03.聖女は、嘲笑う
「ッ!」
これは確実に入った。
そう、思ったのに―――――――――美しい顔は少しも乱れることはなかった。
私の足は、片手で掴まれ動かない。
私は、理解できなかった。
光の速さで飛び出した私が、光の速さで仕留められてしまったことを。
にやり笑ったその女、ジャンヌダルクは言う。
「素晴らしい足だ。が、私を仕留めるには、少々甘かった。あと一センチだったよ」
ほーら。彼女は、頬に私の足を寄せた。
「ジャンヌ! そいつは!」
ルイ・オッシュが焦ったように言う。
「わかってる。ノインなんだろう? それも、極上の。君にしては、想像以上の働きだ。最高だよ!」
そう言うジャンヌダルクとは裏腹に、私はこの状況に絶望していた。
殺せなかった。人間の女は、強かった。最強種の、私なんかよりもずっと。
「―――そんな……おい、シャルロット! しっかりしろ!」
ルイ・オッシュが廊下に出れば、横たわるシャルロットがいた。呼びかけても、彼女は少しも反応しない。機械の体に付いた傷が、バチバチと音を鳴らすだけ。
当たり前だ。私が先手を打たせてもらったのだから。
しかし、こうまでしても私の計画は、失敗してしまった。
悔しくて、何度も何度も、足を動かし、足掻く。腕を伸ばそうにも、一本足で立っている私の体は、バランスを崩れてしまう。
片足を掴まれただけ、それだけの事なのにどうしてここまで―――――。
「このっ、このっ!」
「そう情熱的に、君の筋力を見せつけるのも良いが……私としてはつまらない。もっと駆けずり回ってもらわねば」
ジャンヌダルクは楽しそうに言う。
「はあ?」
駆けずり回る? どういうことだ? 私はねずみではない!
彼女は、私に近づいて、耳元でささやく。
「―――――――」
その言葉の意味も分からず。
「はあ?」
止まってしまう。
――――――と、そこへ。
「大変です! 大佐!」
大きな音を立て、ドアが開いた。
「おい! まずはノックだろう!」
反応したのは、ジャンヌダルクではなくルイ・オッシュだ。
「す、すみません!」
「まあまあ、それで要件はなんだ」
「この基地が、謎の組織によって包囲されております!」
「なんだと!」とルイ・オッシュは声を上げた。
ジャンヌダルクは澄ました声で聞く。
「どこの勢力だ?」
「わ、わかりません! ただ、見たこともない旗を掲げておりました!」
「それはどのような旗だ?」
「ええっと……白いユリが、大きく描かれた旗でございまして……」
「――――、あっはっはっはっはッ!」
兵が言い終わる前に、突然笑い出すジャンヌダルク。
「ど、どうかされましたか?」
「いいや、何も起きていないよ。正常な動きだ。少々早かったが」
笑うのをやめ、凛々しい声でジャンヌダルクは命令する。
「いい、お前はもう行け。命令はこの後、もう少ししてから他の兵に伝える。それまでは、待機するよう伝えろ」
そういうと、彼女は兵を手であしらった。
その時、私の足元にガラスのビンが転がってきた。これは、使える。
「承知いたしました! それでは失礼します!」
兵士が一礼する。
今だ。大物を殺せなくても、ここで一度私の力を誇示する!
「危ない!」
私は、足で瓶を投げた。兵士の頭を狙って。
ジャンヌダルクは兵士を守るようにして動き、まんまと私の足を離した。
その隙に、私は鎖を使って大きな窓ガラスを割った。
「しまっ……」
大佐の澄ました顔が、崩れる。
私は、ジャンヌダルクを嘲笑いながら脱出――――――――?
「うわあああああああああああああああああああああああああああ!」
私は、忘れていた。
この建物が、ものすごく高いということを。
真下はよくわからない軍隊、ここは三階。
さあどうする!? 私ッ!!!
窓から下を見て、にやりと笑うジャンヌダルク。
「逃げられてしまったね。部屋の掃除はしておくべきだった。この後、どうしよっか……って、君に聞いても仕方がないね。ルイ・オッシュ」
「――――俺を、騙したな」
ルイオッシュは両手を拘束された状態で座り込み、その上シャルロット、ジャンヌダルクから銃口を向けられていた。
先ほどまで倒れていたシャルロットは、何事もなかったかのように拳銃を持ち、立っていた。
「騙しただなんて、人聞きの悪いことを……、君の事だ。わかっててついて来たんだろう? いつから怪しいと思ってた?」
「お前が、ノインが欲しいと言った時から」
「ふははははははは! やはりわかるもんだね」
「……俺を殺す気か?」
笑いながら言う。
「まさか。数少ない友人を、そう簡単に殺さないさ。私は、君とちょっとした『契約』がしたいんだ。契約を守ってくれるというのなら、殺さない」
「―――――」
選択肢など、与えないということか。
「早くしてくれないと、私の手が勝手に動いて撃ってしまうかもしれない。はたまた、私の手が滑って、引き金を引いてしまうかもしれない」
ジャンヌダルクは、おちゃらけながら、ルイ・オッシュの額に銃口を突きつけた。
「……軍人は、その命を祖国にささげる。お前に殺されれば、俺は軍人としての役目を放棄することになるだろう―――――――――、お前と契約を結ぶ」
「よし! 言質は取ったぞ!」
「おい! 待て! その契約の内容は!」
ルイ・オッシュの言葉を無視し、ジャンヌダルクは続けた。
「録音は?」
ジャンヌダルクが、シャルロットに言う。
「はい! ばっちりでございます!」
シャルロットがジャンヌダルクに敬礼する。
「なら、ここから先は、お前に任せよう。軍を分断し、真ん中と下に配置。真ん中は少なく、下に多めに配置しろ。下の者には、『上を警戒しつつ警備しろ。特に、螺旋階段に注意せよ』と伝えておけ」
「よろしいのですか? そのようなことをすれば、殺されてしまう可能性が……」
「これは、あの子の能力を測るテストだ。『最強種』がその程度で死ぬのなら、私の隊にはいらない。死なせておけ」
「承知いたしました」
「それが終わったら、また私のところに戻っておいで。それじゃあ、頼んだよ、『アンバー』」
その名前に、ルイ・オッシュは反応した。
「―――ちょっと待て! アンバー、だと?」
シャルロット、ではないのか。
アンバー……だなんて、懐かしい名前だ。
きっと、ルイ・オッシュとジャンヌダルクにとっては。
ルイ・オッシュは気づいてしまった。シャルロットの正体に。
「おっと! 手よりも先に、口が滑ったな。忘れてくれ」
「ダメだ! それについては、聞かねばッ……」
ジャンヌダルクはルイ・オッシュの額から銃を離し、宙へ向け、撃つ。
銃は、パーンと音を出し、部屋を真っ白に染める。
ルイ・オッシュは煙をまんまと吸って、苦しくなった。
「……っげほ、げほ……、クソ……」
視界が眩んでいく。これは、目くらましの為の煙じゃない。
何か入って、る――――――。
「……こ、の……野、郎……」
ジャンヌダルクは最初から、ルイ・オッシュを殺す気などなかった。
「君が今知るべきことは、『アンバー』じゃない。それについては時が来れば、教えるさ。だって君は私の唯一の、友人だからね」
ジャンヌダルク、そして『アンバー』と呼ばれる少女は、煙と共に姿を消した。
煙を吸うたびに、ルイ・オッシュの意識は遠のいていく。
『アンバー』
その名前を持ったロボットを知っていた。けれど。
「お前は、ずっと、前、に――――――」
瞼が閉じる。
カンカンカンカンカンカン――――――――――――――――――ッ!
強く鐘が叩かれる。
『管内の者に告ぐ! 管内の者に告ぐ! 犯罪者逃亡中につき、全ての扉を施錠する! ただちに探索せよ! ただちに探索し、見つけ次第駆除せよ!』
『繰り返す! 繰り返す――――――――――――』
「はあ、はあ、はあ……」
呼吸を繰り返す。
「私」を探す追っ手から逃げるために、壁に隠れながら。
それでもやっぱり察知して、こちらへ寄ってくるロボット。
「ヒョウテキ、ヒョウテキ、タンサク、タンサク」
私は、息をひそめる。
第二話! となったのですが、まだ一つもコメントが付きません! いや、初心者なんてこんなもんだろ……とか、言わないでください(泣)
なんでもいい! コメントしてほしい! もっとpv数伸びてほしい! たくさんの欲を持って、今日も今日とて更新させていただきます。(誰か、救ってください)