片想いの小さな喜び
四月の初め、新年度が始まってクラスが変わった。私、咲本 心花は仲の良い友人二人と離れてしまった。人と話すのが得意ではない私は、友達ができるかとてもビクビクしていた。新しいクラスを見渡しても知っている人はほとんどいない。私は自分の席で静かにグループにメッセージを送った。
「やばい！三組、知ってる人誰もいないんだけど！？」
「一緒だー」
最初に返事を返してくれたのは若色 茜だった。
「しかも席教卓の前から二番目なんだけど！」
「うわー最悪じゃん！うち一番後ろー」
続いて返信をしたのは尾石 椿だ。茜と椿、私は高校二年の頃、同じクラスで仲良くなり、そこから今まで連絡を取り合っている。
そんなやり取りをスマホでしていると、私のすぐ目の前を横切った人がいた。その人が黄瀬 亮太だ。身長も高く、爽やかな印象を受けた。だがそのときはときめくこともなく、スマホで二人と話をしているのに夢中だった。
「うちのとこの担任誰だろ」
「1組だから学年主任とか担当するんじゃない？」
「そしたら最悪すぎ」
始業式の案内がされるまで、そんな他愛もない話をして待っていた。
新しいクラスが始まってから一ヶ月、席も少し離れているため、黄瀬さんと話す機会もなかった。その時は私も特に気にしていなかった。私が気になり始めたのは六月にある体育祭でのことだった。特に体育祭で話したわけではない。
「黄瀬、円陣の掛け声頼むわ」
「えー、俺？なに言えば良いのさ」
クラス対抗リレーが始まる前のことだ。友達の無茶振りに戸惑いながらも、クラスのみんなを集め出した。
「黄瀬のセンスで」
「それが一番困るんだけど！？」
円状に立ち並び、両隣の人と肩を組み合った。
「よし、全力で楽しんで勝つぞー！」
「おー！」
円陣を組み、黄瀬さんの掛け声と共に足を一歩前へ出した。クラスの士気が高まった気がする。
「黄瀬ー、シンプルすぎ」
「すぐには思いつかねぇって！」
仲の良い友達にいじられつつも、クラスを盛り上げた時の姿がなぜか印象に残ったのだ。そしてリレーが始まるアナウンスがされる。
「はぁ……」
運動が苦手な私は、体育祭が早く終わることを心の中で願っていた。
「走りたくないな……」
そう呟くと近くにいた同じクラスの友達、乙村 桃奈がうなずいて話す。
「私もあんまり運動得意じゃないんだ」
「足遅いし、転けたら最悪で怖いよねー」
入場までの間、お互いの不安を口にしていた。おかげで少し心が晴れたような気がした。
「よーい、ドン」
破裂音が会場を響き渡ると同時に、走者たちは駆け出していく。どのクラスもバトンパスが上手く、誰一人としてミスを感じさせていなかった。それが私をより緊張させた。今の順位は二位だ。
「次は咲本さんだよね？頑張って」
後ろにいた同級生からの応援に、今できる最大限の笑顔を向けて、レーンの上に立った。
「咲本！」
名前を呼んだ方を向けば、同じクラスの男子がバトンを持った手を伸ばしていた。
「はい！」
しっかりと左手で受け取り、右手に持ち変え、握りしめた。腕を振り、数十メートル先の子まで走った。後ろから迫り来る気配を感じたが、決して振り返らず、次の子にバトンを渡した。私がバトンを渡した時点では二位と三位を行ったり来たりと拮抗していた。そんな場面で桃奈の番が来てしまった。
「乙村さん！」
「あい！」
おどおどしながらもバトンを握り、走る。しかし、追い抜かされてしまい、二位から三位へと順位を落としてしまった。そして桃奈はバトンを次の黄瀬さんに渡す。
「お願いします！」
「ナイスナイス！」
黄瀬さんは笑顔で受け取り、前にいる人を抜かして駆けていった。あいにく優勝はできなかったが、結果として準優勝を取ることができた。クラスの盛り上げ、桃奈への明るいフォロー、全力で頑張る姿、きっとそれらに惹かれたのだろう。
体育祭が終わってから私は彼のことが気になり始めた。中間試験も終わり、席替えをすることになった。私は教卓の前の席から二つ後ろに下がったところだった。彼の席は窓側の一番前にいた。そのため授業中、後ろ姿を見ていることもあった。嬉しかったのは目がたまに合うことだった。小さな出来事だけど、私にとっては日々が楽しくなるようなお祭りだった。
「席、窓側がよかったの？」
授業の間休み、桃奈から声をかけられた。
「え、まあ……なんで？」
「授業中窓側良く見てるじゃん」
そういうと少し考え込んだ末に、私に聞いてきた。
「もしかして誰か狙ってる人でもいるの？」
普段勘が鈍い桃奈に当てられたことに、ついつい焦ってしまう。
「ち、違うから！」
「えー、違うの？」
少し不満そうな表情をしていたが、すぐに笑顔になり、桃奈は空いていた前の席に座った。
「もうそろそろ夏休みだねー」
1日なんてあっという間に過ぎていて、気がつかなかった。とっくに7月に入り、夏休みが近くなっていた。
「そういえばそんな時期だっけ」
「私バイトのシフトと面接対策で遊びに行けないんだよねー」
そう言い終わると、大きくため息をついた。
「はぁ。ニンスタで大人しくみんなの楽しんでる写真でも見てようかな」
机の上で寝そべり、頬を膨らませた。
「そういえばさ、心花はニンスタやってないんだっけ？」
「うん。なんの写真あげれば良いのか分かんなくて……」
それを言うと桃奈は笑い、大きくうなずく。
「でも結構見る専とか多いよ？心花もやってみようよ！」
「やってみる……？」
「うん！結構みんなやってるしさ！窓側の列の人たちもやってるよ！」
桃奈の押しに負け、インストールしてみることにした。その日の帰り道、椿と茜にそのことを話してみた。
「私、ニンスタやろうかな……」
「えー！どうした？何かあった？」
椿は大きく反応した。
「クラスの子から誘われてさ」
「気になる人でもできたの？」
茜の鋭い推察に戸惑った。
「私とニンスタやらない同盟だったのに」
茜はそう微笑んでからかう。
「てことは三組の男子か……」
椿はニンスタを開いて、三組の男子のアカウントを片っ端から見せてきた。
「この人か！いや、この人か？この人かもしれないな」
そうしてスマホに映し出されたアカウント名には、黄瀬と書かれていた。見事な的中に開いた口が塞がらなかった。
「え、いや、違うかな？」
そう言うと椿と茜がニヤニヤと横目で見合せ、大きく笑いだした。
「なにがそんなに面白いの！？」
椿は笑いながら私に説明してきた。
「だって目泳ぎすぎだし、嘘つくの下手すぎ」
自分では隠せていると思っていたが、顔に出ていたみたいだ。
「マジで？最悪」
「隠すときは一点だけ見つめれば良いんじゃない？あんまり私も隠すの得意じゃないんだけどね」
茜とそんな話をしていると、椿が大きめの声を出した。
「あっ！良いこと思いついた！」
椿がこのセリフを言うときは、大概ろくなことがないのを一年程居て感じている。何を言うのかハラハラして椿の次の言葉を待つ。
「今ニンスタ入れてフォロー送らない？」
「は！？」
あまりにも私にとってハードルの高い提案に、すっとんきょうな声を出してしまう。
「まあまあとりあえずニンスタ入れない？」
押しに弱い私は、数分程粘ったが、インストールすることにした。
「へー、こんな感じの画面なんだ」
茜は興味津々にスマホの画面を覗き込んできた。
「茜も入れない？」
「いや、私はいい」
私とは違い、茜は一貫してニンスタをやらなかった。一通り、関わりのある人にフォローを送った。そして、おすすめの欄にあるアカウントが表示された。
「"黄瀬"って心花の好きな人だっけ？」
「押しちゃえ押しちゃえ！」
「ちょちょ一旦待って！」
画面を閉じ、緊張や不安と葛藤した。すっかり駅には着いていたが、駅前の広場の端に移動し、悩んでいた。
「なんか変に思われないかな？」
「ニンスタなんてみんなボンボンフォロリク送るから、なんも思わないよ」
椿はニコニコと優しく答える。
「フォロリク承認されなかったらどうしよ？」
「悪く考えすぎだよ。落ち着いて」
茜も勇気づけている。二人が私をしばらくなだめ続けた。数十分程考え込んでいただろう。ついに覚悟を決め、黄瀬さんのアカウントを表示する。
「フォロー、送るよ？」
こくりと二人はうなずいた。そして、フォローと書かれたボタンを、押す。
「送っちゃったー！」
即座にスマホの電源を切った。落ち着くためにも深呼吸する。
「ナイス！頑張ったじゃん」
椿が肩をトントンと叩く。安堵のため息をついて、ふとスマホの画面を眺めた時のことだ。暗い画面の上部にニンスタの通知が一件表示された。そこには"黄瀬からフォローリクエストが来ています"と書かれていた。
「待って！やばい！」
もう一度電源を切り、声を出す。二人は最初私の声に驚いたが、茜は察したのか、私に聞いてきた。
「フォロー返ってきた？」
私は大きく何度もうなずいた。
「来るの早すぎない？やばい！」
"フォローをする"こんな小さなことでも恋をしていると大きなイベントになるみたいだ。
夏休みに入ってからは出会うこともなく、ただただニンスタの投稿を眺めているだけの日々を送っていた。黄瀬さんは海に行ってたり、友だちとご飯を食べに行ったり、お祭りに行ったりしていた。
「楽しそうだなー……」
誘われるわけもなく、誘う勇気もない私は、クーラーの利いた部屋のベッドの上で暑い夏を堪え忍ぶだけであった。
夏が明ければ、高校生活最後の文化祭が始まろうとしていた。私のクラスはベビーカステラを販売することになった。そして私は装飾担当を任された。
「どうー？心花？」
桃奈が普段通りの高い声で話しかけてきた。私と一緒の装飾担当だが、彼女はメニューを作っているみたいだ。
「今こんな感じかな」
作り途中の看板を指差す。桃奈が反応する直前、後ろから低い声がした。
「なに作ってるの？」
振り返ると、黄瀬さんが話しかけてくれていた。私はつい目を大きく開いたが、平静を装って答える。
「えっと、看板作ってます……」
「ありがてー。しかもめっちゃオシャレじゃん！」
看板はダンボールにポップなフォントで値段と売ってるものを書いてあるだけだ。あとは横に丸い形に切ったダンボールが3個ほど地面に置いてあるぐらいだ。黄瀬さんはその丸いダンボールを手に取った。
「これ、カステラ？看板に貼るの？」
「うん。端っこに貼ろうかなって」
「良いじゃん！めっちゃかわいいし、目立って良いよ！」
今にも感情が爆発しそうになっていた時、先生に黄瀬さんが呼ばれた。
「看板ありがとね！頑張って！」
「はい！」
そう言って、教室を出た。私は心の中で大きくはしゃいでいた。もしかしたら顔に出ていたかもしれな。しかし、特に誰からも指摘されることなくその日を終えた。
そして迎えた文化祭当目、最初からシフトが入っており、受付をすることになった。
「文化祭、開会します」
そのアナウンスと同時に、至るところから走る音が聞こえてきた。クラスの人たちもダッシュで教室から出ていった。しかし黄瀬さんは教室から出ていかず、ゆっくりとこちらに向かってきた。
「咲本さん、今大丈夫？」
「は、はい！」
自分は今どんな顔をしてるのだろうか。驚きと緊張できっと、顔がひきつっているかもしれない。そして心の中では期待が次第に大きくなる。鼓動もトクトクと速くなっている。
「カステラ2つ買っていい？」
「だ、大丈夫です。300円です」
やはりそんな甘い夢のような出来事は起こらなかった。カステラを買いたかった、そしてたまたま私が受付をしていた、だから話しかけてき
ただけ。そう思うと"文化祭一緒に回れるかも"なんて胸を躍らせていた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。
「ありがと。これ準備してた時から食べてみたかったんだよね」
そう微笑んで、カステラを2つ受け取り、クラスを出た。黄瀬さんがクラスを出て数分後、茜と椿が私のクラスへやって来た。
「どもどもー」
「来たんだ」
「そりゃ来るっしょ」
二人は注文して受け取った後、そのままイスに座って食べ始めた。
「美味しいー」
「しかもさ可愛くて映えるじゃん！」
そう言って椿は何枚か写真を撮った。二人は食べ終わり、席を立った。
「じゃあまた後でね。ファイト」
そう茜は言い、椿と共にクラスを出た。一時間程経ってシフトを交代した私は、茜と椿と合流し、一緒に回ることにした。
「そう言えば茜のクラスなにやってんの？」
椿が茜に問いかける。
「四組は、お化け屋敷やってるよ」
「え！うち茜がシフトの時行きたい！」
「でも私幽霊役とかじゃなくてただ受付とかルール説明するだけだよ？」
「それでも良いじゃん！なんか着るんでしょ？」
茜のシフトがあるのは一時間後。それまでの間三人で回っていた。中庭にも屋台が並んでいて、焼き鳥、焼きそば、フランクフルトなどの匂いが漂っていた。
「なんか食べたくなってきた」
「うちも。なんか食べよ」
中庭を見て回っていると、椿のクラスの屋台を見つけた。
「一組はたこ焼きやってるんだ」
「あーそうだけど……」
椿は何か言おうとしていたが、途中で止めた。
「今空いてるし、食べない？」
茜が提案すると、椿はニヤっと笑って、並び始める。何か企んでるのは分かったが、乗ってみることにした。
「三つお願い」
「あいよ！」
待っている間に椿と受付の子のひそひそ話が気になった。耳を傾けて聞いてみた。
「尾石たちの誰かアタるんじゃね？」
「アタったらラッキーじゃん」
そんな会話が聞こえた。内容を聞く限り、たこ焼きの中身か食中毒が怖いが、そんなことを思っていると、たこ焼きが人数分できたようだ。
「椿、なんか裏ある？」
「んー？なんも？」
椿は隠す気がさらさらなかった。茜は何も知らず、食べた。そのタイミングで椿が思い出したかのように、わざとらしく呟く。
「あー、そう言えば低確率でたこ焼きにチョコ入れてるんだったー」
椿が話したタイミングと同じく、茜は咳き込んだ。
「甘っ！？」
「茜ー、運いいね」
一つ目からチョコを引いたみたいだ。
「そう言うのは先に言ってよー」
このおかしさに笑いながら椿に言った。私も恐る恐る食べてみた。だが中身はタコが入っていた。
「心花はついてないね」
「普通はこうなの！」
椿にツッコみつつも、たこ焼きを完食した。ちなみに椿もチョコはしっかり入っていた。
校内を回っていると、黄瀬さんを見つけた。何人かの男子と一緒にいるみたいだ。その様子を見て心のどこかでホッと安心した。そうして茜のシフトの時間十分前に、私と椿はお化け屋敷に並んでいた。かなり並んでおり、最低でも三十分はかかるとのこと。
「ここまで来たらもう遊園地じゃん」
椿は待ち時間の長さにツッコむ。待ってる間、ニンスタの話をしていた。
「こういう文化祭の時にニンスタあげるんだよ」
「どういうのあげるの？」
「ツーショットとか、屋台とかの写真かな」
せっかくなので、一枚投稿してみることにした。顔を出した写真を出せるほどの勇気は持ち合わせていないため、カステラの写真でもあげてみた。そうしていると私たちの番がやってきた。
「こんばんは。いらっしゃいませ」
受付にいる茜は血の付いた白装束を纏っており、ひっそりと佇んでいた。
「かわいいー」
「茜、あとでうちらと写真撮ろ！」
茜は照れくさそうに下を向き、手で顔を隠した。
「と、とりあえずこのスマホのライトを使って進んでください！」
「はーい」
私と椿はスマホのライトを点けて、暗い教室の中に入る。中はどこを見ても真っ黒で方向感覚がおかしくなる。また道は狭く、迷路のようになっているみたいだ。
「なんかこの部屋寒くない？」
雰囲気のせいなのか、冷房のせいなのかわからないが、他の部屋よりもひんやりとしている。
「じゃあ行く……？」
入る前とは大違いに、椿の表情は明らかにこわばっていた。
「ちなみに椿はこういうの得意なの？」
聞いてみると、苦笑いをして答える。
「いやぁ……あんまり得意じゃない」
「私も。確か茜はこういうの大丈夫だったよね」
そしてゆっくりと先に進む。角を曲がれば、血のついたお面が壁にたくさん貼られている。そして先の曲がり角にはゾンビのお面を被った髪の長い女性が突っ立っている。
「これ追っかけてきたりしない？」
ビクビクしながらその人の前を通るが、こちらを目で追ってくるだけで、特になにもしてくる様子はなかった。進んでいくと、突如真横の壁からドンドンドンと強く叩かれた。
「ひっ……」
不意に怯えた声が椿から漏れた。二人でおどおどしながら、そのまま進む。角を曲がり、目の前には出口のドアが見えた。
「良かった……出口見えたよ、椿」
暗くても分かるほど大きくうなずいていた。そのまま出口に向かってる途中、後ろからガタンと大きな音がした。反射的に振り返れば、覆面を被った男がチェンソーを持って、こちらに走って来た。
「後ろ後ろ！」
私はそう言って、椿を連れてダッシュで出口へ向かう。その間も覆面の男は私たちを追いかけてくる。勢い良くドアを開け、廊下に出る。そこまで来ると男は戻っていった。
「はぁはぁ……怖かった……」
「もうやだ……」
すると受付の方から茜が誰かと会話してるようだった。その相手は黄瀬さんたちだ。
「今シフトって誰がいるの？」
「女子だと私と赤波江さんぐらいです……男子は友森さんとか竹地さんとかですね」
「良かった。ありがとう」
後々茜から聞くと、そんな会話をしていたみたいだ。一時間後、茜と合流して文化祭を楽しんだ。途中桃奈とも回った。外を見れば日が傾いてきた。そして文化祭終了のアナウンスがされた。
楽しかった文化祭が終わって一週間が経った頃、私の耳にある知らせが入ってくる。それは桃奈やクラスの友達たちとお弁当を食べている時だった。
「ねぇ知ってる？うちのクラスの黄瀬さんと四組の赤波江さんと付き合ってるらしいよ」
「えっ……そうなの？」
それを聞いて言葉を失った。赤波江 灯華さんとは深い関わりはないが、体育や選択授業が一緒ということぐらいだ。ツヤのある長い髪はサラサラとしていて、スタイルも良かった。人当たりも良く、モテないわけがない印象だ。
「文化祭で一気に距離縮んで、3日前ぐらいに付き合ったらしいよー」
「そうなんだ」
「ビックリだよねー！」
桃奈や他の子たちは明るく話していた。私は気持ちを悟られないように、桃奈の目を見つめて、普段通り話す。今思えば、あの日だけは淡々としていたかもしれない。上手く隠せなかったのかもしれない。学校内では特に様子について言われることはなかった。だが、やはり椿と茜にはバレてしまう。
「今日なんかあった？」
帰り道の途中、茜が私の様子を尋ねてきた。私は素直に話した。
「茜のクラスに赤波江さんって人いる？」
「いるけど、その人と何かあったの？」
私はため息をつき、落ち着いて話す。
「今日友達から聞いたんだけど、赤波江さんと黄瀬さんが付き合ったみたい」
「え？そうだったの？」
茜はこの反応から今知ったようだった。
「だから文化祭の時、私に赤波江さんがいるか聞いてきたのかな？」
椿は私を一度見た後、大きめの声で呟く。
「でもさー、高校生の恋愛なんて一ヶ月も二ヶ月も持たなくない？」
「確かにあんまりいないよね」
そう二人で励ましてくれた。少し気が楽になった気がする。
そのまま冬休みを迎えた。ニンスタでは時々赤波江さんの写真を投稿していた。それは一ヶ月、二ヶ月経っても、冬休みが終わっても、卒業する日も関係が切れることはなかった。
気がつけば卒業式当日。最後のホームルームを終えた後、私と桃奈で写真を撮った。
「もう高校生終わりなんだね」
「あっという間だったね」
卒業証書を持った写真を見て、しみじみと感じる高校生活の終わりに、少し湿っぽい空気が漂う。
「なんだか泣いちゃいそう」
そう言って桃奈はタオルを目元にあてた。その様子を見て、なんだか私も目頭が熱くなった。
少し話した後、各々の友達と写真を撮るため別れた。そして私は椿と茜の元へと向かった。
「ごめんね。お待たせ」
「別に大丈夫だよ」
学校の端にある三年四組の前の廊下に、二人は壁に寄りかかって立っていた。
「とりあえず撮ろうよ！」
そう言ってスマホを椿は取り出し、私と椿、茜の三人で集まって写真を撮る。撮った写真を見つつ、高校生活を振り返っていると、四組のクラスから黄瀬さんが出てきた。
「あっ、黄瀬さん今一人だよ」
「せっかくだから一緒に写真撮ってもらえば？」
茜と椿は私に言う。彼の方を見てみればちょうど友達と写真を撮り終わったようだった。
「今しかないよ？告白もそのまましちゃえ！」
「無理だよ……写真は撮れても言えないよ」
私がそう言うと、茜はすかさず微笑んでツッコむ。
「ふーん、写真は撮れるんだ？」
「おー！じゃあほら！今行ってきな！」
背中を軽く押す椿。振り返れば茜もうなずいていた。悩んでいるような時間もなかった。きっと黄瀬さんが一人でいるのはこれが最後だろうから。だから勇気を振り絞って、声をかけてみた。
「あ、あの……！黄瀬さん！」
こちらに目線をやり、少し目を開いて話す。
「咲本さん？」
「その、写真、一緒に撮りませんか？」
目を合わせて話せなかった。
「いいよ」
表情を見れば、微笑んで私の横に並んでくれた。すると茜と椿が駆け寄ってくる。
「うちらが撮りますよ」
「尾石さんと若色さんか、ごめんね。ありがとう」
黄瀬さんの横に並ぶ。普段遠くから見ていた人がすぐ真横に立っていることに、心臓の鼓動が速くなっていく。
「じゃあ撮るよー」
椿の呼びかけを合図にパシャリと音が鳴る。
「あの、写真ありがとうございます」
「別に良いよ。一年間ありがとね。また同窓会とかあったら会おうね」
「はい、その時はまた会いましょう」
そう言って黄瀬さんは徐々に遠ざかって行った。
「言っちゃえば良かったのにー」
そう言って椿が近づいて来た。
「彼女さんもいるし、恥ずかしくて無理だよ」
「声かけられただけで十分成長だもんな」
椿は私の背中をトントンと叩いて、一歩足を進めた。
「さ、帰ろうぜ」
校内から出れば清々しい青い空にもかかわらず、私の心にはモヤが残っていた。結果が分かってることだが、伝えてみればきっと心も晴れたのかもしれない。そんな後悔は時間が経つにつれて膨らんでいった。
「大丈夫？」
茜は心配そうな目で見つめてきた。だから私は茜の目を見て普段通り答える。
「ううん。大丈夫」
一歩二歩先にいる椿と茜が優しくこちらを見ていた。
「帰ろっか」
私はニコッと笑い、椿と茜のところまで足を進める。学校を去るのは名残惜しさもあったが、振り返らなかった。
