06.お喋りなら、アペロでもしながら
それは、数年前の事。
まだ、ジャンヌダルクという少女が、一般の兵士だったころ。
「すごいじゃないか! ジャンヌ!」
ルイは言う。
豪華な執務室で、豪華な装飾を見て。ルイの目は、今までにないほど輝いていた。
「今日からお前が上なのか。なんだか変な感覚だな」
わはは、わははと笑う、ルイ。
彼女は、今日「一般兵士」から「大佐」となった。
軍の上層部は、もう彼女の事を一般兵としては扱えなくなったのだ。あの、一件からまだ数か月しかたっていないというのに。
ルイは素直に、嬉しかった。
「お前の指示のおかげで、ゴミが一気に吹き飛んだ。冬の日に、火事を起こすなんてうまくいくとは思っていなかったが、まさかあんなにも大きな戦果を挙げるとは! あと一年もあれば、ノインは全滅するだろう」
ジャンヌは窓から外を見る。夜の街は、光り輝いている。よく目を凝らせば、盗人が店から逃げ出し走っていく姿。しかし、仕掛けられたトラップにまんまと嵌ってしまう姿。
その姿に、何かを感じる。
「おい、ジャンヌ。何か言えよ」
反応しないジャンヌに、ルイは呼びかけた。
ルイはこんなに楽しそうなのに、ジャンヌダルクは暗い顔をする。
「――――――もう少ししたら、私は軍人をやめるよ」
思わぬ言葉に、ルイは驚き怒る。
「何言ってるんだ! ようやくここまで来たんだぞ! ノイン殲滅で戦果を上げれば、上は頭が上がらなくなる。俺たちを見下してた奴らを、逆に見下ろす立場になるんだ!」
ルイがそんなことを言っても、ジャンヌの顔色は一向に変わらない。ここまで来れば、さすがのルイも、異変に気付く。
「……正気なのか? 軍人をやめるだなんて」
「君の前で、嘘はつかない。すまない。もう決めたんだ」
「如何して。ここまで一緒に頑張ってきたじゃないか。地位も名誉も手に入れた。優秀な部下、裕福な暮らし。何が不満だ」
「……神の言葉の、真の意味に気付いた。それだけだ」
神の言葉。それは、それは―――――――――。
「―――ジャンヌ」
ルイは、ジャンヌの肩に手を伸ばす。けれどもその手を避けられる。
「もう、出てってくれ」
「嫌だ! お前が先の言葉を撤回するまで、ここは退かない。撤回しろ」
「出てってくれ」
言葉を無視して、ルイは言い続ける。
「俺たちはずっと一緒に戦ってきた。頂点に立ち、この国を変えるために! 俺は、俺はアンバーの死を無駄にはしない! お前は、どうなんだ? 今更止める? あきらめる? ふざけるな!」
「出てってくれ」
「お前に何があったかなんて関係ない! 俺たちが一番だろ! それ以外に何がいるんだよ! これまでも、これからも!」
「人を呼ぼう。君を追い払ってもらう」
俺は他人か? 除け者か? ルイには、わからない。ジャンヌダルクという聖女が考えていることが。
ジャンヌは扉を開け人を呼ぶ。そして、ルイはジャンヌの部下によって、連れられていく。
両腕を拘束されながら。
「―――――――、許さない。許さないぞ、ジャンヌダルク! お前がやったことは大罪だ! その身を持って、償え!」
ルイは、叫び抵抗する。それを、冷ややかな目で見るジャンヌ。
どれほどルイが叫ぼうと、扉は閉まる。
「ジャンヌダルク大佐ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ―――――っあ……」
とてつもない声でドアを開けて入ってくる、アンバー。
しかし、今は静かにしてほしい。
ジャンヌダルクが口元に、人差し指を置く。
「今、いいところなんだ」
ジャンヌダルクが言う。
それもそのはず。
「――――――本当に、私の母を知っているのですか」
私、カレン・ノインが言う。
「ええ。貴方のお母様、イザベルとは、従妹同士なんです」
イザベル、確かに私の母の名だ。
「名乗るのを、忘れていました。私の名は、エステル。こっちが、夫のエリック。私たちは同じ村だけれど、私達の村だけじゃなくてみんな色々なところからいているの」
周りの人々を見る。子供から老人。男も、女もいる。蒼の瞳に、蒼の髪。間違いなく、同族。ノインだ。
いや、でも、そんなはずが。
「私の村以外は全て、焼かれてしまったと、母から聞いていました。だから、同族などもういないのだと」
「いいえ、いいえ。あれは、偽造です。わざと村を焼いて、死んだように見せかけたのです。そのようにジャンヌダルク様が。もちろん、全ての者が生き残ったわけではありません」
「そんなはずはない! だって、ここには私の村の者は一人もいない」
「それは……」
エステルという女性が困っていると、ジャンヌダルクが声を出した。
「―――すでに私が裏切ると踏んで、火を回した奴がいたんだ。でも、ノインはそんな簡単に死ぬ奴らじゃないだろう? だから、私の部下に探させたんだ。生き残りを」
ジャンヌダルクが言う。
ジャンヌダルクは、私の様子を見て少し困ったように笑った。
「……礼をする必要なんてないよ。君しか助けられなかったんだから」
そういって、ジャンヌダルクは出ていこうとする。
「ジャンヌダルク!」
私は彼女を呼び止めた。
「ありがとう」
私がそう言っても、それほど気にしていない調子で、薄い笑顔。
「礼はいらないと言っただろう」
彼女はそのまま出て行ってしまった。
「カレン」
エステルが私を呼ぶ。
彼女の顔は、母によく似ていた。私は、まるで母にするように手を伸ばす。
そんな私を、彼女は抱きしめてくれた。
「おかえりなさい、カレン。怖かったでしょう。痛かったでしょう」
柔らかく、暖かい、胸に抱かれる。私の体が、包まれる。
「―――――――っ」
思わず、涙が零れだす。
沢山の人が、ここにいる。私と同じように、蒼い瞳と髪を持って。
執務室に戻ったジャンヌダルクは、アンバーからの報告を受けていた。
「それで、アンバー。軍はうまいこと巻けたか? それから負傷者、死亡者の数は?」
「はい! ご報告させていただきます。軍の負傷者、死亡者出たかもしれませんが、こちら側はゼロにございます! みんな無事に帰ってきました! この基地の場所もばれておりません! ばっち、ぐーっです!」
ブイサインを掲げる、アンバー。
「さすがは私の右腕だ。やるじゃないか」
ここは、フィエルボワ専用「訓練基地」である。ジャンヌダルクが保持しているアルザス・ロレーヌ地方に存在し、またこのことはフランス軍にはバレていない。
ジャンヌダルク持ち前の、口と権力で隠しているのである。
「それから、もう二つ……これは、正直報告すべきか迷ってしまうような内容なのですが……そ――――の―――――――……今日のご機嫌よろしいでしょうか?」
「上々だ。早く言え。もうすでに予想はついている」
完全な仕事モードの彼女を前に、アンバーは怖くて言い出せない。
「……先日のノイン殲滅作戦、あれはジル・ドレ少佐が指揮したものだったそうです」
アンバーはびくびくしながらそれを言い、ジャンヌダルクはそれを静かに聞いた。
「――――へえ、あの子がそんなことを」
ジャンヌダルクは、独り言のように呟いていく。
「あの子は、ノインなんか興味ないと思ってた。私に何も言わず、気づかせず、作戦を決行したのか」
ロボット、ユルティム、誰かの入れ知恵……。
「なあんて」
背もたれに体重をかけ、ジャンヌダルクは考え込む。
「――――ジル・ドレ少佐が、あなたの事を捜しています」
「当然だ。大方、ルイを拷問してあれこれ聞き出したんだろう」
「あの方の性能ならば、あと数日でここが見つかってしまうかと」
「――――それについては考えがある。安心しろ」
淡々と話すジャンヌダルク。
「他に何かあるか?」
「……では、最後に一つだけ」
そうは言いつつ、一向に言い出せずにいるアンバー。
「早く言え。お前にはまだ頼みたい仕事が山ほどある」
「―――ジャンヌ」
久々に彼女から名前で呼ばれ、ジャンヌダルクは驚いた。
よしかかっていた背もたれから、ずるり、と落ちる。
「ん?」
「彼女を見て、なにか気づきませんか」
「何だ突然。ううん、そうだな。彼女は私のことを尊敬してくれているが、その尊敬が過ぎているとは感じている。なんというか、依存に近いような……何かを……こう……」
「彼女の内面の話ではなく、外見の話です」
「え?……あ〜、いや、普通に可愛いんじゃないか?」
ジル・ドレという少女は、肩につきそうなぐらいの金髪で、赤く大きな瞳がチャームポイントだ。
その受け答えが、アンバーにとって「吉」だったのか「凶」だったのかわからない。ジャンヌダルクの素直な気持ちを、そのまま伝えた。
「……なら、よいのです。それ以上、考える必要はありません」
「――――――――ああ、わかった」
アンバーが、それでいいというのなら聞くのをやめよう。信頼しているアンバーなのだから。
だから、ジャンヌダルクはアンバーに命令した。
「次の任務を命じる。少しの間、姿を見せるな」
一瞬アンバーは固まった。
「意味は分かるな」
「了解しました」
「では行け」
ジャンヌダルクにして、アンバーは駆け足でその場を離れる。
アンバーには、それ以上のことを聞かなかったが、あの反応。
「―――やはり、私の想像はあたっていたか」
今日も今日とて書き終えることができました!夏神ジンと申します!今日、先日でブックマーク、コメントを頂き嬉しい限りでございます!こんな(と言ってはなんですが)作品にもコメントしてくれる人がいるなんて!と感動しました。まだまだ、古参は諦めなくていいんですよ!!まだまだ、どしどし、お待ちしております!
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました!