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第一話

上京したのは、18歳の時。

季節は、まだまだ寒さを感じる早春だった。

美容師になるんだったら東京で、

しかも、将来は表参道で働くのだと、

いかにもミーハーな動機で、私は生まれ故郷の沖縄を旅立った。


上京して最初に戸惑ったのは、電車の乗り方。

田舎自慢には、よくある話だけど、

やっぱり、東京のような大都会のシステムは特殊だ。

沖縄で電車といえば、モノレールしかない。

こんなに複雑に張り巡らされた路線図から、

目的地を探し出すだけで混乱した。

そして、東京の大きさと人の多さに圧倒された。


いくつかの難問は、それでも若さで適応できたように思う。


けれど、若さ故に、どうしようもなく困難だったのは、

居住地を見つけることだった。


上京前に目星をつけていたアパートは、とんでもなく都心から遠く、

もし、そこに住んで通学したら、

満員電車に揺られて片道2時間かかることが分かった。


美容師学校へ入学する4月までに、

新しい生活を落ち着いた環境でスタートするため、

とりあえずは、安いビジネスホテルで急場をしのぎ、

手当たり次第に不動産屋を回った。


全く土地勘のない私にとっての家探しは、

インターネットでの検索よりも、

色々な情報をやりとりしてもらえる対面の方が、

ずっと有用な情報を入手できた。


そして、あこがれの表参道への簡便なルートを確保しつつも、

女性が一人で安心して暮らせる我が家を手に入れるためには、

少なくとも月十万円以上の家賃を払わなくてはならないことが分かった。


月十万円って、生活費の予算の半額じゃないのよ・・・


大家族で暮らす我が家では、経済的自立が家を出る条件だった。

だからその二十万円という予算も、予定しているアルバイトの収入と、

奨学金やら何やらを足して、「なんとか」作りだそうとしている予算額であり、

そんな状況の中では、とてもじゃないが、

家賃はせいぜい6万円が上限だろう。


そんな予算で暮らすためには、都心から1時間以上離れなければならない。


都会で暮らすことの厳しさにぶち当たった私は、

どうしてよいのか分からず、途方に暮れた。

そして、ただ当てもなく、ふらふらと憧れの表参道を歩いた。

何の目的があるわけでも、何かヒントがあるわけでも、

もちろんなかったけれど。


けれど、「ピンチはチャンス」は正しい。

何の知恵も浮かばなかったけれど、

落ち込んでいるだけじゃなく、動き回ったことが良かったのかもしれない。

神様は、奇跡のような出会いを私にくれた。


そう。

あのとき、表参道に向かわなければ、

彼との出会いは無かったのだから・・・


当時、ちょうど表参道ヒルズがオープンし、

ハナエモリビルがランドマークの役割を終えた頃だった。


私は、駅を降りて南へと歩いた。

原宿の喧噪から抜け出て、ケヤキ並木を通らず、

しばらく路地裏を歩いていると、ツタが絡まった、

小さなビルを見つけた。

ひっそりと建つ、そのビルは、

周りの建物とは明らかに、雰囲気が違っていて、

商業施設でないことだけは、瞬時に分かった。


一体、何のビルなんだろう・・・


あこがれの街に、こんな古いビルが、ひっそりと佇み

何に使われているのか興味を惹かれたのだった。


ふと、入り口見ると、暗がりに紛れて


「入居者募集。

 即時面談可」


と張り紙があるのが見えた。


手書きなのだろう。

乱雑な字が、そこに大きく並んでいた。


「入居者・・・?」


私は、思わずつぶやいた。

ますます、訳が分からない。


一度、その建物から離れて、全体像を見たけれど

マンションやアパートの類には、とてもじゃないが見えない。


ビルにオフィスを構えることも「入居」と呼ぶのかしら・・・


と、突然、背後から「ヒュウ」という声がした。

驚いて振り返ると、そこには金髪をした細身の男性が立っていた。


「もしかして、住むとこ探してんの?」


二十代そこそこ、つまり同じくらいの年齢だろうか。

ハンサム、といっていい顔立ちで、

薄い唇で微笑をたたえていたけれど、

眼光の鋭さがどきっとさせた。


「あ、はい・・・いえ・・・」


見ず知らずのこの金髪男性に、

何と答えてよいのか分からず、

私は、しどろもどろになった。


その人は、笑ったようだった。

片側の口角を上げて。

それがちょっと、意地悪く見えた。


「イエスでもあり、ノーでもあり?

 別にお嬢ちゃんをナンパしようなんて思ってねぇよ。


 俺が、それ、書いたんだ。

 だから、部屋を物色・・・いや、見学したいんだったら、

 案内しようと思っただけだよ」


「お、お嬢ちゃん!?」


私は、何より、そう言われたことに引っかかった。


「あれ?違う?

 『まだ高校出たばっかです』、みたいな顔してるけど。

 保護者も一緒?」


確かに、彼の予測は当たっていたけれど、

それでも、私は自分を大人っぽいと自任していた。

何より、この眼の前の彼だって、私と大して変わらないだろうに…


何を答えてよいか分からず絶句している私の心境を見透かしたように


「何?俺だってそんなに年齢違わないだろって?

 いや、俺、こう見えて25歳。

 もう、成人してから5年も経ってるの」


ぶっきらぼうに言い当てた。


「た、たかが7歳しか違わないじゃない…」


「いーや、7歳も、だろ。


 お嬢ちゃんが小学1年生だったら、俺、中2だぜ?

 やっと中1になったら、俺は大学生、もしくは社会人。

 めっちゃ、お兄さんじゃん」


「そ、そんな…」


なんだか良くわからないけれど、

何を言っても倍になって返ってくるような予感がして口ごもる。

言い負かされたようで、ちょっぴり不快だった。


「んで?

 探してんの?探してねぇの?」


「さ、探してますっ」


私は、思わず正直に答えてしまった。

こんな見ず知らずの男性に、

警戒心がなかった訳ではないけれど、

彼の鋭すぎる眼差しに見つめられて、

なんとなく、嘘をつけない気がしたのだ。


「んじゃ、早速、部屋を見せるよ。

そうそう、家主の許可も得ねぇとな」


そう言うと、さっと、その細身を翻し、

そのツタの絡まるビルの

暗がりが覆う入り口へと入っていった。


彼の後を負うことを、一瞬躊躇しながらも、

「家主」がいることに、なんとなく安堵と興味を覚えた私は彼に続いた。


運命の扉は、無鉄砲な行動の先に開くのかもしれない。


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