第14話 管理者の系譜
深海の観測基地の中央制御室に、静寂が戻っていた。深淵の主の本体は、巨大な岩石と化し、その脈動は穏やかな呼吸のように聞こえる。アキラは、リツコとタカシの手を握りしめ、安堵と困惑が入り混じった表情で、目の前の特殊部隊リーダーを見つめていた。
「管理者……?一体、何を言っているんですか……」
リツコが震える声で問いかけた。彼女の顔には、まだ恐怖の色が残っていたが、アキラとタカシの無事を確認し、わずかながら落ち着きを取り戻していた。タカシもまた、リーダーの言葉に眉をひそめ、警戒の視線を向けている。
リーダーは、その顔をアキラたちに向けた。彼の顔には深い傷跡が刻まれているが、その瞳は、どこか遠い過去を見つめるような、複雑な光を宿していた。
「我々は、深淵の主がこの地に根を張って以来、代々その存在を『監視』し、『管理』してきた者たちの末裔だ。我々の血には、深淵の主の『血』が微かに流れている。それが、我々がその存在を感知し、影響を受け、そして、ある程度制御できる理由だ」
リーダーの声は、静かに、しかし重々しく響いた。彼の言葉は、アキラがそい姉さんの記憶から得た情報と一致していた。アキラの脳裏に、あの古文書の記述が蘇る。深淵の主を崇拝していたとされる「《《魚人族》》」……彼らが、この「管理者」の祖先なのだろうか。
「では、あなたたちは……僕たちを助けようとしていたんじゃなくて、深淵の主を……」
タカシが問いかけた。リーダーは、静かに頷いた。
「我々の目的は、深淵の主を完全に目覚めさせることだった。しかし、それは、お前たちが考えるような、破壊や破滅のためではない。深淵の主は、この地球の生命を『進化』させるための、宇宙からの『触媒』だ。我々は、その進化を、人間が受け入れられる形へと『誘導』しようとしていた」
リーダーの言葉にタカシは息を呑んだ。深淵の主が、地球の生命を「進化」させる存在だというのか。その発想は、彼が抱いていた「《《悪の存在》》」という認識を根底から覆すものだった。
「しかし、その道は、あまりにも困難だった。深淵の主の『進化』は、人間が知る形とは異なり、おぞましい変貌を伴う。我々は、その過程を制御しきれず、多くの犠牲を出してきた。学院の事件も、その一つだ」
リーダーは、そう言って、深淵の主の本体を見つめた。彼の瞳には、過去の悲劇に対する深い後悔が滲んでいるかのようだった。
「そして、お前だ、アキラ。お前は、我々が探し求めていた『器』だった。深淵の主の『血』を最も濃く受け継ぎ、その『意志』を直接感知し、影響を与えることができる存在。我々は、お前を『覚醒』させ、その力を使って、深淵の主の進化を『制御』しようとしていたのだ」
リーダーの言葉に、アキラは愕然とした。自分が、彼らの計画の「道具」として利用されていたというのか。リツコやタカシが変貌したのも、全てはその計画の一部だったと。
「しかし、お前は、我々の予想を超えた。お前は、深淵の主の『進化』を『停止』させた。それは、我々が果たせなかった役割だ。そして、それは、新たな可能性を開いたのかもしれない」
リーダーは、そう言って、アキラに手を差し伸べた。その手には、奇妙な螺旋状の模様が刻まれている。
「我々は、深淵の主の『目覚め』を、再び封じる。そして、お前は……この世界の『管理者』として、新たな役割を担うことになるだろう」
リーダーの言葉に、アキラたちは混乱した。
「待ってください! 僕たちは、どうやってここから帰るんですか!?」
タカシが問いかけた。潜水装置は損傷しており、ここから地上へ戻る術がない。
「心配はいらない。我々には、この基地から地上へ戻るための、緊急脱出ポッドがある。お前たちを、地上へと送り届けよう」
リーダーは、そう言って、制御室の奥にある、別のハッチを指差した。そのハッチの奥には、小型のポッドが格納されているのが見えた。
「しかし……深淵の主は、完全に消滅したわけではない。いつか、再び目覚める日が来るだろう」
リーダーは、そう言って、深淵の主の本体を見つめた。彼の瞳には、遠い未来への懸念が宿っているかのようだった。
「お前は、その時まで、この世界の『管理者』として、深淵の主の『脈動』を感知し、その兆候を見極める必要がある。そして、もし、再びその『進化』が始まった時……お前が、それを『導く』のか、それとも『停止』させるのか。それは、お前の『意志』に委ねられる」
リーダーの言葉に、アキラは重い責任を感じた。彼は、深淵の主の『血』を引く者として、この世界の未来を左右する、重大な選択を迫られることになるのだ。
「僕が……管理者……」
リツコがアキラの隣に立ち、その手を握りしめた。
「アキラ、一人じゃないわ。私たちがいる。タカシ君も、私も、アキラと一緒に、この問題と向き合うわ」
リツコの言葉に、アキラは顔を上げた。彼女の瞳には、アキラへの信頼と、そして、共に戦うという強い決意が宿っていた。
「ああ……僕もだ、アキラ。僕がこの事件を引き起こしたんだ。最後まで、君に協力する」
タカシもまた、力強く頷いた。彼の顔には、以前のような罪悪感だけでなく、アキラと共に立ち向かうという、新たな覚悟が芽生えていた。
リーダーは、三人の絆を見つめ、微かに笑みを浮かべた。
「そうか……。ならば、希望は、まだあるのかもしれないな」
彼は、三人を緊急脱出ポッドへと促した。ポッドのハッチが開くと、内部は狭く、簡素な造りだった。
「地上に戻れば、我々の組織が、お前たちを保護するだろう。だが、深淵の主のことは、決して口外してはならない。これは、世界の『秩序』を守るためだ」
リーダーは、そう言って、アキラに最後の警告を与えた。深淵の主の存在は、一般の人々には知られてはならない。それが、世界の混乱を防ぐための「管理者」の役割なのだ。
アキラ、リツコ、タカシは、ポッドに乗り込んだ。
ハッチが閉まり、内部は暗闇に包まれる。
ポッドがゆっくり上昇を始めると
深淵の主の本体が遠ざかっていくのが見えた。
ポッドは、深海の闇を切り裂き、地上へと向かって加速していく。




