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第15話

タタタタタタタタ…


俺が走るたびに響く足音がやけに大きく聞こえる。

それくらい、真っ直ぐに伸びていたし、

遮るものがなかった。


突き当りには、さらに左手に伸びる廊下が見えた。

この建物が、想像以上に大きいことをほのめかしていた。


「何なんだ…ここは・・・」


俺は思わず呟いた。

人の家というには広すぎるし、整然とし過ぎていて

何かの施設のように思えた。


ウェッ… エッ…


ふと、泣き声が聞こえたような気がした。


気のせいか…?!


耳をすませると、確かに、すすり泣くような声が聞こえる。

誰か、子どもが泣いているような感じだった。

俺は、その声がどこから聞こえるのかを確かめるために、

じっと耳を凝らした。


ものすごく小さく聞こえるけれど、

それほど遠くからではないらしい。

壁も、扉も、頑丈なために、そう聞こえるのだろう。


もしかして、この部屋の中からか!?


この廊下沿いの部屋の中では最南端に位置する

今、まさに立っている、この隣の部屋の中から聞こえているようだった。


俺は、恐る恐る、その扉に耳をつけた。


ううっ… えっ… えっ…


確かに、この部屋の中から聞こえるようだ。

しかも、俺と同じくらいの、幼児の声だ‥

俺は、たまらなくなって、ドアノブに手をかけると

それをゆっくりと静かに回した。


どうやら鍵はかかっていないらしい。

静かに、そっと、その扉を押した。


隙間から中を覗くと、

そこには、果たして子どもの姿があった。


俺がいた部屋と同じような間取りの部屋で、

一際明るい窓辺に置かれたベッドに

うつ伏せになって泣いている子どもの姿があった。


薄茶色の髪は、ウエーブを描いてキラキラと輝いて見えた。


男の子?女の子?


まるく丸めた小さな背が頼りなく震えていた。


自分の置かれている状況もわからないままなのに、

その子を守ってやらないといけないような気がして

部屋に一歩を踏み入れた時、


「誰だっ!?」


その子が顔を上げた。

男の子のようだった。


色白のその整った顔は、白人のように見えた。

ふっくらとした頬に、さくらんぼを二つ載せたような真っ赤な唇は、

性別を超えた愛らしさを感じさせる。

なのに、目だけは、眼光鋭く、こちらを睨みつけていた。

いや、睨むというより、恐怖心がありありと浮かんだ瞳をしていた。


「ご、ごめん。

 君の泣き声が聞こえてきたから、心配して覗いてしまったんだ。


 僕は勉。下島勉。

 今日から、ここで暮らすようにって連れてこられたみたい。


 はじめまして。

 君ももしかして、今日、連れて来られちゃったの?」


「僕は、カイ。江藤戎だ。

 ここは、僕の家だ。


 だから、僕は、君とは違う。

 僕は泣いたりなんて、していないっ。

 君たちと一緒になんか、しないでくれっ」


「そ、そう。

 それは、ごめんね…」


俺は、カイの幼児とは思えない怒声に意表をつかれ、

気まずく思って、ただ謝った。


今思えば、泣き顔を見られたことが相当、照れくさかったのだろう。

あれから一度も、カイは人前で涙を見せたことは無かったから。

少なくとも、悪夢にうなされて目覚める以外は・・・


でも、当時の俺は、何故、彼が怒っているのか、よく分からないまま、

彼の発言から、ここが俺には想像もつかないくらい大きな家で、

その家の子どもだという彼は恐らく金持ちのお坊ちゃんであり、

そして、俺のようにここに連れて来られた少年が、

他にもいることだけは想像がついた。


そして、俺が謝った後、すぐさま、ふくれっ面をしたまま俯き、

不器用そうに「いや、いいよ…僕こそ、怒鳴って悪かった」

と小さく謝ったカイの素直な横顔が、俺の心に真っ直ぐに飛び込んで来て

俺は、この少年を既に気に入ってしまったことに気づいた。


そして、その後、俺はこの少年のために、

ここに連れられて来たことを知ることになった。


「ちょ、ちょっと待って!

それからずっと、ベンはカイと一緒にいるの!?」


ベンの思い出話を聞いて、私はたまらず驚きの声を上げた。

ベンが言う通り、それが二人の出会いだとすれば、

5歳からずっと、もう二十年以上もこの二人は一緒にいることになる。


「ああ、そうだよ」


ベンは、当たり前のことのように、涼しい顔して答えた。


「そんなに・・・

 

 だとしても、一体、なんでベンはそこに住まなくちゃならなかったの?

 どうして、ご家族から引き離されてまで・・・」


でも、ベンは私の戸惑いなんか、まるで通じないみたいに

「さ、そろそろ、泳がねぇ?」とさっと立ち上がり

「それとも、沖縄人だけど、泳げないとか?」振り返って

いつもの憎まれ口をたたいた。


「お、泳げないわけないでしょう!

 沖縄の海って言ったら・・・」


「はははっ

 だよな。折角、いい海がそばにあんだもんな。

 ま、とはいえカナヅチだって、いたっておかしかねぇけどよ」


私を待つでもなく、サンダルを脱ぎ捨てると、

その長い足でスタスタと海に行ってしまった。


まさか、ベンまで本気で泳ぐとは思ってもみなかったけれど、

貴重品を持ってくるなと言われていたことを思い出し、

この二人にとって、海に行くというのは、

しっかり海水浴をすることなのだと思い知った。


二人に置き去りにされたくなくて、私は慌てて後を追った。


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