第二話2/3 私に夢を見せないで
悪い気分では無かった、「人並み」の扱いを受ける気分という物は。
茶を飲みながら語らう、何気ないひと時。身分の差が存在しないかのように、セヴルムは私と対等な目線で言葉を交わす。
「ん、紅茶が無くなってしまったな。少し待ってくれ、すぐに次を淹れよう」
それは茶を飲み干すまで続いていた。そしてセヴルムが魔法を用いて、ポットに水を注いだ瞬間。ざわ……と私の心が動揺した。
当然ながらこの世界に「水を産み出す魔法」という物は存在する。しかし、それが「飲める水」かどうかとなると、全くの別問題。
魔法で産み出す水は、極めて穢れやすいのだ。下卑た心の持ち主が産む水は、到底飲めたものじゃない。
だが私が味わった紅茶の味は、そんな澱みを一切感じさせなかった。それどころか仄かな甘み、つまりそれが意味する所は……――。
「すまないな、少し時間がかかってしまうんだが。って、どうかしたのか?」
「……いえ。なんでもありません」
「もし他の味が良ければ、色々用意はあるぞ。もう少し甘みが欲しいなら、ハーブティーも」
「そうではないのです。私が言いたいのは、そう言う事では」
少し強めに発してしまった、私の声。それに面食らったのか、セヴルムがふと私を見つめる。
「しないのですか、私と」
「え?」
「お忘れではないでしょう。私は身売りをしてここに居るのです。貴方は私の体を買ったのです。貴方に奉仕をする事が私の義務なのです」
「それはわかっているが、その。何も事をそう急かずとも」
「私は貴方が思うより自由ではありません。そもそも私は本来、貴方に『知られる権利』すら無いのです。今宵一晩の慰み相手、それ以上の何かを望むことは、許されていません」
私は『気づかれぬ』程度に、ちらりとテラスへ目を向ける。
テラスの手すりに留まる、一羽の鴉。鴉の瞳は赤く染まり、私を見つめる。
「知らぬ訳ではないでしょう、この国の事情を」
「……」
――私のような魔導人形が居るのは、何も娼館だけではない。普通の家などにも、奴隷のような形で彼らは存在している。
そしてあの鴉は、そういった私達を見張っている。私が――《皇子に抱かれろ》という命令違反を犯さないか。
命令を無視した者が行きつく末路。私は抱かれなくてはならない、己の命を守りたいのなら。
「ああ、そうだな。すまなかった。……俺が甘く考えすぎていたみたいだな」
俺、突然変化した『一人称』。しかしその気付きは、すぐに別のものへ塗り替えらる。
「――とても綺麗な黒髪だ」
いつの間にか、私の体はベッドにあった。セヴルムは私の髪を語りながら、頬を撫でる。
正直ありがたかった。もうこれ以上、《皇子》の機嫌を伺いたくない。それならいっそ好き放題にされている方が、幾分かマシ。
それに、変な希望を抱きたくない。……もうこれ以上。
「……。……?」
しかし何時まで待てど、セヴルムは動かなかった。私は不思議に思いセヴルムの瞳を見つめ、様子を伺う。
「ままならないものだな、人生は」
「……え?」
「君の横顔がとても好きだった。窓から空を見上げる君の表情に、ずっと見惚れていた。金で君を買えてしまうという事実が、後ろめたくなるぐらいには」
私は手のひらを、きゅっと握りしめる。
「君を外へ連れ出したかった。なにより、君を愛したかった。……だけど、どうしてかな。いざこうして君と触れ合ってみると、思うように体が動かないんだ。君のガラスのような美しさを、壊してしまいそうな気がして」
悲し気な瞳をしていた。単に私を憐れむとも違う、何処か複雑げな表情。
何も知らないくせに。そんな言葉が浮かぶも、なぜかその言葉を発せない。喉の奥に何かが引っ掛かるような感覚があり、無理やり飲み込む。
代わりに出て来たのは、まるで子供じみた意地っ張りのようなそれだった。
「ガラス程度の脆さのまま、今まで生きて来た訳ではありません」