第17話
パチパチパチパチ…
拍手の音で、我に返る。
私は、はっとして状況もよくわからないまま、皆に合わせた。
「えー、今日は、皆の慰労ということで、
一人ずつ、感謝の言葉を伝えたいと思います」
ほろ酔いになったマナブが、お絞りをマイク代わりに握り語り始めた。
「よっ!店長、いいぞっ」
ハイスピードでジョッキに入ったビールを
立て続けに3杯飲みきった悠人さんが囃し立てた。
顔色は全く変わっていないけれど、
いい感じにほろ酔いになっているのは、一目瞭然だった。
「まずは、悠人さんから。
キャリアも一番長くて、
もちろん、この店での勤務歴も一番長い悠人さんはさぁ、
本当だったら、独立して、店を構えて、店長として働く器なのにさぁ、
技量も器も未熟な俺をずっと支えてくれて…
本当に感謝しても、しきれないさぁ~」
マナブはそう言いながら、涙ぐんだ。
「や、やだ…、
折角の暑気払いなんだから、あまり辛気臭くなるのはよしてよ」
そう突っ込みを入れながらも、私の隣で真奈美が目頭を押さえて俯いた。
「マナブ。
その感謝の気持ちで、是非、早く一人前になってくれ。
なに、お前の腕は大丈夫。
いいセンスもってっから。
後は、経験を積むだけ。
だから、これまで同様、焦らず、じっくりと仕事に取り組んでくれ」
「悠人さん…」
マナブは涙で赤くなった目で悠人さんを見つめた。
「おいおい、そんな情けない顔、すんなよな。
心配するな。
俺は、何も、自己犠牲でここにいるんじゃない。
今の俺があるのは、オヤジさんのお陰なんだ。
生きていく目標を見失っていた俺に、
人として大事なことを身をもって教えてくれた。
いつか、必ず恩返しをするんだと心に決めていたんだ。
そんな中、オヤジさんは病気になっちまった。
それで俺は、オヤジさんと約束したんだ。
ちゃんと、オヤジさん亡き後も、マナブを一人前にして、
この店を守っていくからって。
お前が一人前になって、しっかりこの店を切り盛りできるようになることは、
だから、俺自身の目標なんだよ」
「ゆ・・・悠人さん!!」
マナブは感極まった様子で、悠人さんの手をしっかりと握った。
その瞳から、大粒の涙が溢れだした。
「おいおい、マナブは泣き上戸だったっけ?
男の泣き顔なんて、嬉しかない。
どうせなら、笑顔で感謝してくれよ。
さ、次は結っぺか?」
悠人さんは、その場の雰囲気を盛り上げようと、
先へと話題を振ってくれた。
とはいえ、矛先が向いた私は慌てて居住まいを正した。
「えー、それでは、俺の高校時代からの同級生、
結っぺに向けて・・・」
マナブは、マイク代わりのお絞りで、
おもむろに涙を拭うと、気を取り直したようにモードチェンジした。
酔っぱらいならではの場面展開に、私は苦笑した。
「結が沖縄に戻ってきて、まる二年、もう3年目になる。
高校時代、東京で美容師になるって聞いた時には、
なんでわざわざ東京まで行くのか不思議に思ってさ、
もう、沖縄には戻ってこないつもりだと思ったりもしたけれども、
こうやって、ここで、一緒に働けて、俺はすごく嬉しい!
ありがとう、結!!
陰の雑用を進んで引き受けてくれていることは、皆ちゃんと分かってる。
結が来てくれて、美容室が明るくなった。
いや、結はうちの美容室の守り神だなっ」
日に焼けた、男らしい腕をぐいっとこちらにつきだし、
対角線上に座っていた私に握手を求めてきた。
私は、苦笑しながら、その手をとってブンブンと大げさに握手した。
その腕の位置が邪魔とばかりに、真奈美が「はい、はい」と言って、
早々に握手を終わらせると、酔っぱらいのマナブの腕を戻させながら、
「で、結は、東京にもう未練はないわけ?」
と話をふってきた。
「えっ?!」
突然の話題転換に、何を聞かれているのかよく分からず、
しかも、さっきまで、東京の生活…カイとベンとの生活…を
思い出し、その思い出に浸っていたことを見抜かれたような気まずさを感じて
私は口ごもった。
「夏の終わりに結はさぁ~沖縄に戻って来たのよね~
で、夏になると決まって、ボーっとする時間が増えるわけ。
んで、ため息をつき始めるの。
乙女のため息ってのは、同じ乙女から見ればよ~
恋煩いじゃないかって思うわけさ~
東京に残してきた愛しい彼を想ってぇ~
『はぁ~』ってさ~」
真奈美はいたずらっぽく、切なそうにため息をついてみせた。
冗談で言っているのは分かっていたけれど、
言い当てられた私は、笑うに笑えない。
酔いが回り始めたマナブは、
「ひゃぁ~!!
結が恋!?」
と、素っ頓狂な声を上げて驚いて見せた。
「いや、そりゃ、結っぺだって、
恋の一つや二つ、してたって可笑しくないだろぉ」
悠人さんが、真面目にコメントする。
私は恥ずかしくなって「そ、そりゃ、そうよ。
私だってね、その気になれば、恋の一つや二つ・・・」と
極力平静を装いながら、そろそろ話題を戻そうとしていたところに、
「でも、それが成就してないから、沖縄に戻って、
ため息つきながら、働いているんじゃない??」
まさかの真奈美のするどい質問が、さらに追い打ちをかける。
私は、もう、真っ赤になって否定した。
「もう、私の話はやめてっ。
みんなに話せるような恋なんて、何もないのっ」
思わず感情的になってしまった自分に自分で驚いた。
その時ふと、目の前に、優しく微笑むカイとベンの笑顔が現れて、
不意に涙が溢れでた。
カイに会いたい…
ベンの憎まれ口をもう一度聞きたい・・・
この2年間、胸に秘めてきた思いが堰を切ったように溢れ始めた。
そして、その場に泣き崩れてしまった。




