第二十九話 人食い試着室
ここは小さな駅。
駅のホームで女性のホームレスがゴミ箱をあさっていた。
人気のない駅には駅員ぐらいしかいなかった。
その駅員も関わりたくないのか、目を合わせないようにしている。
その駅に羽振りのよさそうな女性が姿を現した。
女帝であった。
女帝はホームレス…女教授に近づいて耳打ちをした。
「ビジネスの話だ…実は今度、新しい商売を始めようと思ってね。君にも協力してもらいたい。」
女教授はまるで聞こえないかのようにゴミ箱をあさり続けている。
構わず、女帝は喋り続ける。
「その筋に人気なビデオを売るだけなんだが…法に触れる内容でね。周りにバれないように売りたいんだ。しかし、秘密というものは漏れるのが常だろ?商売の内容を知った聖女がまた邪魔をしないとも限らない。その阻止を君にお願いしたいのだ。簡単な話だろ?」
女帝はそこまで喋ると封筒を投げ捨てた。
ドサッと音がして中から万札の束が顔を見せる。
女教授はそれをチラっと見た。
遠くから様子を見ていた駅員がギョッとする。
女帝は駅を出て行った。
そんな女帝の方を見ずに女教授はサッと封筒を拾い上げた。
舞台はかわって、ここはブティック。
「すみませーん。これ試着してみたいんですけど?」
若い女性が店員に聞いた。
店員は笑顔で答えた。
「はい!試着室はあちらになりますのでどうぞ。」
女性客は服を持って試着室に入った。
「フンフンフフン♪」
鼻歌を歌いながら女性客は着ていた服を脱いだ。
その瞬間、ガコっという音がした。
「?」
考える暇もなく、目の前のカーテンが上に昇っていき、目の前は黒くなっていった。
床が抜けて落ちているんだな、と気付いたのは再び地に足が着いてからだった。
「いたた…」
長い時間かけて落ちた割には少しの痛みだけで女性客は怪我ひとつなかった。
周りを見渡す。
そこは映画で出てくるようなアラビアとかの…お金持ちが住んでそうなイメージの部屋であった。
「ここ…何?」
彼女は呟いた。
まずは出ようと思いつき出入り口を探したが四面壁になっていた。
「ガ…」
その時変な声がした。
声の方を向くとベッドがあり、何かが布団にくるまっていた。
彼女は唾をゴクリと飲み、ベッドに近づいた。
「…えい!」
勇気を振り絞り、布団をはがした。
「ガー!」
布団の下からライオンが出てきた。
「きゃー!?」
その映像を暗い部屋で数人の仮面をつけた男女が見ていた。
女性が部屋中を叫びながらライオンに追いまわされ、やがて捕まり、生きながらバラバラに食い千切られていくそんな映像を…彼らは目を輝かせながら見入っていた。
ビデオが終わると部屋の電気がつけられ女帝が巨大なスクリーンの裏から出てきた。
女帝は彼らに言う。
「いかがでしたか?今の映像はもちろん、他のショーも四点収録したDVDを通常版が百万円、限定版が一億円で販売させていただきます。」
前の方にいた、仮面の客が質問した。
「限定版はどのような内容になっているのかね?」
女帝は一つ咳払いをしてから答えた。
「このDVDに登場した人間の皮で作った財布がついてきます。さて、お買い上げの方から前にどうぞ。」
仮面の客達は一斉に立ち上がり女帝のところに行った。
しかし、何人かは内容が気に入らなかったのか部屋を出て行くのであった。
そんな彼らに女帝が声をかける。
「お買い上げにならないのは残念ですが、ここの事はくれぐれも内密に…」
出て行く客の一人が答えた。
「分かっているよ…それに世間にこれがばれたら我々もただではすまんからな。」
買わずに出て行った客達…
その中の一人が外に出てから仮面をとった。
それはエミであった。
「こ、こえぇー!そんなDVD、お金貰っても見たくないっスよ!!」
鳥羽兎でエミの報告を受けた香矢が身震いしながら言った。
コーチも顔を暗くしながら言う。
「何か、聞いた事ある話ね…私が聞いたのはライオンに襲わせるんじゃなくてだるまにするって話だったけど。」
エミは言った。
「それは都市伝説ですね。今回の事件が元なのか、だるまの都市伝説を参考にしたのかは分かりませんけど。」
香矢がキョトンとして言った。
「卵が先か鶏が先かってやつっスね…つーか、だるまの都市伝説って何スか?あんなプリチーな姿になれるなら大歓迎じゃなスか?」
エミが少し苦笑いしてから言った。
「だるまが可愛い…?だるまになるって事はですね、手足をチョン切るってことですよ?」
香矢は再び身震いしてから言った。
「そ、そんな伝説が…もう一人で試着室とか入れないっスよ!ねぇ、志穂さん?今度から一緒に入ってくれません?」
志穂は溜息をついて言った。
「…嫌です。」
香矢は驚いて言った。
「何でスか!?別に志穂さんの着替えを見せてくれってわけじゃないっスよ!!」
志穂は言った。
「だって香矢さん、「香矢ちゃんストリップショー!」とか言って踊りながら脱ぎそうですもの…」
志穂の言葉にコーチとエミはうんうんと頷いた。
香矢が叫ぶ。
「ひつれいな!…でも、個室で二人きりになったら仕方ないよね?」
そんな香矢を無視して志穂がエミに聞いた。
「でも、これ以上被害者が出る前に何とかしないと…エミさん、そのブティックってどこにあるんですか?」
エミは首を横に振って言った。
「残念ながらブティックの場所までは…DVDを売買しているところも毎回変わりますし…次に売買する時に一緒に来てもらう事は出来ますけど。」
コーチが言った。
「それだと次の被害が出てからになるね…」
その時、鳥羽兎の扉を開ける音がしてお客が入ってきた。
「いらっしゃ…」
全員が声をかけようとして止まった。
入ってきたのは女教授であった。
驚く4人を無視し、カウンター席に座ると女教授は言った。
「水をくれないか。」
志穂は十字架を握りしめ変身をしようとしていた。
そんな志穂を制して女教授が言った。
「まぁ、待て今日は戦いにきたのではない…無抵抗な者に刃をむけるような事はしないだろう?」
志穂は十字架から手を離して聞いた。
「…何の用よ。」
女教授は言った。
「さっき言っただろう?水を飲みにきたんだよ。」
コーチは水を女教授に出して言った。
「…どうぞ。」
女教授は水を一気に飲み干し氷をかみ砕くと懐から封筒を取り出して言った。
「お会計はこれで頼むよ。」
コーチは受け取らずに言った。
「…お冷でお金を受け取るわけにはいきません。」
女教授はフッと笑い言った。
「そう警戒しなくてもいいだろ?置いて行くよ。」
カウンターの上に封筒を置いて鳥羽兎を出て行った。
コーチは警戒を解いて言った。
「本当に何しにきたね…」
香矢が封筒を開けて叫んだ。
「ぶわー!万札がたくさん入ってるっスよ!!」
指に唾をつけて数え始める。
そして間にメモが挟まっているのに気付き香矢は言った。
「…?これは何スかね?住所みたいのが書いてあるっスよ…試着室?ショー?…あっ!」
それは先ほどのエミの話に出てきたブティックのようであった。
コーチが首をかしげて言った。
「何だってあいつはこんな事を教えるね…やはり罠か?」
志穂は首を横に振って言った。
「分かりませんけど…あの人は戦う時は真っ向からきて罠を仕掛けたりする人じゃないと思います。…敵ですけど分かるんです、あの人の事が。」
鳥羽兎を出た女教授はカバンから口紅を取り出し唇を塗りなおして呟いた。
「1回は1回だ。カニ魔女の誇りを汚した責任はとらせてもらうぞ、女帝。貴様風に言うならこれもビジネスだよ。」
「あああーの、すすみませんス。」
香矢は件の店で店員に声をかけた。
志穂と二人で来ていた。
「はーい?」
声をかけられた店員が答えた。
香矢はまた体をカチコチにしながら言った。
「こここぉれ、試し切り…じゃなくて試しに着てみたいんスけどけど?」
店員は事務的に答えた。
「どうぞ。試着室はあちらになります。」
香矢は志穂の方に手を置いて言った。
「この子も一緒っしょに入ってももいいいいスかね?」
店員はニコリとしてから言った。
「妹さんですか?どうぞご自由に。」
そして二人は試着室に入った。
志穂が口を開く。
「…らしくないですね。何で緊張しているのですか?」
香矢が一息ついてから答える。
「だって、こんな高そうな店入った事ないもんスよ!志穂さんがやってくれれば良かったのに…」
志穂は言った。
「私のサイズ、売ってないから無理ですよ…それよりも早く!」
香矢は意味が分からずポカンとしていた。
志穂がうながして言った。
「早く着替えてください!着替えないと例の罠が発動しないでしょ?」
香矢が驚いて言った。
「でも、ここって撮影されてるんスよね?本当にストリップショー開くのはマジご勘弁…」
志穂が言った。
「事件の後、撮られた映像は全て処分しますから!私が後ろを向いている間に早く!!」
香矢は脱ぎ始めながら呟いた。
「とほほ…親父にも見せた事がないのにス…」
志穂は後ろを振り向かずに言った。
「…全部脱げとは言ってないじゃないすか。」
そんなやり取りをしているうちに底が抜けた。
志穂は綺麗に着地し香矢をお姫様抱っこする形で受け止めた。
香矢が歓喜して言った。
「ナイスキャッチ!女の子の夢スねー。もう、結婚して!!」
志穂は香矢を乱暴に下ろしてから言った。
「香矢さん、私の後ろから離れないでくださいね…ってなんですか、そのパンツは。」
香矢のパンツはTVアニメのキャラがプリントされたキャラクター物のパンツだった。
香矢が叫ぶ。
「ぎゃひ!見~た~な~。」
志穂は香矢を後ろに押しのけて言った。
「見なかった事にしときます。それよりも来ますよ!」
ベッドの布団をはがし、ライオンが姿を現した。
「ガー!」
ライオンの咆哮に志穂が叫び返した。
「殺人ビデオは…今日で販売中止よ!!」
胸の十字架を握りしめ叫んだ。
「ドラゴンヴァルキリー!ドレスアップ!!」
左手で銀の、右手で金の十字架を引き千切った。
志穂の体は2つの十字架を中心に輝きだし
服は青と緑のチェックのミニスカートになり
胸は爆乳になり
そんな姿に
なった。
そして叫んだ
「聖女!ドラゴンヴァルキリー!!ダブルドレス!!!」
ライオン魔女は思わず叫んだ。
「ガー!聖女!?」
別室でその光景をモニターで見ていた女帝が言った。
「まさか、もう嗅ぎつけてくるとは…女教授の役立たずめ。まぁ、いい。それならば聖女殺人ビデオに企画変更だ!やれ、ライオン魔女よ!!」
「ガー!ライオン魔法!シーサーフォーム!!」
そう叫ぶと手足の爪と牙が鋭く伸びた。
「ガー!切り刻んでくれる!」
そう叫びながら突っ込んでくるライオン魔女に志穂は平然としていた。
志穂は言い捨てた。
「ただ真っ向から突っ込んでくるだけ…剣で応戦する必要もないわね!」
そう言ったかと思うとライオン魔女の体はいつのまにか水で覆われていた。
「ガーボガボ…」
苦しむライオン魔女に志穂は言った。
「苦しい…?あんたに生きながら食い殺された人達の苦しみが少しは分かった!?」
ライオン魔女はパタリと倒れ絶命した。
香矢は志穂の背中から顔を出し言った。
「うわー、残酷…でも、溺死と食い殺されるのてどっちがマシっスかね?…って志穂さん、何をしてるスか?」
見ると志穂は袖から植物を伸ばし、部屋中に張り巡らしていた。
志穂は香矢の質問に答えて言った。
「香矢さんの映像、消さないといけないでしょ?だから…」
「…とんだ放送事故だな。」
別室の女帝が呟いた。
「まぁいい。また、面白いビデオを撮れば…!?」
その時、女帝の見ていたモニターが爆発した。中から植物がニョキニョキと伸びてきた。
とっさに女帝は部屋の外に避難する。
植物は次々と部屋の中の機材やDVDを破壊していく。
「おのれ、機材が!これでは次の撮影ができんではないか!!この損害、必ず支払ってもらうぞ。聖女よ!!」
そう呟いて女帝は消えた。
「これでもう大丈夫ですよ。機材まで壊されたら撮影もできないでしょうしね。」
植物を戻し、変身を解いた志穂が言った。
香矢が感心する。
「さすがっスね…そこまで考えて青と緑の姿に変身したスか?」
志穂は照れながら言った。
「さぁ、帰りましょう!そんな格好でいると風邪をひきますよ?」
香矢は自分の格好を見て言った。
「…そういえば、こんな姿で町中に出れないスよ。どしましょ?」
部屋のカーペットを体にくるんだ香矢と志穂は鳥羽兎に帰ってきた。
「ただい…!?」
志穂が帰りの挨拶をしようとしたが、店の中に女教授が再びいたので思わず声を止めた。
女教授はニコリと笑い言った。
「見事な勝利だったようだね。敵ながら称賛させていただくよ。」
志穂は身構えながらも言った。
「あなたこそ…あなたの情報のおかげで事件を解決できたわ。それは感謝します。」
女教授は水を飲みながら言った。
「それは私にとってもメリットのある事だから気にしなくてもいいよ。それよりも教えてくれ。君はまだ人間の味方をするのかね?」
志穂は黙って俯いた。
香矢は意味が分からずに二人を交互に見ている。
女教授は続けて言った。
「今回の事件は良い例だ…確かに手をくだしていたのはライオン魔女だ。しかし、何故ライオン魔女は人を殺していたのか?それを見たがっているゲスな人間がいたからだよ。君はそんな人間を守ろうと言うのかね?」
香矢が何か言おうとしたのを制止して志穂は言った。
「…私が守りたいのはそういう自分勝手な理屈の犠牲になる人の方です。」
女教授はコップの氷をかみ砕くと席を立った。
「まぁ、いい…ならば私との対立は避けられないということだ。いずれ、決着をつけよう。」
そして鳥羽兎を後にしようと扉の前で足を止め言った。
「私と君が守りたいもの…同じなのかもしれない…いや、これを言うのは野暮だったな。」
口紅をカバンから取り出し唇を塗りなおして出て行った。
魔女の中でも特殊な考えを持つ女教授。
一体、何者なのか?
その過去が今明かされる!
次回 第三十話 「女教授の哀しき正体!」
友知の想いを受け継ぎ、志穂は戦い続ける。