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とある天使飼いの日記

作者: ささがき
掲載日:2026/03/24

〇月◇日・霧雨

 天使を拾った。

 名前の通り、天の向こうの連中のお使いをしているやつだ。

 あんまり賢くないから、簡単な伝書役しかしていないのに、よく迷子になって"こちら"に落ちてくる。


 道端に落ちていたそいつは、翼に怪我して空に帰るだけの力がないらしい。

 手のひらサイズで、羽より軽い。

 ネットで調べたら、サイズ感は1/20。食事や薬の容量もそれくらいの計算でいいか?

「エサは……綿菓子とか甘いお砂糖?」

 ちょうちょかなんかか?


〇月◎日・晴れ

 天使の怪我が治ってきた。

 窓辺で日に当ててやると、片羽ずつ広げてはお手入れしているようだ。

 もう飛べるはずだが、手のひらに乗せて窓を開けても、一向に飛んでいく気配がない。

 指に掴まったままうとうとし始めた。

 野生はどうした野生は。

 ここは一刻も早く逃げ帰るところだろう。

 カメラを向けて寝顔を取ってやる。

 ……さすが天使。文句のつけどころのない癒しの画が撮れた。


〇月▽日・晴れ

  友人が差し入れに来てくれた。

 玄関を開けるなり響く異音に眉をひそめる。

「なんだあの音?」

「新しい警報機がなんか壊れてて……」

「動物の鳴き声みたいだな」 と首を傾げたものの、玄関先で差し入れだけ置いて、友人は帰っていった。

 差し入れをしまいにキッチンに戻る。

 冷蔵庫にしがみついて「み゜ーっみ゜ーっ」と鳴いているのは、天使だ。セミか?

 昼メシがご不満だったらしい。

 この間イチゴを食べるときに少し分けてやった練乳に味を占めたようだ。


●月〇日・雨

 窓の外は銀色の雨だ。

 興味深そうにガラスにへばりついていた天使の羽先が、黒く変色していた。

 汚れを落とそうとする手を構ってくれると勘違いしてじゃれついてくる。ああ、汚れがかえって広がっちまったじゃないか。

 ちょ、端末にさわr"#$%&'()P`{


●月☆日・曇り

 数日寝込んでしまった。

 雨上がりの空に天使の梯子がかかっている。

 天使が一生懸命羽ばたいて、俺の指先を引っ張る。

「なあ、俺はそっちには行けないんだ。」

 羽根は半分ほど変色が進んだ。こちらで生きていけるようにという適応だろう。

「お前がこっちで化け物になっちまうように、あっちに行った俺も"俺"じゃなくなる」


●月◆日・雨

 水滴が降ってくる。この部屋、雨漏りしてたっけ。

「噛むなって言ってるだろ……」

 天使は最近噛み癖が付いた。

 今晩は特に酷い。

 ほとんど意味が判別できない鳴き声の中に、「カイヌシ」「イッショ」という単語が混じる。

「泣くくらいならやめとけよ」

 じわりと寝台にシミが広がっていく。洗濯しないと


×月×日・薄曇り


 夜明け前に目が覚めた。

 天使の姿はなかった。


 カーテンを引くと、窓の向こうに仕事に励む同族たちの姿が見える。

 掃除人が星を掃き出し、流星を網で捕まえ、オーロラの天幕を巻き取っていく。

 各戸で焚いていた闇夜の香の火を留め、狼を放って月を追い立てる。

 空の端では、昼の国の連中が明るい天幕を用意して空を覆う準備をしていた。


 ばさりと音がして、体が浮く。

 背を振り返ると、背中に羽が生えていた。

 白に墨を一滴溶かしたような、灰色だ。

 浮き上がった俺は、せわしなく働く空の管理者たちを横目に昼と夜の間を漂う。

 息苦しさは消えていた。

 病魔に冒された臓器は天使が食っていったらしい。

「あいつ、どこ行ったんだ」

 ふと自分の体を見降ろすと、食われてがらんどうのはずの胸はふさがっていて、奥底で何かがどくどくと脈打っている。

(カイヌシ、イッショ、イッショ)

 脈と一緒に弾む嬉しそうな声が、どこからともなく聞こえる。

 耳を澄ますと、シンプルな感情だけが伝わってくる。

 単純で可愛いうちの天使。

 俺の臓器に収まって、いつかは消えてしまうだろう。

 夜の国にも昼の国にも属せずに、誰もいない狭間の時間を漂っていく。

(ウレシイ、ウレシイ)

 このいとしさを抱いて、どこまでも。

 それは、案外悪くない気がして俺は目を閉じた。

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