暗雲
2013年1月3日改修
私は、
領地のアイサスからカストラート王国の首都カストラートに、
国王からの緊急召集に応じて、昨日到着し、
現在、王城の会議室へと向かっていた…
今日の召集は、三日前に急遽、カストラート王国現国王、
『ケネス・フォン・カストラートⅥ世』により召集されたものだ。
会議室の前には、衛兵が両扉の両脇に長槍を立てて立っていた。
私が近づき、名乗りを上げる。
「サイサス領領主、エイナス・アルベールだ。」
二人の衛兵は、頷き、扉を開けた。
会議室には、王以外の有力貴族が既に揃っているようだった…
長テーブルの、向かって左側の奥から2番目の席が空いているのが確認できる。
私が指定されている席だ。
この席順は、王位継承者順に並んでいる。
長テーブルの一番奥が国王、国王から見て右手から
第一王位継承権者、第一王子の『フィリップ・フォン・カストラート』
その向かい側に第二王位継承権者、第二王子の『マクベス・フォン・カストラート』
第一王子の隣が私『エイナス・アルベール』となっていた…
そう私は、ケネス陛下の第四子『ミリア』を娶っている…有力貴族の筆頭であり、
第三王位継承権者だ…
なお、第三子の『メアリ』は、今は無き『エルウィン王国』の第四王妃として
嫁いで、既に他界している。
自分としては、今の立場を不本意に思っていた…
元々、アルベール家は、内政関係を代々歴代の王によって任されていた。
8年前まで現在の国王の宰相も勤めている…
しかし、現在私は、国王から宰相職を罷免され、有力な領地とはいえ、
地方の領主として左遷されていた…
それなのに、現在も王位継承権だけは、そのままなのだ…
この状況は少し笑えた…
まあ、罷免された原因は、旧エルウィン王国との友好条約破棄に反対したからだったのだが…
私は、そんな事を思いながら、足早に席に着く。
すると、隣のフィリップ王子が話かけてきた。
「エイナス殿、少しゆっくりし過ぎではありませんか?」
「フィリップ殿下、遅れて申し訳ありません、
緊急の連絡が入っておりましたので、その対応で遅れてしまいました。」
「…その緊急の連絡とは…なんです?」
「…すみません、それは後ほど…ご説明させてください。」
「分かりました…、陛下ももう直ぐこられるはずです…そのお話は後にしましょう…」
「ご配慮感謝します…」
私は、少し頭を軽く下げた。
すると、会議室の奥の左側の扉が開き、衛兵の声が響く。
「『ケネス・フォン・カストラートⅥ世』陛下御成りー」
一斉に席についていた30人ほどの人々が起立する。
ケネス国王が、ゆっくり、会議室の一番奥の席にゆっくり歩いてくる。
そして、席に着き、声を出す。
「皆の者良く集まってくれた、まずは、席についてくれ。」
貴族達は一斉に席に座りなおす。
その様子を確認し、一呼吸置いてからケネス国王は話し始めた…
「皆の者、急な召集にも関わらずよく集まってくれた…
今日集まって貰ったのは、先日ウルク帝国から使者が参り、
皇帝アドリアンからの書簡が届いた…
その書簡への対応について、諸賢の意見を聞きたく、集まってもらったのだ…」
ケネス国王はここで、息を一息つき、目を瞑り天井を見上げる…
そして、再度話始めた…
「その書簡の内容は、先月のアドリアン皇帝即位15年のカストラートからの贈物の中の祝辞が
帝国を侮辱するもので、許しがたいというものだ…」
…我がカストラート王国が、帝位15年の記念として贈ったもの…
それは、この会場の貴族の面々は皆知っていた…
カストラートの誇る鍛冶師が作り上げた業物の剣で、
その刀身には祝辞が刻み込まれていた…
祝辞は『神は天に在り、全て世は事もなし』だ…
これは、この中央大陸では、一般的に良く使われる祝辞で、国の平和と安泰を意味している。
「帝国側はこの祝辞が
『帝国の中央大陸統一は神をも恐れぬ行為だ』と暗に言っていると難癖をつけてきたのだ…」
まさに言いがかりも甚だしい…
会議室の面々がざわめき出す。
まあ、無理やり解釈するならば…
『平和と安泰』を壊している帝国にとってみれば揶揄していると言えなくはないが…
どうみてもこれは無理やりすぎる…
「帝国側は、この非礼に対して、相当の誠意を見せよと言ってきている…」
会議室が静まりかえり、沈黙が訪れる…
一呼吸置いて、フィリップ王子が発言した
「陛下、その誠意については具体的に何か要求があったのですか?」
ケネス国王は、ため息をついた後、頷き
「我が国の北西の『ベイト領』を譲渡せよと言ってきている…」
会議室に再度大きなザワめきが起こる。
ベイト領は、ベイト港と国土の西側の穀倉地帯を指す。
このベイト領の港は海運の中継地点の要所である。
しかも穀倉地帯はカストラートの主食の小麦の大生産地だ。
ここを抑えられるという事は、国力が半減すると言っても過言では無かった…
フィリップ王子が憤慨し、声を荒げて、立ち上がる。
「馬鹿な!
あまりに理不尽!
言いがかりで、我が国の主要な国土を奪おうなど!
言語道断です!」
それに対し、マクベス王子が発言する。
「…ですが兄上…帝国と事を構えるというのは…
我が国だけでは無謀とも言えます…」
「お前は!ここまで馬鹿にされて黙って国土を渡せと言うのか!」
「いえ…そうは言っておりません。
直ぐには返事は出さず交渉すべきだと言っているのです。」
二王子が睨みあう…
私は、このやり取りを黙って見守っていたが、
先ほど、ある筋から得た情報を伝えるべきだと判断していた…
「陛下、お知らせしたい事がございます。」
ケネス国王は渋い顔をして、私を見る…
陛下にしてみれば、私は、一度罷免した厄介者だ、
発言されるのを良く思っていないのは明らかだった。
だが、私は陛下をじっと見つめ真剣な顔を崩さないでいた。
陛下は根負けしたように私に聞き返した
「何だ…アルベール侯爵…この場で聞かねばならない事か?」
「は!今回のウルク帝国からの書簡の内容と付随する行動を
私の領地の商船から報告を受けております。」
会議室が、ざわめく…
「報告によりますと、ベイト港より北上した旧エルウィン王国の港に帝国軍の
大艦隊が集結中であるとの事です…
帝国は、こちらの対応に合わせて、即座に侵攻してくるものと思われます!」
「な!それは確かなのですか!
アルベール殿!」
フィリップ王子が、驚き聞き返す。
「は!確かな筋からの報告です!
敵艦隊の現在集結している数は、ガレオン船級が10隻と輸送艦5隻…
ガレオン船の全ての艦に最新式の『大砲』が付いていたとの事です。
しかも、敵艦艇はまだ増えつつあるとの事です…
こちらも急ぎ迎撃の準備をする事を進言いたします!」
会議室はさらにざわめき、勝手に近くの貴族同士が話を始めてしまっていた。
その騒然とした会議室にフィリップ王子の怒声が響く
「皆のもの落ちつけ!
勝手な発言をするな!」
会議室内は再び水を打ったように静まり返る…
フィリップ王子は、ケネス国王に向き直り
「陛下!
これは、一刻にの猶予もありません!
ただちに軍を召集し、防衛体制を整えるべきです!」
ケネス国王は、目を瞑り考え込む…
そして、目を開き、誰ともなしに会議室を見渡した。
「…諸賢らはこの状況をどう見る…」
中央付近の席の貴族が、発言する…
「恐れながら陛下…
ここは、再度、帝国に交渉を申し込むべきです!」
それに対して、丁度反対側に座っていた貴族が言い返す。
「何を馬鹿な!
この状況はどう見ても、言いがかりをつけて、
我が国へ侵略する目的が見え見えだ!
最初から向こうは交渉する気などないに決まっている!
第一、交渉してどうする?他の領地でも渡すつもりか?
どの道、国力を減らされ、再度の侵攻をし易くさせるだけだ!
陛下!
国力を減らされる前に決戦に臨むべきです!」
その後、会議は再交渉を主張する『穏健派』と決戦を主張する『主戦派』
に別れ、数時間、議会は紛糾し、意見は纏まらず、明日再度会議を開く事となった…
◇◇◇◇◇
私(ケネス・フォン・カストラートⅥ世)は、夜までかかっていた会議を終えて、
執務室の大きく豪奢な椅子に座って考えこんでいた…
思えば、ウルク帝国と事を構えるのを『良し』とせず、
帝国の言いなりなってきた代償がこれとは…
こんな事なら、エルウィン王国が侵攻を受けた際、助力して置けば良かったと後悔する…
8年の月日はウルク帝国をさらに強大にし、今や一国で抗うのは不可能な国力となっていた。
8年前ならば、エルウィン王国や他の諸国と連携する事でまだ対処のしようもあったが…
今となっては手遅れだ。
このまま、帝国に押しつぶされるか…、
一貴族になってでも、カストラート家を存続させるか…
帝国の一部になった場合、そこの国主は、領地を没収され、他の領地を与えられる。
地位としては、帝国の中で中級貴族扱いとされ、元王国の貴族は、爵位を返上させられ、
領地をかなり減らされた上で、一等市民扱いとなる…
そう、貴族は貴族で無くなり、少し裕福な程度の平民扱いになるのだ。
さらに国民は三等市民扱いになり、元貴族、国民には重い税が課せられる…
こんな暴挙を許せないと思いながら…
勝ち目の無い決戦に挑むことが私はどうしても出来ないでいた。
そんな考えにふけっていると、扉を叩く音が響いてきた。
「何のようだ!?」
「は!只今、フィリップ殿下が、陛下にお会いしたいと参っております!
お通ししても宜しいでしょうか?」
私は、いぶかしんだが、
昼間の会議で言い足りなかった事があるのだろうと思い入室の許可を出す。
フィリップ王子が入室し、ズカズカと私の前まで、歩みより言い放つ。
「父上!
どうして、軍を召集されないのですか?!」
「…フィリップよ…
カストラートの今の国力では、帝国に抗いきれない…
私は、出来れば交渉で解決できるならそうしたいと考えている…」
「父上!
本気ですか!
そんな事をしても、近い将来、帝国が攻めてくるのは確実です!
国力が今以上減らされる前に対処すべきです!
せめて、国境に軍を再配置すること進言します!
何も帝国に攻め入ろうというのではありません!
早急に防備を固めるべきだと主張しているのです!」
「…今、兵を動かせば、帝国への敵対行動と取られる…
了承はできん…」
フィリップ王子は、どこか諦めたように呟く。
「…そうですか…
もはや…父上には期待しますまい…」
フィリップ王子は、右手の親指と中指を弾き、「パチン」と音を鳴らす。
すると、部屋の扉が荒く開かれ、数人の完全武装の兵士が雪崩れこんできた。
驚く私を侮蔑した目で、フィリップ王子は見下し、言い放つ。
「陛下…陛下には、王位を退いていただきます。
後の事は、私にお任せください。…」
「…フィリップ…反逆するつもりか?」
「…私は以前からあなたのその王にあるまじき弱腰な態度をどうしても許せなかった…
母の祖国を見捨て保身に走る貴方がどうしても許せなかったのです…
しかも、国土を明け渡すような今回の対応…もうあなたにこの国は任せられません!」
そう言うとケネス国王を睨みながら兵士に言い放つ
「『ケネス元国王』を北の塔にお連れしろ!」
兵達は、頷き、ケネス国王を両脇から拘束し、連れていく…
「フィリップ!こんな事をしてただで済むと思うな!他の貴族達や国軍が黙っていないぞ!」
「…元陛下…お気遣い無く…すでに他の貴族の方々は了承ずみです…
軍は元々私の指揮下ですからご心配なく。
あと…了承されなかった方は『黙って』頂きました。」
「…フィリップ…家臣を殺したのか!」
「…いえいえ…反逆者を処分したまでです…」
ケネス国王はまだ何か叫んでいたが、そのまま兵士に連行されていった。
王の執務室には、フィリップ王子だけとなる
「エイナス!そこにいるな!」
「は!ここに!」
いつの間にか、エイナス・アルベールが、背後に控えていた。
「そなたには、宰相に復職してもらう!
異存ないな!」
「は!ありがとうございます!
この身にかえて、フィリップ殿下をお支えさせて頂きます!」
こうして、カストラート王国はフィリップ王子に王権を略奪される。
帝国との対決が迫ってきていた…
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