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第二話1/3 紅茶の香りにあてられて

 セントヴルム皇国。この国に隣接した独立国家で、魔鉱石を主とした輸出産業によって成り立つ国。


 近年まで他国に支配された植民地だったが、魔鉱石の鉱脈を発見したことにより強権を得、世界連合に独立を承認させるまでに至った。


 そしてその偉業を成し遂げた立役者こそ、『セファール・セヴルム』。


 私の前に立つこの男。王位継承権第三位、かつて……死んだと思われていた人物。


「すまない。少し緊張している。言ってはなんだが、こう言う事には不慣れなんだ」


 とはいえそんな経歴とは裏腹に。私を目にしたセヴルムは、初めて少女を目にした少年のような反応をみせた。


 浮ついたような瞳。細目の先にあるそれには、よく覚えがあった。そう、アイロムが私を想う時のそれと……――?


「その薔薇は俺の故郷の花でね。山奥にある小さな家の隣で、ひっそりと育てられていた薔薇農園のことをよく覚えているよ。……とても、綺麗だった」


 なぜその言葉を、私を見つめながら言う? 薔薇を語りながら、なぜ私に見惚れる?


 単に勘繰り過ぎか。だがセヴルムの……何かを訴えかけるような瞳が、私の体を縛る。


「あいや、立ち話もなんだな。どうか座ってくれ、いい茶葉が手に入ったんだ。君の口に合うといいんだが」


 やがて耐えきれなくなったのか、セヴルムは目をそらしながら私をソファーへと促す。……真っ赤じゃないか、耳まで。


「失礼、します」


 皇族の指示に逆らう訳にもいかず、私は恐る恐る腰を下ろしたものの。どうにも居心地が悪く、そわそわと手のひらを開いたり、閉じたり。


 やがて私は気がつく、『奉仕』されているのだと。本来私が行うはずの――紅茶や、茶菓子の用意などを、この皇族であるはずの男が代わりに行っている。まるで立場が逆なのだ。


「旧友に美味しい紅茶を淹れる名人が居たんだ。私も彼に憧れて何度も試して、ようやく人に振舞っても恥ずかしくないものを淹れられるようになったよ。まあ彼に比べたら、まだ未熟ではあるんだが」

「それは、その。……結構なことで」

「ありがとう。その、どうか遠慮はしないでくれ。ここに私以外の人間は居ない、約束するよ」


 言葉に困る感情だった。嫌悪とも言い切れぬ、多幸感とも違う。ただ戸惑うように私は目を泳がせ、紅茶を見下ろす。


 セヴルムがテーブルに添えた、暖かそうな紅茶。ほのかに揺らめく湯気からは、軽やかに甘く、芳醇な柑橘系の香りが。


 思えば自分の意思で、何かを飲んだ事があっただろうか? 食事どころか水すらも必要としないというのに。


 ましてや紅茶など。注ぐ経験こそあれど、そう言えば飲んだ試しが無い。


「初めての経験です。ましてや貴方ほどの身分の方が、私に紅茶を差し出していただけるなどと。これ以上光栄な事が他にありましょうか」

「ん、はは。そこまで言ってもらえると流石に気恥ずかしいな。もし熱ければ冷ましてくれても構わないが、どうしようか?」

「いえ。僭越ながら、いただきます。冷めてしまっては勿体のう御座いますから」


 ちらりとセヴルムの様子を伺い、私は恐る恐るカップを手に取る。


 暖かい。ティーカップを両手で包み込むと、紅茶の温度が手のひらにじんわりと伝わってきて、何処か不思議と心地よい。


 そこから更に何度も様子見を重ね、ようやく私はカップに唇を添えた。


 ……甘い。信じられないほどに。いや、知らない甘さと言うべきか。口の中に広がる確かな甘み、紅茶で暖められた柑橘系の香りが、すぅと私を通り抜けていく。


 どうやらこれが紅茶と言う物らしい。だが私が本当に驚いたのは、紅茶の味じゃない。


 ――彼の表情の方だった。


「っ……」


 泣いている。彼の頬を伝う何粒もの涙に、私の驚いたような表情が映りこむ。


 どうして。たかが紅茶を飲んだ程度だぞ?


「申し訳ございません、私になにか不手際が」

「違う、違う。そうじゃないんだ。すまないちょっと、感極まってしまって。……ここまで辿り着くのに、あまりに多くの時間が過ぎてしまったから」

「多くの時間……?」

「ああ。すまない、もう大丈夫だ。さ、せっかくの夜だ。よかったら君の話も聴かせてくれないか? 君の事を知りたいんだ、もっと」

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