第二十六話 武士道とは死ぬことと見つけたり
「面!」
ある日の日曜日。
コーチのつてで道場を借りて剣道の練習をみんなでしていた。
「いてて…志穂さんにはやっぱり敵わないっスよ…」
志穂に一本とられた香矢が尻もちををついて言った。
それを見たコーチが笑いながら言った。
「ねっ、情けないぞ香矢!年下に簡単に負けるなんて…」
香矢は反論した。
「年下って…相手は聖女様っすよ?」
志穂は、クスリと笑い言った。
「剣道で重要なのは力じゃなくって技術ですよ?実際、私はコーチに敵わないわけですし…」
香矢が言う。
「あー、そうなんスよね!コーチ見てると達人って言葉が頭に浮かんでくるスよ…」
コーチが照れ臭そうに言う。
「まあねっ、私も若い頃はそれなりにやったからな…んっ、それよりも田合剣。」
「はい、コーチ。」
「魔法が戦いの要とはいえ、お前の武器は剣だ。だからねっ、いくら鍛えても損はないはずだ。」
「はい、指導の方をよろしくお願いします、コーチ。」
コーチもうなずき
「よし、二人とも練習再開だ!ねっ!!」
香矢が叫んだ。
「あちきは剣、関係ないっスよ!?」
ここは誰も通らない町の路地裏。
ホームレス風の女性が一人でゴミ箱をあさっていた。
そんな女性に頭上から話しかけてくる声があった。
「バメ!ツバメ魔女、ここに!!」
女性は声が聞こえないかのようにゴミ箱をあさり続けている。
「バメ!カメ魔女のカタキをウちにサンジョウしました!女教授サマ!どうかごメイレイ!!」
女性はゴミ箱の蓋をしめて、よれよれのコートを脱ぎ去った。
するとスーツをパリッと着た女性に変身した。
女教授は言った。
「頼りにしてるぞツバメ魔女よ…それでは命令する。聖女をを殺せ!必ずな!!」
上空からツバメの姿をした魔女が降りてきて言った。
「バメ!ワタシのホコりにかけてカナラずや!」
女教授はカバンから口紅を取り出し、唇を塗りながら言った。
「さて、聖女よ…このツバメ魔女は強いぞ?」
「あっ、帰ってきた。」
鳥羽兎に戻るとエミが待っていた。
そして言った。
「店は定休日でしたけど、待ってれば帰ってくるかなって思って待たせてもらいました…」
志穂は言う。
「待っていた、と言う事は何かあったのですね?」
エミは懐からガサゴソと紙を出して言った。
「えぇ、町中にこんな紙が空から降っていまして…」
その紙には
「ワタシはツバメ魔女!女教授サマのメイレイにより聖女よワタシよタタカえ!!ジャマのハイらないところでマつ…」
と書かれていた。
「うわー、今時果たし状ッススか?随分、時代がかった魔女スね…」
香矢が横から読んで言う。
コーチも一緒に読んで言った。
「でもねっ、これどこで戦うか書いてない…邪魔の入らないところって一体?」
志穂は少し考えてからエミに聞いた。
「エミさん、これって空から落ちてきたのですよね?」
エミは頷いて言った。
「え、えぇ、そうだけど…」
志穂は紙を置いて言った。
「つまり、敵は空にいる…私も空を飛べる。邪魔の入らないところ…。つまり上空!」
香矢が言った。
「はぁ、それならそうと書けばいいのにっス…回りくどいやっちゃなぁ。」
志穂は鳥羽兎を飛び出して胸の十字架を握りしめて叫んだ。
「ドラゴンヴァルキリー!ドレスアップ!!」
左手で銀の、右手で金の十字架を引き千切った。
志穂の体は2つの十字架を中心に輝きだし
両手の十字架は柄の宝石が緑と紫のハーフの入った剣になり、
服は緑と紫のチェックのミディスカートになり
胸は爆乳になり
そんな姿に
なった。
そして叫んだ。
「聖女!ドラゴンヴァルキリー!!ダブルドレス!!!」
叫んだ後に、空高く飛んでいった。
その光景を香矢が見ながら言った。
「空中戦じゃ志穂さんの雄姿が見れないっスよ…残念。でも、うまくすれば下からスカートの中身が?グヘヘ…」
「お前は変態かねっ!」
そういてコーチが香矢の頭を叩いた。
雲よりも高く跳び上がり、志穂は周囲を見回しながら叫んだ。
「来たよ!どこ、ツバメ魔女!!」
その叫び声を聞きつけ、ツバメ魔女が現れて言った。
「バメ!よくキたな聖女!」
志穂は剣構えながら聞いた。
「私と戦って…一体何になるというの?」
ツバメ魔女は答えた。
「バメ!ワタシは女教授サマのためにタタカいシぬ!それだけだ!!」
志穂は腐食ガスを剣先から放出して言った。
「この場所…誰も巻き込む心配がないから、全力で戦える!戦う場所を間違えたわね!」
「バメ!ジャマがハイらないバショだとイったろうが!!」
そう言うとツバメ魔女は腐食ガスが当たる直前で姿を消した。
いや、消えたわけではなかった。
志穂は呟いた。
「ものすごく…早い?」
「バメ!これがワタシのツバメ魔法カソクソウチ!!」
いつの間にか志穂の後ろをとっていたツバメ魔女が言った。
くちばしで突こうとしたが、直前でツバメ魔女の体が止まった。
いつの間にか志穂の袖から植物が伸び、ツバメ魔女の体を押さえていた。
志穂は言った。
「いくら早く動こうとも…捕まえてしまえば関係ない!」
そして、ツバメ魔女の方を向きながら志穂は言った。
「終わりね!」
「バメ!まだだ!」
ツバメ魔女はそう言うと、自分の翼を引き千切った。
「なっ!?」
志穂は驚く。
「バメ!カラダをチギればコウソクからニげるコトもタヤスい!!」
しかし、翼を失ったツバメ魔女は落下していく。
志穂はそれを追いかけていった。
落下した場所はちょうど鳥羽兎の前であった。
「バメ!」
ツバメ魔女は落下の衝撃を耐えきった。
鳥羽兎の中からコーチと香矢とエミが飛び出してくる。
エミが叫んだ。
「魔女!?志穂さんは?」
香矢も言った。
「この状況は…志穂さんの大勝利っスね!」
ツバメ魔女は立ちあがり叫んだ。
「バメ!まだだ!!」
「いや、ここは退こう。」
どこからともなく女教授が現れて言った。
ツバメ魔女は叫ぶ。
「バメ!ですが…」
「ここは聖女に勝ちを譲ろうではないか。次の戦いで勝てば良い。それとも私の命令が聞けないのか?」
ツバメ魔女は女教授の言葉にひざまずいた。
そこに志穂が降りてくる。
コーチ達と女教授とツバメ魔女…
その光景を見て人質に取られると思った志穂はコーチ達の前に立ちふさがり言った。
「この魔女め!コーチ達には手を触れさせないぞ!!」
ツバメ魔女は叫んだ。
「バメ!ミソコな…」
言いかけてツバメ魔女は何かに気付いた。
コーチの方を見つめている。
コーチは思わず言った。
「なっ何だねっ!?」
ツバメ魔女は言った。
「バメ…タナベ…タナベなのか?」
コーチは驚いて聞いた。
「ねっ何故、私の名前を知っている!?お前は…」
ツバメ魔女は言った。
「バメ…イマとなってはカンケイないハナシだったな…」
コーチもツバメ魔女を見つめる。
そんな二人を見ながら志穂がコーチに話しかける。
「コーチ…?どうしたのですか?」
その言葉を聞いてツバメ魔女は話しだした。
「バメ…コーチだと?そうか、聖女はおマエのデシだったのか…ドオりでツヨいわけだ。おマエはムカシからコウハイのシドウにネツをイれていたからな…」
コーチはそこで気付いて言った。
「早瀬…?ねっ、早瀬なのかお前は!」
女教授はそんな二人の前に立ちふさがり言った。
「帰るぞ、ツバメ魔女。」
そしてカバンから口紅を取り出し、唇を塗るとツバメ魔女と共に姿を消した。
コーチは呟いた。
「早瀬…」
香矢も呟いた。
「何であんなに飛びまわってパンチラしないんスか…」
「面!」
それはコーチが中学生の頃の話。
「やっぱり、早瀬は強いねっ!」
コーチは自分から一本を取った相手にそう言った。
早瀬と呼ばれた彼女は面をとり、言った。
「そういう、田鍋も強いじゃないか…何で剣道部に入らないの?もったいないよ。」
コーチは言った。
「剣道部には私が敵わないエースがいるからねっ?」
早瀬は笑いながら言った。
「一緒に練習すれば私より強くなるってば!」
コーチは首を振りながら言った。
「とてもとてもねっ…全国大会優勝間違いなしと言われる早瀬より強くなるなんて…」
早瀬はまた笑いながら言った。
「謙遜しちゃって…でも、残念だなぁ。私が本気で戦える相手になりそうなのに。」
コーチが少し驚いて言った。
「早瀬は一度も本気で戦った事はないねっ?」
早瀬はコクリと頷き言った。
「一度でいいから自分の力を全て出し切った…本気の戦いをしてみたい!死ぬ前に一度でいいから…」
コーチは苦笑しながら言った。
「死ぬ前にとは物騒ねっ…」
早瀬は握りこぶしをつくり、言った。
「私は武士になりたいの。」
コーチは嬉しそうに笑いながら言った。
「また、その話ねっ。」
その後、早瀬は挨拶もなしに転校してしまった。出れば優勝間違いなしと言われていた剣道の大会には転校後に出る事はなかった。
後で聞いた話によると転校の理由は親の借金での夜逃げであったらしい。
鳥羽兎に戻ってコーチは早瀬の話を聞かせた。
エミが口を開いた。
「でも、あの魔女も店長の事を覚えていましたよね?記憶があるという事は脳改造を受けてないのかしら…」
志穂は首を振り言った。
「脳改造は別人にするわけではないのです。ただ、人間としての良心がなくなるだけ…記憶が残っていても不思議ではありません。」
香矢が言う。
「じゃあ、もう手遅れって事スか?」
志穂は少し考えてから言った。
「いや…黒猫さんや友知の例もありますからまだ可能性は…」
「翼の修復には時間がかかりそうだな。」
女教授はツバメ魔女の怪我を見ながら言った。
「仕方ない。お前は傷を癒しておけ。その間に他の魔女にでも…」
その女教授の言葉にツバメ魔女は叫んだ。
「バメ!女教授サマにおネガいがあります!!」
女教授は言った。
「…言ってみろ。」
ツバメ魔女は続けて言う。
「バメ!キズのチユをマつヒツヨウはありません!イマすぐ聖女とのイッキウチちをネガいます!!」
女教授は驚いて言った。
「…何を馬鹿な事を言い出すのだ。」
ツバメ魔女はさらに言った。
「バメ!聖女はかつてワタシのライバルであったオンナのデシです。ホカの魔女にウたれるよりもサキにワタシはケッチャクをつけたいのです!」
女教授はため息をついて言った。
「…駄目に決まっているだろ?死ににいかせるようなものではないか。これは命令だ。」
ツバメ魔女は叫んだ。
「バメ!メイレイにサカらうコトをおユルしください!!」
そう言ってツバメ魔女は飛び出して行った。
「バメ!出てこい聖女!」
ツバメ魔女は鳥羽兎に再び来て叫んだ。
鳥羽兎の中から志穂とコーチが出てきた。
ツバメ魔女は言った。
「バメ!タナベのデシである聖女、おマエにケットウをモウしコむ!!」
志穂はコーチに言った。
「何とか時間を稼いで洗脳を解く方法を…」
コーチは答えた。
「いや…あいつとの決闘を受けてはくれないかねっ…」
「しかし…」
「頼む田合剣。ねっ。」
そう言ってからコーチはツバメ魔女に言った。
「早瀬…ここよりも決闘にふさわしい場所がある…分かるねっ?」
ツバメ魔女は頷いた。
「バメ!そうだな…」
3人が着いた先は剣道の大会が行われる…市の体育館であった。
今は誰もいない。
コーチは志穂に耳打ちをした。
志穂はコーチの方を見て言った。
「そんなの…良いのですか?」
コーチは寂しげな顔をして言った。
「頼む…それがあいつの願いなのだ…」
その時、薄暗かった体育館の証明が点いた。
そして、観客席に人影があった。
女教授であった。
「全く、仕方がない奴だ…」
そう言うと女教授はカバンから日本刀を取り出してツバメ魔女に投げ渡した。
「バメ!カンシャします、女教授サマ…」
そう言って女教授の方におじぎをした。
志穂も胸の十字架を引き千切り、再び緑と紫の姿に変身した。
そして言った。
「魔法は使わない…この剣だけで私はあなたと戦います!!」
それがコーチの願いであった。
それを聞いて志穂におじぎをしながらツバメ魔女は言った。
「バメ!ワタシのココロイキをクんでくれたおマエにもカンシャをする…ワタシのショウリをもって!」
二人は剣を構え睨みあう。
空気が途端に重くなる。
お互いに睨みあったまま動けなくなる。
「勝負は一瞬で…最初の一撃で決まる!!」
コーチが呟いた。
そして、先に動いたのは志穂であった。
「りゃああああああああ!」
「バメ!」
二人は叫び合いながらぶつかり合った。
カキン!
金属の響く音の後、お互いの位置が背を向けて入れ替わった。
志穂は膝を崩した。
そんな志穂の方に背中を向けたまま、ツバメ魔女は叫んだ。
「武士道とは…死ぬことと見つけたり!!」
「物騒な言葉ねっ…それが早瀬の好きな言葉?」
初めてその言葉を聞いた時にコーチは早瀬にそう聞いた。
早瀬は嬉しそうに言った。
「人によって受けとり方は様々だけど…私は死んでもいいぐらい本気で何かをやり遂げた時に出てくる言葉だと思ってる。だから私はこの言葉が好き。」
「早瀬…私は嫌いだよ。その言葉。」
ツバメ魔女…かつての親友の亡骸を見つめながらコーチは呟いた。
志穂の前に死んだはずの友知が現れた。
友知は記憶を失っていた…
彼女は本当に友知なのだろうか!?
それともこれはウィッチの罠なのか!?
そんな中、以前に倒した魔女が迫る!!
次回 第二十七話 「記憶喪失の少女」
友知の想いを胸に秘め、志穂は戦い続ける