05.反逆の聖女、ジャンヌダルク
―――――――――目が覚める。
気づけば私は、床に倒れていた。
「ッ!」
なんだ、これは。
無惨に転がる死体。
周りを見て、愕然とした。血が付いた手を見て、思い出した。
そうだ、私がやったんだ。
しかし、私がやったとは思えない。そんな力、私は持っていないのだから。
「おえ」
気持ちが悪い。血やら、顔、残骸。見れば見るほど、無惨で無差別的な殺し方だった。
まるで―――――――。
まるで……私の村が、焼かれた時の事のよう。
そのことを考えて、顔が、真っ青になる。
「……だめだ、だめだ!」
そんなことを考える必要はない。奇跡が起こった。そう思えばいい。
私は私を奮い立たせる。
「……先へ」
第二事務室の扉の前まで来た。
しかし、ここであることに気が付いた。全ての扉は、施錠された。ここも、開かない可能性が高い。
「け、蹴破るか?」
目の前の扉は、木製とはいえ固そうだ。
それは最終手段に取っておくことにして。とりあえず、ドアノブをひねってみる。
「……開いてる」
中に軍人がいるのか?
第二事務室に入り、構える。が、敵はおらず、無人だった。たまたまか? それとも仕組まれてか?
――何か、おかしくないか?
「……まあ、敵はいないようだしいいか」
書類の山を掻き分け、引き出しをいくつも開け。
「見つけた!」
鍵も、ロープもあった。
あとはここを出て、屋上へ向かうだけ。
私は扉を開き、敵がいないことを確認すると、再び廊下へ出た。
ゥウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥ――――――――――――――ッ!
思わず耳をふさいだ。
「こんなときに、何だ!」
そのサイレンと共に、下が騒がしくなる。
私は、螺旋階段から下を見た。
「――――――――――――――――ッひ」
呆然とした。
三階、二階、一階……全ての階から、私を覗き込む顔。軍人やら、ロボットやらと、目があった。
その誰かが言った。
「「「見つけたぞ! 上に急げ!」」」
先ほどと比にならない数。
主力は、下だった。
思わぬ状況に、頭を掻きむしる。
「クソ! クソっ、クソ!」
私の行動を予測するかのような動きに、虫唾が走る。誰だ、誰がこんな指示を……っ!
「――――――ッジャンヌダルク!」
アイツしかいない……!
「「逃がさんぞ! このバケモノが!」」
「ヒョウテキ、カクニン! ヒョウテキ、カクニン!」
軍人たちの声、ロボットの音。
ぐるぐる、ぐるぐる、階段を走って逃げる。いくつもの弾丸を避けながら。
「はあ、はあ、はあっ……」
ぐるぐる、ぐるぐる走って逃げる。その間も、ずっと下から声がする。
「待て!」
「逃がさんぞ!」
「ヒョウテキトノキョリ、ヤク十メートル」
「走れ! 走れ!」
そんな雑音から逃げるように、走る。
「捕まるものか、こんなところで!」
鍵は持ってるんだ! あとは屋上まで行けば、何とかなるだろう!?
勢いのまま、思うまま、足を動かす。
「…っはあ、はあ、はあ」
やっとの思いで、屋上の扉まで来た。
「やったぞ!」
そう思ったのも、束の間。鍵を見て、気が付いた。
「――――どの鍵か、わからないじゃないか」
鍵と言っても、一つだけではなかった。
いくつもの部屋とつながった鍵の束、しかし屋上へつながるのはこの中の一つだけ。
一つ一つ、合せていく。
「……これじゃない、これも違う、じゃあどれだ!」
足音が近づくにつれて、焦っていく。先ほどまで大差をつけていた距離は、もう……あんなにも。
鍵を掴む指先が、震える。
「クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ……」
バタバタ、バタバタ。下から音がする。
それでも、鍵は合わなくて。
「追い詰めたぞ! 殺せ! 殺せ!」
誰かが言う。
銃なんかじゃなく、もっと大きな刃物を持って……私を解体でもする気か!?
ドアノブを掴みながら、鍵を合わせる。
ガチャガチャガチャガチャ―――――――――。
もうなんだって、どうなったっていいからッ!
「「開けぇぇぇぇぇええええええええええええええ!」」
叫ぶ、ただ叫ぶ。
「――――グッドタイミング」
誰かが言う。
「……は?」
ドアが開いて、その誰かが現れる。
それは、私の腕を力強く引っ張り、外へ連れ出した。
「ごほッ」
「ごほッ、おえっ……はあ、はあ、はあ」
外に出た途端、私の体は倒れた。
「いい吐きっぷりだね。どれだけ必死だったんだか。君、ちょっとは考えて走れないのかい。私なら、追っ手の足が遅くなる方法を考えながら、逃げるがね」
少し呆れたようにそれは言う。
「――――お前は!」
私を助けたのは、大佐、ジャンヌダルクだった。彼女は白く長い髪を、風になびかせる。
外は夕暮れ。カラスが鳴いていた。
ああ、今すぐにでもコイツを!
「っ!」
後ろの扉が、がたがたと音を立てる。まさか、ドアを壊そうとしているのか。
「すぐには突破されないよ。あの扉、頑丈だから。でも、まあ、時間の問題ではあるけれどっ」
ジャンヌダルクの言葉をさえぎって、彼女の首に刃を突き立てた。
「武器の一つも持たずに行動すると思うか? 愚かだったな! 私はまだ落ちぶれていない!」
死体の山から見つけ出した、一本のナイフ。
こんなものじゃ、固いものは切れないけれど、首の太い血管ぐらいなら、掻っ切れる。
「それは命の恩人にすることかな」
「うるさい! 黙れ! 私を殺そうとしたお前は、命の恩人ではない!」
「……あれは、ちょっとしたテストさ。悪かった、でも極限状態でも案外気が付くものなんだね」
ジャンヌダルクは、笑ってそんなこと言う。
へらへらした態度、やっぱり軍人は許せない!
「……ノインたちは、お前たち軍によって、皆殺しにされたんだ!」
何もかも、軍によって焼かれ、殺された。
「お前たちは、最悪だ! 村を、感情も持たない簡易ロボットで焼き滅ぼした。自分の隊の人間は一人も死なさず……ちょうどいい時間だっただろう? ワイン片手に食事をとるには、なァ!」
自分たちの手を汚さず、ゲームのように楽しみやがって。ふざけるな!
真冬の日。寒さで凍えそうになっていた私の家族たちは、一瞬の高熱で焼き殺されたというのに。
「私は、無情に無惨に殺すロボットが嫌いだが、もっと嫌いなのはそんなロボットに汚れ仕事を押し付ける人間どもだ! 許せない! たとえお前が、私を助けてもだ!」
それを聞いたジャンヌダルクは、一瞬固まって、すぐ笑った。
「ははは、ごもっともだ。が、私をそこいらの軍人と一緒にしないでいただきたい」
「グゥッ!」
ジャンヌダルクは、軽々私を倒し、床に付けた。
上を向けば、銃が目の前にあった。
「―――っ!」
やはり格上、このまま私を殺すのか。
そう思った矢先、ジャンヌダルクはこう言った。
「君は、同族の為に、命を懸ける覚悟はあるかい?」
「はあ? 私の仲間は全員死んだんぞ!」
「生きてるよ。数はだいぶ減ったが、生きてるよ」
「嘘だ! そんなはずがない」
「君の村は焼かれたかもしれないけれど、他の村はまだ無事さ。私がいる限りは」
そんなことを言われても、信じられるはずがない。
「信じなくてもいいよ。だが、選択を誤って同族を殺すような真似は、してほしくない」
「――――どういうことだ」
「フィエルボワ」
「!」
それは、軍人であれ、ノインであれ、誰でも知っている「ある組織」の名だ。
母から聞いた話は二つ。
一つ。それはノインを救済し、ノインを神の下へ導く。
彼女は軍服のボタンを外し、ある入れ墨を見せた。
「それは……」
二つ。長は、白ユリと、それを輝かせる天光、すなわちフィエルボワを象徴する印を持つ。
「私は、フィエルボワ十代目の長。その私が、お前を見込んでいる」
私は、ジャンヌダルクに指を指される。
「お前は、そこでトップになれる」
「!」
その言葉が、胸を締め付ける。もしそれが本当なら、私は。
そこでドアをたたく音が、さらに大きくなる。それを聞き、ジャンヌダルクは、私に向けていた銃をさらに近づけ、額にくっつけた。
「時間がない。選択できないなら、死んでもらって結構。最後にもう一度、問おう」
「――――同族の為に、命を懸けて戦う、覚悟はあるか」
その瞳は、まるで救世主のような、聖女のような、強い光が詰まっていた。
「おおっ!?」
私は、ジャンヌダルクの銃を掴み、立ち上がる。
私は、覚悟を決めた。
「勘違いするな、死にたくないから従うのではない。同族を救うため守るため、そしてこのフランスに復讐するために、お前に従うんだ!」
「へ?」
突然の言葉に、驚くジャンヌダルク。
銃口は、まっすぐ私の胸に、私自身で突きつけた。
「それが気に入らないなら、今殺せ!」
「――――――――――ッあっはっはっはっは! 君、変わってるね。名前、なんていうの?」
「……カレン・ノインって、今関係ないだろう!」
「あはははははっ、名前まで面白いって……あはははは……」
「笑うな!」
「いやいや、気に入った。君の動機も名前もね。おっと、私としたことが自己紹介を忘れていた」
彼女は、銃を宙に上げた。すると銃は、突然長くなり、旗へと変わった。
「っ旗?」
銃が旗に変わるなんて、どうなってるんだ。
ユリが描かれた旗が、風にはためく。
「――――我が名は、ジャンヌダルク。神の声を聞きし者、そしてこれより愛するフランスに、反逆する者だ」
「君を正式に、フィエルボワの隊員に任命する。よろしく頼む、カレン」
ああ、なんと美しいんだろう。逆光の中でさえ、輝くその赤い瞳に私は――――――――――。
―――――――――真夜中、軍本部。
自分より二回りも幼い少女に、ルイオッシュは報告を行っていた。
「申し訳ありません。ジャンヌダルク大佐の行方は、現在もわかっておりません」
「……まさかあの方が、軍を裏切ったのか」
「わかりません。ですが、状況を見る限り我々、第六軍基地は彼女に利用され、裏切られたとしか考えられません。彼女は、ノイン側に――」
「五月蠅い!」
彼女の強烈な蹴りが、ルイ・オッシュの腹部に当たり、そのまま壁まで吹っ飛ばされた。
そして逆立つ、彼女の金髪。ゆらり広がる髪は、まだ短く肩に付くか、つかないか。
「ゴホッ」
ルイ・オッシュは血反吐を吐いた。
「どうしてその情報がつかめていているのに、大佐の居場所はわかっていないのだ! 今の今までお前は何をしていた? この役立たずが!」
彼女は頭を抱え、苦しむ。
「―――今日、ようやく昇格したというのに……!」
拳をぎゅっと握る。
あの方がいないでどうする。あの方は、私との約束を忘れてしまったのか。
「昇格したら、私を直属の部下にしてくれると……あのよくわからないロボットよりも、私を優先してくれると言っていたのに」
「やっぱり、やっぱり、博士の言うとおりだったんだ。私は博士の言う通りやった。なのに、どうして……」
少女の頭の中で思考が渦巻く。ロボットであるはずの彼女の脳は、うまく機能しないようだ。
「許せない、許せないっ、許せない! 私は、他のどのロボットとも違う!」
「究極体なんだぞ!」
床をガンガン、ガンガン蹴る。
「生きていてはならないノインが、それほど気に入ったというのか。そんなものが、私を上回るというのか。そんなことが、あってたまるか!」
「どこへ行くつもりです、ジル少佐」
ルイ・オッシュが問いかける。
「あの方のところへ行くに決まっている。ジャンヌダルク大佐を正気に戻し、そして」
「――この私が、直々にノインを殺す」
大きな扉が閉じられる。
「……んのクソガキ。まだ生まれて間もない奴に、どうして従わなきゃいけねぇんだ」
ルイ・オッシュは、誰もいなくなった部屋で一人、少女ジルの机を蹴る。
彼女があらわれてから半年。彼女は、瞬く間に少佐まで上り詰めた。
実力、知識、判断力、何をとっても彼女に勝るものなどいなくなった。この間の火を使ったノイン殲滅作戦も、彼女の功績であった。
今、究極的ロボットが人類を遥かに超えて、フランスを制するために動き出した。
これより、二つの力が衝突する。
――――――勝つのは人が作りし「究極体」か、それとも神が愛した「最強種」か。
そろそろストックが危うくなって参りました、夏神ジンと申します!!!
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