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第18話

「大丈夫?」


真奈美は紅茶の入ったティーカップを私の前に置くと

心配そうに、こちらをうかがった。


「ごめんなさい。

 何も知らなかったとはいえ、

 結さんの心に土足で入り込むような真似をしてしまって…」


「もう、いいの。

 私こそ、さっきは、突然泣きだしたりしてごめん。

 でも、ありがとう。

 真奈美や皆に聞いてもらえて、ずいぶんスッキリしたわ」


ここは、真奈美の部屋。

居酒屋で大泣きした私を心配して、暑気払いの一次会を終えたあと、

彼女の部屋に招かれたのだった。

男性二人は、そのまま二次会に突入したはずだった。


当の私はといえば、皆に心配されながらも、

あれだけ泣いて、胸に詰まっていた思いを聞いてもらったことで

ずいぶん、落ち着くことができた。

そして、自分自身、失恋の痛手から立ち直れていないことを痛感したのだった。


「未だに、忘れられないんですね?」


「うん…そうみたい」


「素敵な彼だったんですね・・・そのカイさんって方。

 そして、そのお友達と3人での、2年間という短い同居生活が、

 いかに結さんの青春時代を彩ってくれていたかってことも想像がつきます。

 あの…もしよかったら、もう少し、話してくれませんか?

 

 どんな恋だったのか・・・」


恐る恐る、といった感じで私を気遣いながら

真奈美の瞳は私が話したがっているのかどうかを確認していた。

いつもだったら、遠慮していたと思う。

だけれど、一度開いてしまった心の扉は簡単には閉じることができず、

そして私は、もっとカイとの、そして彼らとの思い出に浸りたがっていた。


思い切って、真奈美に全てを聞いてもらうことにした。

そうすることで、もしかしたら、この想いを過去にすることができるかもしれない・・・

そして、本当の意味で、カイとさよならできるかもしれない・・・

そう思ったのだった。


「同居が始まったその夏に、私たちはカイの好きな海に行ったの。

 それで、ますます、カイに惹かれた私は、

 もっと彼に近づきたくて、毎晩のように、

 一緒に食事をとろうとしたわ」


真奈美は真剣な表情で黙って頷いた。


「で、誰より鋭いベンは、そんな私の気持ちに

 いち早く気がついちゃったの。


 ううん。ベンが鋭いって言うより、

 私がきっと分かりやすいのね。


 でも、カイは全く動じなかった…」


いつも、どんな時も、マイペースのカイは、

ただ、ただ、穏やかな表情で、日々、同じ日課を繰り返していた。


朝、ベンが新聞を運び、それを30分くらいかけてペントハウスで読む。

その間にベンが朝食を作って、その朝食を二人でとる。

朝食は、いつも決まっていて、

トマトの入ったグリーンサラダとオレンジ、

ハムエッグにクロワッサン、そしてミルクとコーヒー。

朝食後、カイは花の世話。ベンは外出。


昼食は、二人でとるときもあれば、とらないときもあって、

それはベンが11時30分までに帰ってくるかどうかで決まっていた。

一人分、もしくは二人分の昼食の準備はカイがする。

そして、午後はまた、それぞれに別れて行動し、

ベンが準備する夕飯まで、カイはペントハウスにこもっていた。


それは、私がいてもいなくても、

全く変わらず繰り返されるものだという確信を与えた。

理由は、うまく言えないけれど…


夏休みに入ってわかったのは、カイは料理の腕も優れているってこと。

よく作るのはパスタ。

オイル系もクリーム系も、そしてトマトソースも

そこら辺のお店で食べるよりも美味しかった。

それが分かったのはベンが不在のうちの何度かを、

私もご相伴に預かることができたから。

もっとも、彼と二人で食事をするのは、

料理よりもドキドキを味わっていたように思えた。

ドキドキと打ち付ける心臓の音が彼に聞こえないか

そればかりが気になって、二人の時間を楽しむ余裕なんてなかった。


8月も半ばを過ぎた頃だったと思う。

二人で一緒に買い出しに行ったスーパーの帰り道、

突然ベンは、私に忠告をした。


「カイはやめておけ」と。


心臓が止まりそうなりながらも、

「どうして?」と私はたずねた。


「否定しないんだな」とベンは片側だけ口角を上げて、

いつもの皮肉たっぷりな笑い方をした。


「だって、ベンはいつもお見通しでしょ」


「勘違いすんなよ。

 べつに、俺はお前のことになんか興味ない。


 ただ、女子をビルの住人に選んだことを後悔したくないだけだ」


ベンの言い方は、いつもどおり乱暴だった。

でも、それが本心じゃないって、少しずつ信じられるようになっていた。

だから、私は怯まずに詰め寄った。


「どういうことなの?

 なんで、私がカイに恋をしたらベンが後悔するの?


 別に、私はカイの生活を邪魔しようだなんて思ってない。

 二人の友情を邪魔するつもりなんてない」


「バカ。

 そんなこと、心配してんじゃねぇよ。

 いいか。カイは、絶対にお前に心を開かない。

 これは、『絶対』なんだ。

 

 だから、どんなにお前がカイを想っても無駄なんだよ」


私は、咄嗟に頭に血が上るのを感じた。

いつもだったら、顔が冷たくなるはずだったけれど・・・


「そんなこと、なんでベンに分かるのよ!?

 カイと、ちっちゃな時からずっと一緒だったかもしれないけど、

 だからってカイのこと全部分かるわけ、ないじゃない!」


そしたら、ベンは怒りだした。


「ガキが一人前の口聞いてんじゃねえよ!!

 俺はな、誰よりカイのこと分かってんだよ!

 だからただ、お前が泣く所を見たくないっつってんだよ」


それだけ言うと、私に背を向けて、

スタスタと歩いて家に帰ってしまった。


その長い足で歩く姿は、あっと言う間に視界から消えてしまった。


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