表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/63

第14話

私の背中に日焼け止めローションをしっかり塗ってくれたカイは、

「じゃ、早速、泳ごう」

とつぶやいて、「ベン」と彼に向かって、それを投げて戻すと

私たちにお構いなく、ビーチサンダルを脱ぎ捨て、

海へと入っていった。


さっきからのパニックの中にいる私は、その様子を見守ることしかできず、

キラキラと輝く海へと向かうカイを、眩しく思った。


「カイは、海と書いて『カイ』なのかと思うくらい、

 海が好きなんだ…」


ベンが、呟くように言った。


「え・・・!?」


カイの透き通るような綺麗な白い素肌と、

日焼けが当たり前の海とが、何だか似合っていないような気がして、

すぐには信じられず、ベンを見返した。


「ガキんちょの頃は、休みって言えば、海ばっかだったよ。

 夏だけじゃない。春や冬も磯釣りとかって、

 しょっちゅう、海に行きたがって。


 その当時は、真っ黒に日焼けして、

 いかにも、健康そのものだったな…


 ま、今も、そのお陰で、カイは健康体でいられている」


「ねえ、ベン。

 いつから、カイと一緒にいるの?」


私は、ベンの発言から、相当長く、

この二人が一緒にいるように思えて尋ねた。


そしたら、ベンは、余計な話をした、というような苦笑を浮かべた後に、

遠い目をして

「そうだな…

 あれは、俺が5歳になった誕生日の翌日だったかな…」

と話し始めた。


誕生日のその日、お袋は、俺の好物ばかりの食事を作って、

親子4人じゃ食べきれないバカでかいケーキを買ってくれた。


いつも欲しい物や食べたい物を我慢するよう躾られてきた俺は、

子ども心にも、この日の特別待遇に、嬉しさの反面、

何かあるんじゃないかと訝しがった。

けれど、それを認めたら、何か怖いことが始まりそうな気がして、

俺は、その不安を隠すように、いつも以上にはしゃいでいた…


でも、その予感は的中する。


食事を終えて、弟が寝た後、

目の前に俺を座らせ、何時も以上に厳しい顔をした親父が言った。


「お前は、明日から他所よそで暮らすことになった」


「え…!?」


衝撃が体中を駆け巡った。

冗談なんかを言ったことのない親父の言葉に、

嘘や偽りは無いことを、幼いながらに俺は理解していた。


「いいか?

 お前は特別な子どもだ。


 読み書き、計算、5歳前の多くの子どもには、

 とてもじゃないができないことをお前はできる。

 お前のその能力を高めるために、

 特別な場所に行くんだ。

 学校と言ってもいい。

 寄宿舎だと考えればいい」


はっきりしない、親父の物言いに、

さらなる得体の知れない不安を感じた。


いつも親父の言葉には、有無を言わさぬ威厳があり、

それは、親父が決めたことは絶対であることを示していた。

だから、敢えて、場所について詮索することを諦めた。


けれど、一つだけ、どうしても聞かずにはいられないことを尋ねた。


「僕は、いつまでそこにいるの?

 そこから、帰って来れるの」


親父は、そのいかつい顔を苦しそうに歪めた。

親父がそんな苦しそうな顔をしたのは、初めてだった。


「いいか?

 お前は、いつか成長して、一角の人間になる子どもだ。

 いつか、社会を、日本を支える人間になる。


 そのために、今、必要なことを身につけなくちゃならないんだ。

 そのための全てが揃っている場所に行くんだよ。

 そこには、お前に必要な全てがある。

 だから、精一杯、そこで自分を磨け。

 帰って来ようなんて思うな」


「父さん!僕…」


突然、親父は俺を抱きしめた。


「いいか、つとむ

 これだけは、忘れるな。


 お前のことを私も母さんも、誰よりも大事に思っている。

 お前を産んだことを誇りに思っている。


 お前は、その期待に応えて、りっぱな大人になるんだよ」


俺の背に回された親父の大きな手が、小刻みに震えていた。

親父が苦しんでいると思ったら、もう、それ以上、俺は何も言えなかった。


自分が明日から、どこに行かされるのか、全く想像もできない中で、

とてつもない不安が襲ってきた。


けれど、なぜだか俺には、この運命に逆らう方法なんて無いことだけは、

分かっていた。



目を覚ました時、そこは、大きな部屋のベッドの上だった。

天蓋付きのベッドなんて、童話の挿絵でしか見たことのなかった俺は、

ここが、とてつもなく金持ちの家であることだけは察知した。


もともと、過敏なところのある俺は、眠りが浅いところがあり、

幼児とはいえ、そんな俺を起こさずにここまで連れて来たという事実からも、

ここが、自分の意思でなんとかなる範囲を超えていることを予感させた。


「今、何時だ…?」


とにかく、自分の置かれている状況を少しでも自分で把握しておきたくて、

俺は時計を探した。


驚いたことに、そこには時計がない。

ただ、白くそびえ立つタンスと鏡台だけはあった。


鏡を見ると、そこには、強い意思をもった目がこちらを睨んでいた。

不安に怯える、子どもの顔じゃない。

俺は笑った。

それで、安心した俺は、次に自分の格好を見た。

自分が浴衣のような寝衣を着ていることに気づき、

タンスの中に、着替えがないかを探った。


そこには、真新しい子ども服が、規則正しく入れられていた。

おそらく、俺のものなのだろう。

サイズは全部、ぴったりだった。


適当に見繕って、着替えをすませると、

廊下に出た。

正面に窓ガラスがあった。

その廊下は、片側を部屋の並びに、片側を窓ガラスが覆っていた。


ここが、どんな建物なのかを探るために、

廊下の窓から太陽の位置を確認した。


眩しい太陽が目線の少し上にある。

今が朝だということと、この建物が南北に伸びていることを教えていた。


まずは、南側から攻めてみよう。


俺は、その真っ直ぐに伸びた廊下を右手に進んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ