01. カレン
西暦1777年。
その頃、フランスでは二つの勢力が争っていた。人間とロボットが統制する、「軍」。そして、軍によって殲滅され続ける、「ノイン」。
『こちらが、本日最後の商品となります!』
それを見た途端、少女は驚いた。
「……あれ? この国は、人間を奴隷にしていいんでしたっけ」
「あれは人間じゃない。『ノイン』だ。新ロボ」
「新ロボ、新ロボって……やめてくれません? 確かに私は、新人でロボットですが、ちゃんとした名前があります! シャルロットです! いいかげん、覚えてください」
「上司に対する態度がなってないぞ、新ロボ」
「はああああ―――――――」
だめだこりゃ。とぼそり、つぶやいた。
がたいの良い男と可愛らしい少女が、ひそひそと話している。彼らはマントで軍服を隠す。
非公式のオークション。
ドーム型の会場で、ステージだけを明るく照らすスポットライト。広いくせに、人はそれほど入ってない。
「それにしても、ノイン……ですか?」
そうは言いつつ、シャルロットがその存在を見たのは、初めてだった。
見た目はどこにでもいそうな、人の少女。齢、16から17といったところだろうか。
髪は誰かに適当に切られたみたく短く、顔も汚れている。ぼろぼろの白い布を上からかぶせたような服を着て、ボードのようなものを首から下げている。
ボードに書いてある文字は「カレン」
「あれこそが、『最強種』。この世の頂点に君臨する者だ」
とは言っても、昔の話だが。
「でも、どうしてノインだとわかったんですか? ノインだなんて、私……初めてみました」
彼らノインは、それは、それは、もう伝説みたいなもので、昔話の登場人物としか思っていなかった。
「だろうな。ほとんど軍の上層部が駆除してしまって、数は少ない。この間の作戦でさらに減った。コイツはきっと、その残党だろう」
そう言われると、なんだか少し可愛そうな気持ちになる。
彼女の蒼い目はくすんでいて、どこを見ているのかわからない。
「奴らを見分ける方法は、簡単だ。『蒼の瞳に、蒼の髪』。それを持つことが許されているのは、今も昔もノインだけだ」
蒼こそが、神。神こそが、蒼。
蒼を持つということは、すなわち。
「神に愛され、選ばれた、唯一の存在」男が言う。
「いまどき神を信じる人なんているんですか? そういうのって、もう古いんじゃ……」
「いや、神は存在する」
「何故?」何故、そう言い切れる?
「――――――――俺がこの目で見たからだ」
彼の言い方は、嫌に本当そうで、冗談には聞こえなかった。シャルロットはそれを信じようとはせず、からかうように笑う。
「ルイ・オッシュ准尉は、嘘が下手と見受けられました」
「黙れ」
「今日の任務は、極秘でノインを入手することだ。さっさと終わらせるぞ」
「あーはいはいって、え?」
『では100から!』
「1000ッ!」
勢いよく上げられた手に、この空間に響き渡る声。それは多分、この場で使うべきではない。
「准尉……」
およそ十年前。
人型ロボットが量産されるようになり、今じゃロボットか人間かなんて、簡単に区別できない。
ロボットは人間と同じ尊厳を持たされ、人間と同じ生き方をされるよう命じられた。
彼らロボットは、人間に愛されている。
オークション会場をそそくさと出て、ルイ・オッシュとシャルロットはノインを連れ出した。
ノインは、両手を後ろで拘束され、鎖でつなげている。体全体は大きなマントで隠し、目は眼帯で隠す。
ノインであることは、絶対にバレてはいけない。
「―――――――――――――」
シャルロットがノインの少女に鎖をつけるとき、彼女は気づいてしまった。服の奥にある、大きな傷。火傷の傷、剣による傷、誰かに鞭で叩かれたような傷。
生々しくて、言葉を失った。
彼女は何をしても抵抗する様子はなく、敵意を向けるわけでもなく、しかし悲しそうな顔もしない。
絶望もしない。
「いいから運べ」
シャルロットを見かねたルイ・オッシュが言う。
ノインは後ろの荷台の上に置き、彼らは助手席、運転席に座った。
「あんな適当でいいんですか? ノインならばあの程度の拘束、簡単に壊せるでしょう」
見たことはないが、きっとそうだろう。だって、最強種なんだから。
「そんな強固な拘束にして、一般市民に怪しまれたらどうする」
「それは確かにそうですが」
「――ロボットなら許される。人間でもまだ許される。だがノインならば、犯罪者だ」
空はどす暗く、雨が降っている。窓ガラスを、雫が滑る。
「秘密裏に動くには、うってつけの天気だな。雨に隠れて、そう簡単にはわかるまい」
少しニヤつくルイ・オッシュとは違い、助手席に座るシャルロットは、少し暗い面持ちだった。
その様子を見たルイ・オッシュも、気持ちが落ちる。
「奴は何かを狙っている。でなければ、抵抗しないはずがない。奴の顔にも気を付けろ。同情を誘っているんだ。あまり、見るな」
それは、彼なりの優しさによるものなのか、それともただの……。
「……」
はるか昔は、ノインが最も尊ばれ、人間は従っていた。その頃は、ノインなんて名前でもなかっただろう。
今、ノインは駆除対象。存在することは許されない。表向きは。
「どうして、こんなことするのですか」
「今日の仕事だ。軍人が国のために働かざるしてどうす」
「いえいえ、そうではなくて、どうして私達は、ノインを嫌っているのかって、話ですよ」
植えつけられた先入観、みたいな。
「……今更な話だ。そういうことは、知った所で意味はない。ノインは敵であり、悪である。それ以上でも、以下でもない」
でも、そんな言葉をシャルロットは聞かない。
「―――――いつからこうなったのか、どうしてそうなったのか。明確な時は浮かばないけど、いつの間にか、これが普通になっていた」
開いた口は、閉じられず、言葉は、さらに溢れ出す。
「貴方は知っているんじゃないですか? ルイ・オッシュ准尉」
するとルイは笑った。
「上層部が隠していることを、准尉なんぞが知っていると思うか? 俺としては、今日配属の新人が、こんな重要な任務を任せられていることの方が、よっぽど気になるが」
―――――軍人にとって、禁忌に触れるようなことだぞ、これは。
「……っあなたも同じではないですか。たかだか准尉が、こんなことを任されるなんて」
「お互い、事が終わるまでは、仲良くしよう」
「……」
それ以上話すことはなく、車内は静寂に包まれる。
「着いたぞ」
車を止め、二人は外に出た。後ろに積んでいた「それ」を下し、連れ出す。
目の前には、大きな建物が立っている。
中へ入り、三階まで上がる。一番奥の部屋の扉。
右手にしっかりと鎖を持ち、左手でノックする。
コン、コン、コン。
「大佐、ジャンヌダルク大佐。私です。ルイ・オッシュです。例のものをお持ちいたしました」
「――――入り給え」
それは、軍人とは思えないほど、優しい声。
ルイ・オッシュが、ドアを開ければ、そこには見目麗しい女性が立っていた。
しかし、正確にはわからない。骨格や長い髪を見れば女性だが、胸はない。軍服のパンツではなくスカートを着れば、間違いなく町一番のマドンナだ。
気品に満ちた姿、薔薇さながら。
真っ白な肌、真っ白な髪。そして、真っ赤な軍服。
その美しさとは裏腹にこの部屋は、とてつもなく汚ない。
汚い……というよりも、物が床やら、机やら、棚やら、いたるところに散らばっていて、歩きにくい。
ルイ・オッシュはそのことには慣れているようで、ただ一言。
「……相変わらず汚い部屋だな」と、ぼそっとつぶやくだけだった。
大佐、ジャンヌダルクは全く気にせず、言葉を交わし始めた。
「久しいな、前に会ったのはいつだったか。おや、その後ろの子はどうしたのかな」
シャルロットの事を指す様に、言う。
「……あなたの指示だと、聞いております」
少し不機嫌そうにルイ・オッシュが言う。
「ああ、そうだった。そうだった。自分で言っておいて、忘れてしまうなんて……年かな」
「貴方がそのような調子では、下が緩みます。おやめください」
「やめてほしくば、まずはその口調をやめることだな」
彼女は、ルイ・オッシュに近づき、彼の肩に腕を回した。ルイ・オッシュは心底嫌そうだ。
「何の事です」
「敬語に決まっているじゃないか~。幼なじみにそんなに距離を取られると、ちょっと悲しくなるなぁ」
「……」
「共に生まれ、共に育ち、共に戦ってきた仲じゃないか、なあルイ?」
「どんな理由があろうと、貴方が上官であることに変わりありません」
必死に耐えるように、ルイ・オッシュは言う
「何を言っているんだ。軍に入った当初から切磋琢磨してきた仲じゃないか。確かに、私が一気に昇進してしまって、嫉妬してしまうのはわかるが……そう、気に病むことでは」
「っうるさい! 黙れ! 俺をまんまと! 自慢げに! 抜かしていった奴が、何を言う!」
「あっはっはははは!」
綺麗な顔を崩し、大声をあげて笑う。
「大佐も准尉も、差して変わらないじゃないか」
「変わるわッ!」
「私は、前のようにに皆と仲良くしたいだけだよ。みんな、私の階級がいきなり上がったからって、そう明確に避けられると、さびしくて死んでしまうよ」
その言葉は、ルイ・オッシュをひどく苛立たせた。置いていったのはお前なのに、と。
「……お前みたいなやつは、一度死んだ方がいい」
「神が許せば、な」
「――――――ッ」
おちゃらけか、本気か、わからないような言い方。
ルイ・オッシュにとって、これほどまでに皮肉がかったものはなかった。
「それで? 私が買ってこいと言った『品』は、いったいどこにあるのかな?」
「ん? それなら俺がしっかりと……」
ルイオッシュは右手を見て、持っていた鎖がないことに気付く。
そして。
品こと、ノインこと、―――――――――――――――この私、カレンはッ!
ジャンヌダルクという女の美しい顔面に、華麗な蹴りを入れてやった!
これは、入った。確実に!
確実―――――――――――――――――、に!?
少し荒削りな部分、無理やり感が半端ない部分等、あったとございます!
どうか改善策、アドバイスコメントを大量に送って下さるとうれしいです!
ここまで読んで下さったみなさま、読んでいただき本当にありがとうございました!