第一章:検討という名の呪縛 ~前世の記憶が支配する現世~
蓬莱国国会議事堂の委員会室で、今日もあの声が響く。
「それにつきましては、十分に検討させていただきます」
声の主は検討田研吾、通称「検討使マン」。彼の口から出る言葉の90%以上が「検討」関連であることから、この不名誉なあだ名を付けられていた。
研吾の一日は「検討」で始まり「検討」で終わる。朝食のメニューも「パンかご飯か、検討します」。服装も「今日は何色のネクタイにするか、検討します」。すべてが検討対象なのだ。
この現象の原因は、研吾が度々見る不思議な夢にあった。
夢の中で彼は、豪華絢爛な宮廷にいる。周りには中国風の装束を着た人々が立ち並び、玉座には威厳に満ちた皇帝が座っている。そして夢の中の自分は、流暢な中国語で何かを奏上しているのだ。
「陛下、この件につきましては慎重なる検討が必要でございます」
目が覚めると、研吾はいつも同じ言葉を呟いている。「けんとう...けんとう...」
研吾の秘書である調査田深子は、この現象を詳細に記録していた。
「先生は1日平均127回『検討』という言葉を使用します。これは一般的な国会議員の14.3倍です」深子は統計資料を示した。
「そんなに言ってるのか?」研吾は驚いた。
「はい。そして興味深いことに、先生が『検討』と言う時の表情は、まるで遠い昔を思い出すような、懐かしげな表情なんです」
実際、研吾には幼い頃からの記憶があった。3歳の時、初めて「けんとう」という言葉を口にした時の母親の驚いた顔。小学校で先生に「将来の夢は?」と聞かれて「けんとうをすることです」と答えて困惑された記憶。
中学時代の歴史の授業で「遣唐使」について学んだ時、研吾は激しい頭痛に襲われた。教科書に載っていた遣唐使の絵を見た瞬間、脳裏に鮮明な映像が浮かんだのだ。
海を渡る大きな船。唐の都長安の壮麗な建物群。科挙の試験場で筆を走らせる自分の手。玄宗皇帝から直接褒められる場面...
「先生、大丈夫ですか?」深子が心配そうに声をかけた。研吾は委員会の最中に、また遠い目をしていたのだ。
「ああ、すまない。また例の夢のことを考えていた」
研吾の「検討癖」が政治的に問題となったのは、重要法案の審議中のことだった。
「検討田議員、この法案についてのご意見をお聞かせください」委員長が質問した。
研吾は立ち上がり、慣れ親しんだ言葉を口にした。「はい、この件につきましては、慎重に検討させていただき、十分な検討を重ねた上で、さらなる検討を行い、最終的な検討結果を踏まえて検討いたします」
委員会室は静寂に包まれた。結局何も言っていないに等しい発言だった。
野党議員から厳しい声が飛んだ。「検討するだけで結論は出さないのですか!」
「それについても...検討します」研吾は困ったように答えた。
この様子がテレビ中継され、研吾は一躍「何も決めない議員」として有名になった。しかし興味深いことに、研吾の支持率は意外にも高かった。有権者の多くが「慎重な政治家」として評価していたのだ。
「拙速な決定よりも、じっくり検討してくれる政治家の方が信頼できる」という声が多数寄せられた。
研吾の地元事務所の所長である検討田熟考(研吾の父)は語った。
「研吾は小さい頃から『けんとう』という言葉に特別な愛着があった。まるでその言葉に魂が宿っているかのように大切にしていた」
母親の検討田深慮も証言した。
「あの子は夜中によく『けんとう、けんとう』と寝言を言っていました。時には中国語のような言葉も混じっていて...まるで前世の記憶でもあるかのように」
研吾自身も、自分の「検討」への執着について考えることがあった。
「なぜ僕は『検討』という言葉にこれほど魅かれるのだろう?単なる癖にしては、あまりにも強い衝動だ」
ある日、研吾は夢日記をつけることにした。毎晩見る夢の内容を詳細に記録し、前世の記憶の謎を解明しようと考えたのだ。
日記に記された夢の内容は驚くべきものだった:
「唐の宮廷で皇帝に謁見。『日本からの使者として、文化交流について検討したい』と奏上。皇帝は満足げに頷いた」
「科挙の試験で首席合格。『この問題について検討せよ』という問題文を見て、完璧な答案を書き上げた」
「宮廷の高官として、重要政策の検討会議を主宰している場面」
これらの夢は、研吾が前世で遣唐使として活躍していた可能性を示唆していた。
しかし、一方で不可解な夢もあった:
「巨大な牛に追いかけられ、必死に逃げ回っている。『けんとう(剣討)!』と叫びながら剣を振り回している」
「闘技場のような場所で、観客の前で猛牛と対峙。剣を手に『検討(剣闘)の時間だ!』と叫んでいる」
これらの夢は、研吾の前世が剣闘士だった可能性を示していた。
深子は研吾の夢日記を分析した。「先生の前世には2つの可能性があります。優秀な遣唐使だったか、剣闘士だったか...」
研吾は困惑した。「どちらが本当なんだろう?そしてなぜ『けんとう』という言葉だけが、こんなに鮮明に記憶に残っているんだろう?」
この謎を解くため、研吾は専門家に相談することにした。前世研究の第一人者である輪廻田転生博士に会いに行くことにしたのだ。
研吾の前世の真実が明らかになる時が近づいていた。




