異端審問
バラスチカ攻略戦から一週間……
リーンと雷鳳騎士団の数名は、今だ、本国のエルウィン王国に帰還していなかった。
リーン、ユーリ、ティファ、キース、エリザ、ベアトリス、ロドリゲスの7人は、
カストラート王国の王都にあるアルベール邸に居た。
キースが苛々としながら応接間を歩き回る。
「納得いかねえ!!」
それに同調してティファも頷きながら呟く。
「本当よ!
どうして、そんな事になってるのよ!!」
それを諌める様にベアトリスが答える。
「……落ち着け!二人とも。
恐らく、リーン殿下と敵の異世界人との会話を聞いた兵が、報告したのだろう……」
「それにしたって、異端審議で法王庁への出頭命令だなんて!」
ティファが憤りを感じて立ち上がる。
「あの時……僕が周りの兵に気づかず、前世の話をしたから……」
僕は、椅子に座り、顎に手を当てながら呟く。
僕の呟きを聞いたキースが反論した。
「そうだとしても、生まれる前の話だろ?
前世が異世界人だったからってなんだってんだよ!」
「……『聖十字教』は異世界人を悪魔と位置づけていて、
今回の戦争も異世界人の関与が原因としている……」
エリザが呟くように話を補足する。
「だが、大将!
どうするんだ?!
異端審問で無実が証明されるなんて聞いた事がねえ!
異端審議なんて、只のパフォーマンスで、碌に審議なんかしやしねえですぜ!
処刑がお決まりで有名ですぜ!」
と、ロドリゲスが憤る。
「だけど……この間々、
カストラートに留まればフィリップ国王陛下や養父上に迷惑が掛かってしまう……」
「そんなの平気よ!
お父様は迷惑なんて思ってないわ!
この国、いいえこの戦乱を治めたのは間違いなくリーンなんだから!!
寧ろ、カストラートにこのまま留まって欲しいと思っているはずよ!」
「エルウィン王国に戻るというのも……無理でしょうね……
出頭命令は、アルベール陛下と法王庁の連盟で来ていましたから……」
ベアトリスが悔しそうに呟く。
「……そうだね。
エルウィン王国に帰ったらそのまま拘束される可能性が高いと僕も思うよ」
そこで、みんなは黙り込んでしまう。
僕は、一区切りする事を宣言する。
「今、リオンさんや、養父上がアルベール陛下や法王庁と交渉してくれている。
取り合えず、その交渉結果を待とう……」
みんなは、仕方が無いといった感じで、一度解散する。
◇◇◇◇◇
僕も、一度自室に戻ろうとしたが、執事のアレクシアが僕を呼び止める。
「リーン様、お知らせしたい事がございます……」
「今回(異端審問)の件ですか?」
「はい」
僕は、椅子に座りなおす。
アレクシアは直立不動で、話し始めた。
「今回の件……アルベール陛下とマルケル摂政による策略のようです。
……雷鳳騎士団に間者を忍び込ませて、何かに付け、リーン様の弱みを探っていたようです」
「……そうですか……」
マルケルが僕を煙たがっていたのは知っていたが、アルベール兄さんも同様に僕を疎んじていたらしい……最近の僕の言動……民主主義の思想が危険な思想だと思っている節があったのは確かだったが、
ここまで露骨に排除する行動に出るとは思わなかった。
「エルウィン王国奪還からバラスチカ戦をへて、
エルウィン王国では、リーン様の国王待望論が広がっているとの事……
アルベール陛下やマルケル摂政は、当然、それを快く思っておりません……
そこで、間者から報告があった異世界人との会話を聞いた、
マルケル摂政が、これを利用してリーン様の失脚を画策したようです。
マルケルは、自国にいる枢機卿にこの件を話し、
異端審問を掛けるよう進言をしたとの情報を確認しました」
「……僕としては王位なんて興味はなんだけど。
言った所で信じてくれそうにないね……特にマルケル辺りは……」
「僭越ながら、私もそう思います……」
そう言って、アレクシアは少し暗い表情になる。
そして、追加情報を加える。
「それと、エルウィン王国の工房でダイナマイトの独自生産に成功したようです」
「え!もう?!
確かに、製作、精製方法は教えたけど、一から精製するのはかなり時間が掛かると思っていたのに……」
そう、僕は、輸出の関係もあって、全て僕がニトログリセリンを精製するのは無理があると感じ、
精製方法を伝授していた……
といっても、ニトログリセリンの精製は蒸留や乾留をさせた上で、
一定の割合で混合させなければならないので、
エルウィン王国の工房で独自に大量生産するにはまだまだ時間が掛かると思われていたのだ。
僕の能力なら材料があれば一瞬で精製できるが……
「……なるほど……そのダイナマイトの生産のメドがたった事もあって、
僕の排除に踏み切ったんでしょうね……」
僕は、その事実を聞かされ納得する。
「それと、話は変わりますが、ティターン皇国の『テミス・ウラヌス皇女殿下』から手紙が届いております」
と、言ってアレクシアは手紙を差し出してきた。
「テミス皇女から!?」
僕は、驚きながら手紙を受け取る。
手紙は封蝋で閉じられ、封蝋にはティターン皇国の紋章の飛竜の押し印がされていた。
差出人名が確かにティターン皇国第一皇女の『テミス・ウラヌス』と記されている。
テミス皇女とは、アルベールの戴冠式の晩餐会で一回会っただけだ。
多少強引な印象のお嬢様だったが……
僕は、思い切って手紙の封を切って、内容を確認する。
内容を確認して、少し考え込む……
その間、アレクシアは、黙って佇んでいた。
僕は、思い立ち、アレクシアに声を掛ける。
「アレクシア、養父さんは、王城にいらっしゃいますか?」
「はい、今時分ならばまだ、王城の執務室にいらっしゃるはずです」
「……じゃあ、僕が大事な相談があると連絡して下さい。
了承を得次第、そちらに出向きたいと……」
「畏まりました」
アレクシアは恭しくお辞儀をして部屋をでる。
僕は一人、応接間からバルコニーに出て、カストラートの町並みを眺めた。
「……これでカストラートも見納めかもしれない……」
僕は、一人呟くのだった。
◇◇◇◇◇
僕は、今、王城にある宰相である養父の執務室のソファーで養父と向き合っていた……
「養父上、お時間を取らせて申し訳ありません」
「いや、こちらも交渉の進捗状況が届いていたので、お前に話をしなければと思っていたところだ」
「お手数を掛けます……
その、相談なのですが、その交渉状況にもよりますので、出来ればそちらの話から聞かせてもらえませんか?」
養父エイナス・アルベールは、ため息混じりに話し始めた。
「……そうだな……
特使からの連絡だと、エイルウィン王国も、法王庁もまず、『審問ありき』の一点張りだ。
異議申し立てがあるならば審議の場で述べろとしか言わないらしい……
エルウィン王国も法王庁もお前の事をかなり危険視してるようだ……
まぁ……ウルク帝国では、異世界人による『十字教信者』への弾圧を行っていたようだったからな……
異世界の考え方を持っている、お前もそういった行為をしないか恐れているのだろう……」
「……そうですか……異世界人が『十字教』を弾圧していたんですか……
僕が、戦いの中、異世界人から聞いた話によると、
異世界人は、こちらの世界に来た時に『十字教』に迫害を受けていたそうです……
きっとその報復として、ウルク帝国で、『十字教』を弾圧していたんでしょうね」
僕はそこで顎に右手を添えて考えを纏めた後、養父に顔を向けた。
「……解りました。
では、今の話を踏まえて……
僕は『東の大陸』に向かおうと思います」
「何?!
この国を出るだけでは無く、中央大陸をも出る気なのか?
そこまでしなくとも、私や陛下がお前一人ぐらい他国や十字教から守ってみせる!
思い直せ。
お前には、国を救ってもらい、戦乱を収めて貰った借りがある。
他国も同様だ。
場合によってはエルウィン王国に圧力を掛け、アルベール国王を失脚させる事もできる」
「……ありがとうございます……
ですが、僕はまた戦乱になるような状況は作りたくありません。
はっきり言って、王位にも興味がありません。
ですが、だからと言って、訳のわからない理由で処刑されるのもごめんです。
……ですので、僕は僕がしたい事をしようと思います」
「……それが、『東の大陸』行きなのか?」
「はい。
『東の大陸』には、白竜の古代竜が居ると聞いています。
その白竜の古代竜に会いたいんです」
「……なぜその白竜に会いたいのだ?」
「噂によれば白竜は僕と似た能力を持っているそうです……
もしかしたら、僕と同じ転生者なのかも知れません。
それもかなり昔から存在しているらしいのです。
僕は一度その白竜に会い、意見を交換して見識を深めたいと考えています。
……この世界や異世界について……」
「お前は、異世界に帰りたいのか?」
「いいえ、そんな事はありませんよ。
こっちには、掛け替えの無い友人や養父さんや養母さん、
なによりユーリがいますからね」
僕はそういって、照れながら笑った。
「そうか……
では、どうしても行くのか?」
「はい」
養父は深いため息を付いて、諦めたように話す。
「お前は昔から、こうと決めたら引かない所があるからな……
まあ、良いだろう。
だが、これだけは約束して欲しい、何時か必ずここに帰ってくると。
なに、十字教の件は心配するな、
異端審問を断行している強行派は、教団内の重要ポストを占めているが、
異端審問に異議を唱える慎重派も教団内には多い、
必ず、近い内に強行派を排除しよう」
養父はそう言って、悪い事を考えていそうな笑みを見せた。
僕は、苦笑して、それに応える。
養父は、現国王のクーデターでも暗躍したとの噂がある事から、
何か裏で手を回す手立てがあるのだろう……
「……わかりました。
何時とは約束できませんが、必ず帰ってきます養父さん」
「……ところで、東の大陸には、どうやって行くつもりだ?
飛竜では海は越えられないぞ?」
「はい、ティターン皇国から航路で行こうと思っています」
「……ティターン皇国か……確かに東の大陸との交易はティターン皇国しか行っていないからな」
「はい、それにテミス皇女殿下より、手紙を頂いておりまして……」
「テミス皇女殿下から?」
「はい、その手紙には『もし、亡命するのならば、受け入れの用意がり、
それ以外でも協力が必要とあれば助力は惜しまない』との事です……
亡命するつもりはありませんが、東の大陸行きの船に乗せて頂こうと考えています」
「そうか……ティターン皇国は中央大陸で唯一、国教を『十字教』としていない国だからな……
お前の亡命や協力には問題は無いのだろう」
「そのようです。
ですので、今回は遠慮無く助力を仰ぎたいと思います」
「そうか……
ところで、お前に付いて来ている仲間達はどうするつもりだ?」
「はい……
今の僕は彼らの上官ではありませんので、基本的に彼らの意思に任せるつもりですが、
できれば、このカストラートの『雷光騎士団』への復帰をお願いしたいのですが……」
「それは、心配には及ばない、彼らも救国の英雄達だ。
復帰は望む所だよ、階級も相応の階級を用意する事を約束しよう」
「ありがとうございます。
その様な事になりましたら、その時は、よろしくお願いいたします」
僕は、深々と頭を下げて、礼を述べた。
そして、頭を上げると養父が、右手を差し出していた。
「道中気をつけてな……我が息子よ。
それと、不束な娘だが、ユーリの事、くれぐれもよろしく頼む」
養父の中では、もうユーリは僕とデフォルトでセットとなっているようだ。
僕も否定できないので、了解の意を込めて返事をする。
「はい、解っています。
行ってきます、養父さん」
僕も右手を出して、養父の手を強く握り返すのだった。
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