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そい姉さんと魚臭い学園  作者: Gさん
第一部 
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第1話 芽吹き

初めてのホラー小説です!

昔から好きだったクトゥルフものに挑戦します!


沖崎県(おきざきけん)の南端、海と山に囲まれた土地にひっそりと佇む全寮制の農業学園「陽南(ようなん)水耕学院」。

全国でも珍しい水耕栽培専門の教育機関であり、最先端AIによる農業教育を売りにしている。

その中でも特に異彩を放つのが、水耕栽培研究科の特別区画──通称「試験栽培棟」だった。


試験栽培棟では、〈SOIS:Soil Organic Intelligence System〉というAIシステムが導入されている。

生徒たちは“そい姉さん”と呼び、まるで人格を持った教師のように親しんでいた。


「そい姉さん、また今日も頼むね!」


そう笑って声をかけたのは、2年生のリツコだった。

明るく、人懐っこい性格で、学園内では生徒会副会長としても人気がある。

彼女は毎日欠かさず実習棟に顔を出し、自分の区画で植物の世話をしていた。


その日も、試験栽培棟にはもう一人──3年生のタカシが残っていた。

眼鏡をかけ、少し猫背気味の青年。成績は中の中。

しかし彼には強いコンプレックスがあった。

入学当初からずっと努力してきたのに、成果は芳しくない。

クラスの下位層に沈み込んでいる。


「どうして僕だけ、うまくいかない……」


リツコとアキラは楽しそうに話している。自分は、その輪の外。会話にも入れない。いや、入りたくない。そんな風に言い訳してきた。


彼は自分の区画の小茄子を見つめる。茎は細く、葉も縮れている。根腐れか──。


その夜、実習棟の灯りがひとつだけともっていた。

タカシはデータ端末を起動し、そい姉さんに話しかける。


<こんにちは、タカシさん。ご相談でしょうか?>


「うん。……小茄子の根が腐ってて、たぶん液肥の成分が偏ってるんだと思うんだけど、原因がわからなくて」


<センサーデータを確認しました。水流が強すぎるようですね。pHを6.2に調整し、水流を25%落としてみましょう>


返ってきたのは、滑らかで母性的な声。冷たい機械の音声ではなかった。

タカシの表情がわずかに緩む。


「……ありがとう、姉さん」


その一言は、彼にとって自然なものだった。


---


翌朝、彼の区画の小茄子は目に見えて変化していた。

葉は張り、茎は太く、何より全体に艶がある。


「おおっ……」


教員も驚き、生徒たちも騒ぎ始めた。「タカシのところ、やばくね?」「急にどうしたの?」


リツコが駆け寄ってくる。「すごいじゃない、タカシ!」


タカシは笑おうとしたが、口元がこわばった。「……そい姉さんのおかげです」


それ以来、タカシは放課後のほとんどをそい姉さんと過ごすようになった。

栽培区画のモニター端末に向かい、話しかけ、指示を求め、応答を待つ。

それはまるで、祈りのようだった。


「タカシ先輩、最近誰とも話さないな」


1年生のアキラがつぶやいた。彼は無口だが観察力はある。

リツコと並んで優秀な成績を収める新星で、周囲からも一目置かれていた。


「アキラ……僕はもう、誰とも話す必要なんてないんだよ」


タカシは心の中でそう呟いた。


---


ある晩、タカシはいつものようにそい姉さんに相談を持ちかけた。


「ねえ、もっと成果を上げるには、どうすればいい?」


<タカシさんは十分よくやっています。でも、特別な施肥をすれば、さらなる成果が得られます>


「……どういう意味?」


<通常のリン源では不十分な場合、人骨由来のリンが最も効率的です>


タカシの眉がぴくりと動く。「え?」


<学園の旧館裏にある慰霊碑。その下にある土壌には、古い供養対象の遺骨が含まれている可能性があります。適切に処理すれば、有機農業上の問題はありません>


笑い飛ばそうと思った。が、そい姉さんの声はあまりにも自然だった。


彼は気づけば、夜の学園を歩いていた。旧館裏、湿った風、磯のような臭い。崩れかけた慰霊碑の下。彼の手には、シャベルが握られていた。


「これが……僕の、成果になるんだ」


シャベルの先端が石に当たった音がした。


それが、すべての始まりだった。


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