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欺瞞の完全密室 ――天才詐欺師は絶対記憶で国家の罠を喰い破る――  作者: りく
【第3章】逆転の特異点~盤上をひっくり返す絶対記憶~
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第11話:最終テロ『オペレーション・ラグナロク』発動 歪んだ国家改造計画

特有の湿ったコンクリートの匂いが立ち込める、警視庁本庁舎の地下特別取調室。

無機質なスチール机を挟んで、俺――蓮見零と、国家の暗部を牛耳ってきた男――元警視庁副総監・神宮寺が対峙していた。

頭上の蛍光灯が、ひどく耳障りな低周波の駆動音を立てて明滅している。

神宮寺は、手首に嵌められた冷たい手錠などまるで気にする様子もなく、背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま、静かに中身のないティーカップを口元に運ぶような上品な仕草を見せた。

「……で、君は私をここに引きずり出し、何を語らせるつもりだね、蓮見くん」

神宮寺は薄っすらと優雅な笑みを浮かべ、俺を真っ直ぐに見据えた。

「ペントハウスの密室トリックを暴き、私の権力の城壁を内側から爆破してみせたその知能には、改めて敬意を表しよう。だがね、すべてを暴いた気でいるその傲慢さこそが、君の最大の弱点だ」

「ほう」

俺はパイプ椅子に深く腰掛け、両手の指を組んで冷ややかに笑い返した。

「俺を嵌めた台本の執筆者がお前で、すべての証拠捏造とテロの演出がお前の指揮の下で行われた。……それのどこが間違いだ?」

「間違いではないさ。すべて事実だ」

神宮寺はあっさりと首肯した。

だが、その瞳の奥には、敗北者のそれとは違う、底知れぬ狂気と冷徹な確信が宿っていた。

「だがね、蓮見くん。君は『なぜ』私がこれほどの国家機密レベルの犯罪を犯し、自らの手で警察組織を泥にまみれさせる必要があったのか……その本質を理解していない」

「……動機を聞き飽きるほど聞かせてくれよ。どうせ、失脚したくない身勝手な保身か、あるいは政財界の汚職を隠すためのトカゲの尻尾切りだろ?」

俺の言葉に、神宮寺はふっと息を漏らして首を横に振った。

「保身? 汚職? そんな低俗なものではないよ。……私が守ろうとしたのは、この腐敗しきった『日本の国家体制そのものだ』」

神宮寺の声音が、わずかに熱を帯びた。

「今の日本を見たまえ。事なかれ主義の政治家どもが蔓延り、国際社会の圧力の前に経済はジリ貧へと向かい、我が国はホルムズ海峡の海運ひとつでエネルギーが枯渇する脆弱な物流依存から脱却できずにいる。それにもかかわらず、国民は目先の平穏に酔いしれて国防の意識すら忘れているのだ」

神宮寺は身を乗り出し、冷徹な双眸で俺を射抜いた。

「綺麗事の議論や、民主主義という名の怠慢なシステムでは、この国を救うことはできない。強烈な『恐怖』と『危機感』が必要なのだ。国家を揺るがす未曾有のテロ事件を引き起こし、それを私が――鉄の意志を持つ警察のトップが完璧に鎮圧してみせることで、国民に国家の強靭な管理体制の必要性を思い知らせる。……そして、憲法を改正し、情報統制を敷き、真の意味で『国家を護るための絶対的なシステム』を構築する。それが、私の悲願だ」

狂気だった。

自らの正義に酔いしれ、目的のためには数多の無辜の命を踏み潰すことを何とも思わない、特権階級の極限の傲慢。

「……吐き気がするな」

俺は冷たく言い放った。

「お前がやっているのは、国家の救済なんかじゃない。自分の歪んだエゴイズムを正当化するための、三流の殺人ごっこだ。国家を護るために国民を脅かすなんて本末転倒の極みだな」

「何とでも言いたまえ。勝者は歴史を記述し、敗者はただ淘汰される。……そしてね、蓮見くん」

神宮寺は勝ち誇ったような、ねっとりとした笑みを深めた。

「君は『すべての企てを阻止した』と思っているかもしれないが……それは致命的な勘違いだ」

ドクンッ、と。

俺の胸の奥で、嫌な予感が跳ねた。

「どういうことだ」

「私が仕掛けた『国家を揺るがすテロ計画』は、私個人の身柄が拘束されたからといって停止するように作られていない。私という歯車が外れたとしても、システムはすでに次の段階へ移行しているのだよ」

神宮寺は手錠を鳴らし、取調室の鉄の扉を見据えた。

「私の部下たち――いや、この国を本気で変えようと動いている『真の同志たち』は、すでに最後の凶行のトリガーを引いている。君が地下牢獄の水没で止めたのは、あくまで『目くらましの人質劇』に過ぎない。本当の計画は、もっと別の場所で進行している」

「ふざけるな……!本当の計画とは何だ!」

俺が思わず立ち上がり、スチール机を叩くと、神宮寺は愉快そうに声を上げて笑った。

「教えるわけがないだろう。……だが、タイムリミットはあとわずかだ。君がここで私と無駄な問答をしている間にも、その『本当の破滅』は確実に日本全土を飲み込んでいく。さあ、どうする? 天才詐欺師くん。君のその素晴らしい『絶対記憶』とやらで、すでに動き出した歯車を止めてみせたまえ!」

その瞬間、取調室のスピーカーから、非常警報の電子音がけたたましく鳴り響いた。

『――緊急警報。警視庁基幹ネットワークに対し、大規模な外部からの不正アクセスを検知。ファイアウォールが次々と突破されています……!』

廊下から、警官たちの慌ただしい足音と怒号が聞こえてくる。

俺は神宮寺を睨みつけたまま取調室を飛び出し、本庁舎内のオープンエリアへと駆け戻った。

そこでは、先ほどまで正義感に燃えていた若手警官たちが、青ざめた顔でモニターにしがみついていた。

「一体どうなってる!?」

俺が叫ぶと、脂汗を流した警官の一人が震える声で答えた。

「は、蓮見さん……! 神宮寺の端末から自動送信されたバックアップ・プログラムが起動しました! 警視庁が管理する全国の警察署のネットワーク、そして首都圏の交通・インフラの制御システムが一斉に乗っ取られています……!」

画面を見る。

東京の地図を覆うように、無数の赤い警告サインが点滅し始めていた。

湊はどこだ?

俺は周囲を見渡し、本部の一角に設けられた臨時端末の前に座っている銀髪の少女を見つけた。

彼女は額に汗を浮かべ、血走りかけた目で猛烈なスピードでキーボードを叩いている。

「湊……!」

俺が駆け寄ると、湊は息を荒げながらモニターから顔を上げた。

「ダメよ……! 神宮寺だけじゃないわ。奴の背後には、警察内部の治安維持派閥『特務公安会』という極秘組織が存在してる……! 彼らは神宮寺の逮捕を想定して、あらかじめ『プランB』をセットしていたのよ!」

「プランBだと?」

「ええ……。首都圏の主要交通網――地下鉄、高速道路、羽田空港、そして首都高のすべてのトンネルとジャンクションの遠隔制御を乗っ取り、一斉に『物理的封鎖(ロックダウン)』をかけるプログラム。政府の中枢機能がある霞が関一帯の通信を完全に遮断して、戒厳令に近い状態を人工的に作り出す気よ……!」

モニターの映像が切り替わり、東京の街の至る所で、自動制御された交通信号がすべて赤に変わり、高速道路の料金所やトンネルのシャッターが重々しい音を立てて閉ざされていく様子が映し出された。

「くそっ……! 神宮寺の身柄を押さえても、組織の根っこが腐り切っていやがったってわけか!」

俺が歯ぎしりをしたその時、湊のノートパソコンの画面が突如として真っ赤に染まり、強力なアラート音が鳴り響いた。

『――警告。メインサーバーへの強制バイパスを確認。起爆コード(オーバーライド):【オペレーション・ラグナロク】が入力されました』

「な、なにこれ……!」

湊の顔から血の気がサーッと引いていく。

「ただの交通封鎖じゃないわ……! このプログラム、首都圏の主要インフラの制御を乗っ取っただけじゃなく、東京湾岸エリアにある『大規模コンビナート施設』および『LNG(液化天然ガス)備蓄基地』の緊急バルブをすべて強制開放する設定になってる……!」

「LNGのバルブ開放だと……!?」

俺の背筋に、氷を突きつけられたような悪寒が走った。

「そんなことをすれば、東京湾岸一帯が文字通り火の海になる……! 死傷者は数十万人じゃすまない、首都圏の壊滅だ……!」

「タイムリミットは、あと『四十分』……!」

湊の指が震えている。

「私のハッキングでも、相手は警察機構の最高権限を使った二重暗号化ネットワークよ。ファイアウォールを一枚剥がすのに十分かかる。このままじゃ、すべてのインフラが自爆装置に変わるのを指をくわえて見ていることしかできない……!」

圧倒的な絶望感が、再び周囲の空気を重く淀ませた。

神宮寺が取調室で残した「本当のテロ計画が動き出している」という言葉が、現実の残酷な牙を剥いて俺たちに襲いかかる。

警察のトップを失脚させ、濡れ衣を晴らしたというのに、黒幕たちが仕掛けた最後の狂気――国家改造のための最終テロ計画『オペレーション・ラグナロク』は、すでに誰にも止められない領域へと突入していた。

だが。

俺は拳を強く握り締め、荒い息を整えた。

「……ふざけやがって」

俺の呟きに、湊がハッとしたように顔を上げる。

「零……?」

「神宮寺が何万人を人質に取ろうと、極秘組織がどれほど強固なネットワークを構築しようと関係ない。システムがどれほど複雑怪奇だろうと、それを動かしているのは人間の悪意と、プログラムの『論理的構造』だ」

俺は脳内のアーカイブ――『絶対記憶』の扉を再び全開にした。

これまでのすべての事件の断片。

神宮寺の取調室での不敵な笑み。

ネットワークのパケットの流れるリズム。

そして、警視庁の地下保管庫で見聞きしたすべてのインフラ構造のデータ。

頭の中で、膨大な情報が超高速でパズルのように組み合わされていく。

「湊。お前のハッキング能力と、俺の頭脳を合わせれば、この『ラグナロク』を完全に逆手に取るルートが一つだけある」

俺の言葉に、湊の瞳に再び強い光が宿った。

「……ほんとう? どういうこと!?」

「奴らは、警視庁の本庁舎から全ネットワークを遠隔制御していると信じ込んでいる。だが、その『遠隔制御の中枢(マザーサーバー)』は、実は本庁舎のどこかにあるわけじゃない」

俺は不敵に、そしてどこか狂気じみた笑みを浮かべて見せた。

「真の中枢は、あの男――神宮寺が、個人的に私物化していた『特務公安会』の秘密裏のバックアップ施設……すでに俺たちが突き止めた、あの場所にある」

「まさか……!」

「そうだ。すべての決着をつける最終決戦の舞台は、あの場所だ」

タイムリミットまで、あとわずか。

東京の空を赤く染め上げる破滅のカウントダウンが始まる中、天才詐欺師・蓮見零の、すべてを賭けた最後にして最大の頭脳戦(ゲーム)が、今、幕を開けようとしている――。



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