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第12話

暗闇の中に一人、自分がいる。

途方に暮れて、さまよいながら、何かを探している。


お前は、一人きりなんだと、

言い聞かせるのも、それを見ているのも自分。


頬を伝う熱いもので目が覚めた。


泣いているのか・・・

俺は・・・


胸を締め付けるような苦しさがおそってくる。

これだけの寂しさが、まだ、自分の中にあることに

半ば呆れ、でも、残りの半分は、どこかほっとしていた。


この痛みは、人が人であることの証。

俺が、人間であるということなのだから・・・


「おはよ、カイ」


ベンの声が俺を呼ぶ。


「ベン・・・」


俺は、手のひらで顔を拭うようにして涙を隠した。

もっとも、いつだって、ベンは全てをお見通しだったけれど。


「今朝の新聞、持ってきたよ。

 ・・・それとも、何か温かいモン、飲む?」


「いや、いいよ。

 ありがとう」


苦笑しながら、振り返って彼をみた。

俺の顔をのぞき込むベンの瞳。

ああ、彼はいつだって、こうやって俺を心配してくれる。

いつだって、陰のように俺に寄り添いながら・・・


「なあ、今日は、ちょっと外に出てみないか?」


新聞を俺に手渡しながら、おそるおそる、という感じでベンが提案する。


「いや、いいよ。

 ここが外みたいなモンだし。

 わざわざ、ストレスを感じに行く必要ない」


俺は新聞を広げながら、いつも通りの返事をした。

ペントハウスと屋上花壇。

ここが俺の場所。

これだけでも、俺には十分だ。


でも、ベンはいつもと違った。


「カイ。

 

 ユイに海を見せてやらないか?

 東京にだって、海があるって、アイツ知らなかったんだ。

 で、ユイがな、弁当作るってさ。

 3人で、出かけよう」


「ベン。

 俺はいいよ。

 二人で行ってこいよ」


「いや、だめだ。

 たまには外に出て、活動しないと、運動不足だって。

 そろそろ、いいだろ。

 今日は・・・」


「今日は、命日だ。

 だからこそ、俺はいつも通りに過ごしたいんだ」


俺は、すかさず口を挟んだ。

ベンの顔に緊張が走る。


そう。

今日は、俺を生んだ人の死んだ日。

俺が、人生に裏切られた日・・・


「・・・だから、出かけるんだ」


「ベン・・・!?」


ベンの思い詰めたような瞳が俺を見つめる。

まるで、俺の顔を射貫いていきそうなほど、厳しかった。


「もう、終わりにするんだよ。

 悪夢にうなされる、この日を。


 カイ。

 忘れるなよ。俺の誓いを。


 俺は、絶対に、カイを一人にしない。

 俺は、絶対に、カイを裏切らない。


 俺の人生は、カイとともにあるんだ。


 もう、終わりにしよう。

 

 世の中には、別の生き方だってあるんだ。


 それを俺が実現してやる。


 少しずつでいい。

 だけど、少しずつ、変わっていこう」


ベンの唇が微かに震えていた。

握りしめた手も、震えていた。


今日のベンの様子は、いつもと違っていた。

その意志の強さに、心よりも体が反応した。


「わかった。

 わかったよ、ベン。


 それで、どこに行くって?」


ベンの顔が緩んだ。

泣きそうな顔をして、笑った。


ごめん。


ごめんな、ベン。


俺のために・・・

こんな俺のために・・・

お前は生きてくれるというのか・・・

そして、一生、俺のそばにいてくれるというのか・・・?



そのピクニックの計画を聞かされたのは突然だった。

夏休みに入って、私は、なるべく3人で夕飯を一緒にできるようにしていた。


調整役は、もちろんベン。

っていうか、ベンがそうしたがっているみたいだった。


もちろん私は、3人で食事できることが楽しくて、嬉しくて、

だから、張り切って料理役を引き受けた。


ベンは、さりげなく、買い物も調理も手伝ってくれていた。

そんな彼の優しさに触れるにつれ、

このビルの共同生活者になれたような気がした。


カイは、いつも、穏やかに食卓を囲んでいた。

口数が少ないのにも、慣れてきたけれど、

私は、どこか、もっと彼のことが知りたいと、

もどかしく思う気持ちも強くなっていた。


そんな時、ベンが海に行こうと誘ってくれたのだ。


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