08. 少女は、人と接す
翌朝。
なんとか自分を奮い立たせ、起き上がる。そこで、違和感に気が付いた。なんだか体からいい匂いがする。ハーブのような。髪もサラサラで、肌ももちもち。
なんだか体が軽く感じる。
着替えようと、クローゼットを見た。気分は上々だったのだが。
クローゼットに入っていたのは一着の服。どうみても農夫の男性が着るようなズボンとシャツ。私は男ではないんだが。
しかし、そんなことを気にしている時間はない。もうすぐ日が昇ってしまう。
急いでそれを着て、廊下へ出た。
走って、訓練場へ行く。
「すみません、アリヤ! 遅れてしまいました!」
誰もいない、その場所で私は叫んでいた。
「――――あれ?」
だが、当の本人様がいなかった。
「そこで何をしている」
後ろを向けば、アリヤが立っていた。
「うわっ!」
気配に気づかず、驚いた。
「髪の毛はぼさぼさ、靴のひもは解け、服も上手く着ることが出来てない。そのような姿でいったいどこへ行こうというのです」
「い、いえ! なんでも!っていやいや! あなたが昨夜、私に日が昇る前に訓練場に来いと言ったのでしょう!」
「訓練はここでは行いません」
彼女はいつもの鞭を持ってそういった。
「え?」
私が連れて行かれたのは、食堂だ。丸いテーブルが数個まばらに並んでいて、全体的に木のぬくもりを感じる場所。
「あれ、見たことない嬢ちゃんだね? わんぱくな感じで可愛いね。俺が作ったご飯を、たくさん食べくれそうな顔だ」
笑って、そう言ったのはコックのような服装の若い男性だった。
「――――」
私はその男を見て、言葉を失った。
「驚いたでしょう」
アリヤが言う。そうだ。私は驚いた。
蒼い髪ではなく、限りなく黒に近い茶色。澄んだ蒼い瞳ではなく、濁った藍色の瞳。それだけで、すぐわかる。
「……どうしてここに人間が」
人間に嫌悪を表す。
「ああ、やっぱり変に思う?」
気さくで、柔らかい印象の彼は、私がそんな態度をしても少しも気にしていないようだった。
「彼は、」と言いかけたアリヤを止め、彼は自ら自己紹介をした。
「俺は、アラン。ここで料理長を務めてる、れっきとした人間だ。嬢ちゃんにとっちゃ、俺は敵みたいなもんだと思うけど、俺は軍人ほど力はないし、頭もよくないから、どうか殺さないでくれよ」
笑ってそんなことを言い、私に握手を求めてくる。
でも、簡単にその手を握ることはできなくて。今は、目の前の人間に不信感しかない。
私の様子を見て、アリヤが補足を入れる。
「アランは、もともとこの地域に住んでいた人です。確かに今、この地はノインをかくまうために使われていますが、もともとここに住んでいる人間やロボットもいるのです。彼らには、ノインに対する敵対心はありません」
「……どうしてだ。人間は皆私たちが嫌いだ。ずっと昔からっ、むぐ!」
口を開いていたら、口に何かを入れられた。
甘い! なんだこれは!
私の脳内で、宇宙が広がる。
うまい。うますぎるぞ。これは、一体なんなんだ!
「美味しいだろう? さっき作ったマドレーヌだ。冷ましておいたから熱くはないと思うんだけど、どうだい?」
マドレーヌなんて、生まれてこの方食べたことがなかった。初めての感触。ふわふわで、甘い。
「……おいしい」
「だろう? 俺の料理は、絶品だからな! 見た感じ、俺の料理をたっくさん食べてくれそうな、元気な子じゃないか!」
ははっと笑うアラン。
「席に座って待ってな。今日は特別にクロワッサンを作ってやるから!」
そう言って、アランは厨房に戻っていった。
私とアリヤはとりあえず席につき、朝食を待つことに。
「でも、何故ここで訓練を?」
まさかこれから激辛料理でも食べさせられるのか!?
そんなことを思いながら、私はアリヤに聞いた。
「今のが、訓練でしたから」
「?」
「ジャンヌダルクが保持しているこのアルザス・ロレーヌ地方では、人とロボット、ノインが共存しているんです。どの種もいることが当たり前で、誰かがそれを責めることはない。だからあなたも人やロボットに敵意を向けてはならない。それはここでは非日常的で、有りえない行為なのだから」
「……それを学ばせるために、ここへ?」
「ええ、あなた一人だけで行かせて騒ぎでも起こされたら、溜まった物ではありません。それに、メンバーの中には、ノインだけでなく人もロボットもいますから」
メンバーにまで危害を加えられたらそれこそ、溜まったものではないですよ。
「―――――確かに、あの人間は良い奴です。ですが」
「慣れなさい。それ以上でも以下でもありません」
たった一言。慣れろ? 今まで私達ノインが、誰にあんな仕打ちをされたと思っている。
「……っあなたは、彼らが我々に報復する可能性を考えないのですか?」
「彼らの気持ちは本物です。あなたももっと触れ合えば、あたたかいそれに気づくはず」
私達の下に、給仕用ミニロボットがやってきて紅茶を運ぶ。兎のような見た目で、私のひざ下ほどの大きさしかない。
アリヤはロボットに感謝し、紅茶を飲む。
「――――」
何もかもに不満げな私に、アリヤは何も言わなかった。
「おまたせ! 出来立てほやほやのクロワッサンだ。それとおまけ!」
アランは、クロワッサンとその他にジャムや、ウッフ・アラ・コック(パンにつける半熟卵のこと)を持ってきた。
「ボナペティ! いっぱい食べて、頑張ってな」
そう言って、彼はまた厨房へ戻っていった。
「あっ……」
私が、彼を掴もうと手を伸ばす。声に反応した彼が、こちらを振り向く。
「……なんでもない」
そういったのに彼は、にかっ!と、まぶしい笑顔を見せ、手を振った。
「おかわりもたくさんあるからな〜!」
その様子を見ていたアリヤは、小さく微笑みながらまた紅茶を飲む。
やってきた料理たちは、私の予想を上回るものだった。
量がすさまじい。クロワッサンは、かごに大量に入っていてとてもじゃないが、朝食の量ではない。いや、一回の食事の量でもない。
だが、私にとってそれはとてもうれしいことだ。なぜなら私は、クロワッサンが好きだからだ。(先ほどの件から、マドレーヌも好物に追加された)
作るときの手間から、あまり作ってもらったことがなかったし、この頃ちゃんとした食べ物は食べれていなかった。
つまり私は今、とてつもない興奮で、わくわくしているということだ!
両手をわさわささせながら、私は食事にとりかかる。
右手で一口、左手で一口。約二口で、一クロワッサンが消滅する。
「うまい、うまい!」
口が進む、すさまじい勢いで。
アリヤは全く動じていないようで、紅茶を啜り、
「もっとたくさん咀嚼なさい。のどを詰まらせてしまいます」
などという。
「心配ありませっ、むぐ! 私はっ、むぐ! 生まれてこの方っむぐ! のどを詰まらせたことがっむぐっむぐ!」
「食べ終わってから話なさい。何を言っているのか聞き取れません」
「はいっ、むぐ!」
一通り食べ終わり、私はふう、と息を吐く。
いくつ食べても、全く飽きない。やはりクロワッサンは素晴らしい。マドレーヌも確かにうまいが、やはりクロワッサンにはかなわぬ。
するとアリヤは立ち上がった。
「そろそろ訓練を開始しましょうか」
「ええー!」
「何です。何か異論でも?」
いやいや、私が疑問視したのは別に訓練がこれから始まることに関してではない。
「アリヤはまだ何も食べておりません! 私が食事中も紅茶しか飲んでいませんでした!」
「朝は取らない派なんです。彼には申し訳ありませんが、紅茶のみを作ってもらっています」
よくそんなんで力が出るなと、思われていることをこの瞬間に察知する、アリヤ。
「今日の訓練は昨日とは違うものをします。訓練場ではなく、門の前へ」
「?」
門、というのはこの基地の門の事だろう。
「……午前6時13分ですか。優しめに、18時に設定して差し上げましょう」
アリヤが意味深な独り言を発す。
「……いったい、何をするというのです」
私が問うと、彼女はキメ顔で言った。
「24時間高速マラソン」
その言葉に私は固まった。
信じられない。
「……一日走り続けろと? しかも高速で!?」
「その通り。何か問題でも?」
いや、問題というか……いやいや問題ありありだ。無理に決まってんだろ。
「大丈夫、私が先導を切り貴方をアシストします」
それはつまり、私の速さについて来いということでは!?
「ルートは簡単です。ただ壁の周りをぐるぐるするだけ」
壁というのは、多分このアルザス・ロレーヌ地方を他の地方の境界に作られた壁のことだろう。
とは言っても、この地方は案外大きい。
私は頭の中で、地図を広げ外周の距離を考える。
ええと、ええと……、何キロある!?
考えただけで、
「死んでしまいますッ!」
昨日で死にかけていたんだぞ? 絶対やばいぞ?
「構いません。その程度で死んでしまうのならば、もとより戦場では生きていけません」
んなわけないだろう! 軍人でもこんな無茶な訓練はしない!
「あなたが吐こうが喚こうが、やらせるのが私の役目です。無理ですも、死ぬ宣言も認めません」
バシンっと大きな音を出す、教鞭。
「始めッ!」
あの恐ろしい夜から1日が経った、夏神ジンでございます!まさかパソコンが動かなくなるとは思ってもおらず、もうこれはタブを消すしかないのか…と諦めていたその時!神は私に味方しました……!ニャーニャー言ってる場合じゃありませんでしたよ!まったく!
無駄すぎる無駄話、申し訳ございません。
最後に!読んでいただき本当にありがとうございました!コメント、ブックマーク、評価等々よろしくお願いします!!