた。
楽しく会話できる安心感と同時に、何となく、落ち着かなさも感じていた。
いくら鈍感な私でも、このタイミングで、新しい住人が増えることに、
しかも、それが私と同じ美容師で男性だということに、
ベンの思惑を感じなくもなかったから・・・
そうして、激動の夏は、さらに加速し始めた。




