第十話 消えた少女
志穂と友知の再会から数日が過ぎた。
鳥羽兎の窓際で志穂は外を眺めながらボーっとしていた。
それを遠くから見ていた香矢がコーチに言った。
「窓際でたそがれる美少女…いや~絵になるっスけど、何があったんスかね?」
「帰って来てからずっとあの調子なんだよねっ…」
志穂は親友の言葉を反芻していた。
「何が聖女だ…何が正義の味方だ…お前も魔女じゃないか!!許さない…絶対に許さない!!!」
そう言い捨ててどこかへ去って行ったともちゃん。
(勘違いされた…ううん、おばさんを私が殺したのは本当の事だもの…でも)
例え嫌われようと。
例え憎まれようと。
(ともちゃんは絶対に守らなきゃ…!一体どこに行ったの?)
「しーほさん。」
香矢が抱きついてきた。
しかし、志穂は無反応だった。
「むむ、香矢さんのセクハラ攻撃に耐えるとは…これは重傷っスね。せっかく魔女対策本部の人から連絡がきたのに…」
志穂はガバっと立ちあがり香矢に掴みかかって言った。
「いつですか!?誰から!?香矢さん!!」
香矢はいつもと違う反応に驚きつつも言った。
「いゃん、志穂さん大胆!」
「茶化さないでください!誰から連絡来たかって聞いているのです!!」
「えっと、野郎からですね。ゴローとかいう名前の。」
確かともちゃんの従兄と言う人がその名前だったはず。
「で、どんな内容だったのですか!?」
「ねぇ、田合剣落ち着きなさい。」
コーチに怒られ、志穂は少し冷静になった。
香矢は咳きこみながら言った。
「あ~、びっくりしたっス!」
「…ごめんなさい。」
「いや、そんな深刻に受け止められても…で、何か他の人と連絡とれなくなったから会いたいとかなんとかかんとか。どうします?対策本部を装ったなんちゃって出会い系君の恐れもありやすが…」
「会います。その人とはこないだ会っていますから。」
同じ頃、鳥羽兎から遠く離れた公園のベンチに友知は座っていた。
「そう…あれがドラゴンヴァルキリー…母さんの仇…!」
ブツクサと一人ごとを呟きながら左手に持ったハサミをザクザクと木の椅子に刺していた。
「身近なところに潜んでいたのね…次に会ったら絶対に…!」
そこで自分が持っている刃物を見た。
カッターナイフーをあの体は弾いた。
つまりこんな武器では、あの魔女には勝てない。
「くそっ!」
友知はハサミをぽいっと投げ捨て頭をガリガリと掻いた。
「どうすれば…どうすればいいのよぉ!」
「グブブブ!チカラをカしてやろうか?」
はっと後ろを向いたが木しかなかった。
「空耳?」
「グブブブ!ドラゴンヴァルキリーとかいうコムスメをコロすテツダいをしてやるってイってるんだよ!!」
木だと思っていた物はカメレオンの魔女に変化した。
「グブブブ!そのダイカにおマエのイノチをハラってモラうけどな!!」
志穂は鳥羽兎でゴローと再会した。
「冴えない男っスねぇ…」
「ねっ、関係ないだろ!!」
店の奥でコーチと香矢が勝手な事を話している。
ゴローはコーヒーを一杯飲み干すと話し始めた。
「いや~参ったよ。リーダーの連絡先はマリしか知らないし…知り合ったばかりで他の二人とも連絡はとれないし…マリに君のサイトのURLだけは聞いておいて良かったよ。」
「私のサイトではないのですが…まぁ、マリさんもそのうち連絡してくると思いますよ。」
「ん、そうだね。」
ゴローは2杯めのコーヒーを飲もうとしていた。
志穂はそれを遮って聞いた。
「…あの、ともちゃんはどうなりました?」
「それも困っているんだよ…あの時、一緒に逃げてると思ったらいつの間にかいないし…家には帰ってこないし…まさかと思うけど…」
ゴローは不安そうな顔をした。
「…あの直後なら私が会いました。」
「本当!?でも何で…」
(私を殺しに戻ってきました。)
それは声には出せなかった。
ゴローは志穂の様子に気付かずに喋り続けた。
「あの子も俺も魔女に親を殺されたからね。ようやく仇をうってくれる君という存在がでてきて嬉しかったんだろうな…」
(その仇は私です。)
やはり声には出せなかった。
志穂はそんな考えを出さないように聞いた。
「…どこか行くあてとかありませんか?」
「んー俺は昔から一緒に生活してたわけじゃないからな~。どちらかというと親友の君の方が知ってるんじゃないの?」
友知とは子供のころからの付き合いだ。
(そういえばおばさん…お母さんとけんかした時に行く隠れ家とか教えてもらったっけ。)
ゴローはコーヒーを飲み干すと立ち上がり言った。
「ごちそうさん。じゃあ、進展があったらまた来るね。」
そして扉に向かって歩いて行くところに志穂が聞いた。
「あっ、そういえばゴローさんはどんな魔女事件に巻き込まれたのですか?」
「ん、何か他人に化ける奴でね…君も気をつけた方がいいよ?戦えば君の方が強そうだけどね…」
志穂は昔、友知に教えてもらった町はずれの公園にきていた。
(ここは誰もいないし、存在もよく知られていない隠れるには絶好の場所…確か、ともちゃんはそんな事を言っていたっけ。)
狭い公園なので、木のイスがボロボロになっているのがすぐに目に入ってきた。
ボロボロの傷は人工的に掘られたものであるのが近づくと分かった。
殺、殺、殺、
そんな風に彫ってあるようにも見えた。
(やっぱりここに来たんだ…)
近くを探すと刃がボロボロになったハサミが出てきた。
(こんなもので私と戦うつもりだったの!ともちゃん!!)
しかし、本人の姿が見えない。
(ここは誰かくればすぐに分かるって言ってたから…私の姿を見て逃げたの?)
「グブブブ!よくキたな。」
その聞くも憎たらしい声に志穂は叫んだ。
「魔女!?どこにいるの!?」
志穂は胸の十字架を握りしめた。
声は続く。
「グブブブ!まぁ、マて。ここではタタカうつもりはない。それよりもムスメだ。」
志穂はギクリとした。
「そう、おマエのシンユウだったムスメだ。アンシンしろ、まだブジだ。そのマエにおマエをシマツしようとオモってな。」
志穂は周りを見渡してから言った。
「…その木に化けているのね。」
「グブブブ!?」
「ゴローさんが言っていた化ける魔女ね…確かに見た目は完璧だわ。でも、声がどこから聞こえているのか考えれば、場所の特定は簡単よ!」
「グブブブ!コンゴのサンコウにさせてもらうよ。あのムスメはマチのハズれのモリにツカまえてある。トモにシュクセイしてやるからクるがいい。」
そう言うと、魔女の気配は消えた。
(ともちゃん…!必ず助けるから待っていて!)
志穂は胸の十字架を引き千切りドラゴンヴァルキリーに変身した。
悲しみの青い姿に。
志穂は上空から森を見降ろしていた。
(見つけた!あそこだ!!)
友知の姿を確認してその近くに降りていく。
友知は木に縛られていた。
「…」
黙って近づく。
そしてある程度近寄ったところで剣を振り下ろした。
「グブブブ!?ナゼばれた!?コンドはオトもダさなかったのに!?」
志穂は少し馬鹿にしたように笑い言った。
「あれは嘘。私の目には虚像を見破る力があるの。」
「グブブブ!クソがっ!」
カメレオン魔女は舌を伸ばしてきたが志穂は舌をはらった。
「無駄よ。あんたは戦闘能力が低い…それをごまかすために擬態という能力で戦っていた。そうでしょ?」
「グブブブ!」
「ともちゃんはどこ?」
「グブブブ!イえない…」
「はっ?」
「イったらワタシは…」
カメレオン魔女は怯えているようにも見えた。
「グブブブっ!?」
突然、カメレオン魔女の顔と目が膨らみ始めた。
爆発寸前の風船のように。
「グブブブ!イってない!イわない!!だからタスけて!!!」
その言葉もむなしくカメレオン魔女は弾けた。
志穂は水のバリアで体を覆っていたので爆発に巻き込まれる事はなかった。
「この魔女も誰かに利用されていただけ…じゃあ、ともちゃんはどこに行ったの?」
志穂はその場で立ち尽くしていた。
「
クスクスクス…
」
次回 第十一話
「聖女と魔女」
志穂にとって地獄の先の地獄がはじまる…