恋の形8
しばらく行列に並び三十分弱待った後、ようやく店に入ることができた。
店内では若い女性の楽し気な会話が行き交い、見渡す限り女ばかりで肩身が狭く感じる
店内の女性客は目の前のパンケーキを食べるよりもスマホで撮影することに夢中になっているように見えた。
「凄く女だらけで俺の場違い感が半端ないな」
「そんなことないよ、ほら、男もいるし」
早紀はそう言ってカップルの方を指さす。
「他人に向かって指をさすのを止めろ、それにしても女って甘いものが好きだよな」
「まあね、甘いモノを食べたいと、ダイエットしたいが女子の二大テーマかも」
そんなとりとめのない会話をしているとお目当てのパンケーキが運ばれてきた
それを嬉しそうに頬張る早紀、見ているこちらが幸せになるような光景だ。
「そういえば早紀は写真とか取らないのだな?」
「まあ、特にSNSとかやってないし、私は撮るよりも食べる派ね」
そう言いながらあっという間に目の前のパンケーキを平らげた。
俺たちはお目当てのパンケーキを食べ終わると、混んでいることもあってさっさと店を出る
その後はみのりの立てたデートプランに従いおしゃれなカフェへと足を運んだ。
「へえ~優斗にしてはおしゃれな店だね」
「ま、まあな、色々調べたし……」
店内は想像していたよりもシックな雰囲気で、テーブルや装飾にもこだわりを感じさせる。
正直お値段はややお高めだが、こういったおしゃれな店はそれが当然らしい
もちろんこの知識はみのり様のご高説によるものだ。
先ほどのパンケーキの店とは違い周りからキャッキャ
ウフフの会話は聞こえてこない
コーヒーを飲みながらパソコンを開いている者や静かに小説
を読んでいる人など
それぞれが独立した空間で楽しいでいるようにも見えた。
俺たちも最初はかしこまってボソボソと小声で話していたのだが
そのうち会話が弾んできて段々と声のボリュームとテンションが上がって来る。
「この前の木上直也の試合見たか⁉」
「凄かったね、特にあの左フック‼」
俺たちはこのシックな店の雰囲気とはかけ離れた、ボクシングの話題で盛り上がっていた。
「ああ、あれ対戦相手は絶対見えていなかったぞ」
「どうやったらあんなパンチ打てるのだろうね?」
「う~ん、やっぱ才能と努力じゃないのか?知らんけど」
「と、才能と努力の空手チャンピオン、松岡選手はおっしゃっていますが
今後木上直也選手と対戦することになった場合、どうでしょうか?」
手に持っているストローをマイクに見立てて、インタビュー風のミニコントを始める早紀。
「そうですね、松岡選手の早い回でのKO負けではないでしょうか?おそらく一分もたないと思います」
「そうですね、私もそう思います」
「こら、インタビュアーがそんなこと言ったらダメだろ⁉」
「ごめん、ごめん、つい」
早紀はペロリと舌を出した。店の雰囲気とは著しくかけ離れた会話だが
この何でもない言葉のやり取りがとても心地いい、だが気が付くと周りの人たちがこちらを睨んでいた。
「出ようか」
早紀もそんな空気を察したようで俺たちは逃げるように店を出た。
「う~ん、やっぱ俺にはああいうおしゃれな空気は合わないな」
店を出て、俺的にはむしろ解放されたような気分で伸びをしたのだが
早紀はなぜか沈んだ顔をしていた。
「どうした?」
「うん、ああいうおしゃれな店で話す内容ではなかったな……と、思って」
「別にいいんじゃね?」
「でもさ、普通若い男女がああいうおしゃれな店でボクシングの世界戦を熱く語るとか
やっぱおかしいよ。気を付けてはいるのだけれど、私は本当に女らしくないというか……」
あの場での自分の言動を反省し自己嫌悪に陥っているみたいである。
そういえば早紀が空手を止めたのも〈女っぽいことがしたい〉というよくわからない理由だった。
俺にはわからないが、早紀の心の中では女らしさ、女っぽさというのが大きなテーマとなっているようだ。
「どうでもいいじゃねーか、そんな事」
「は?どうでもいいってどういう事?」
「普通とか、一般的にはとか、そんなのどうでもよくね?俺たちが楽しければ周りに合わせる必要があるのか?
あの店で話すには少々うるさかったみたいだが」
「そうなのかもしれないけれど、やっぱり高校生にもなって女らしさの欠片も無いというのはちょっと……」
早紀にとって〈女らしさ〉というのはテーマというよりコンプレックスになっている様だ。
「別に女らしくなくたって、いいじゃねーか」
「はあ?それは私には無理だって言いたいわけ?」
「違げーよ、女らしさとか男らしさとか、今時は差別用語ととられかねない言葉じゃねーか」
「そういう事じゃなくて、私は……」
俺の意見を即座に訂正しようとする早紀、どこか思いつめたような表情でこちらを見つめる姿には早紀の強い思いを感じさせた。
「俺は女らしさより早紀らしさを貫いてほしいけれどな」
俺の言葉を受け、何かを言いかけていた早紀だったが、俺の言葉に何か思うところがあったのか
顔を逸らし小さな声でつぶやく。
「ありがと……」
こら、言ったそばから凄く女らしいというか、可愛いじゃねーか⁉
くそっ、またなぜかドキドキしてきたぞ、え~い、こうなったら……
「ま、まあ、早紀の場合は神様が性別を間違えてしまった可能性もあるからな、そういう意味では……ぐはっ‼」
久し振りに味わう腹部への衝撃。俺は思わず腹を押さえながらその場でしゃがみこんだ。
「テメエ、いきなり何するんだ⁉」
「優斗が乙女に対してデリカシーの無い事を言うからだ」
「乙女と呼ばれる人はいきなり腹パンしねーよ‼」
「でも、私らしいでしょ?」
俺を見降ろしながら得意げに微笑む早紀はなぜか可愛かった。
「どうしてお前はドヤ顔なのだよ?」
「いいじゃない、じゃあ早く次の場所に行こうよ」
しゃがみこんでいる俺に、微笑みながら手を差し伸べてくる。
「テメエ、腹パンの件をうやむやにしようとしているな」
「てへっ、バレたか」
「可愛くねーよ、大体その手の事を早紀がやっても気持ちが悪いだけというか……」
その瞬間、再び早紀の拳が飛んできたが俺はそれを見事にブロックした。
「へっ、何度も同じ手に……」
だが、次の瞬間、早紀の左足がピクリと動いたのを俺は見逃さなかった。
「おい、今お前、左の上段回しを出そうとしただろ?」
「えっ、な、何の事だか……」
「とぼけるな、今左足が動いたのを俺は見逃していないぞ⁉」
「まあ、反射的につい……でも出さなかったのだからいいじゃん」
「当たり前だ、馬鹿野郎‼こんな街中で左上段回し蹴りとか出す馬鹿がどこにいる⁉
そもそもそんな技出して食らったらどうするんだ‼」
「でも優斗には当たらないだろ?」
「まあさすがに早紀の上段回しをくらったのは、小学生の時だけだが……」
「信頼しているからこそ、だよ」
「何、いい感じ風にまとめようとしているんだ。大体そういうのは信頼とは言わねーよ」
そんなとりとめのない会話をしながら、その日のデートは続いた。
早紀とのデートは想像していたよりもずっと楽しく、その時の俺は日本の未来の事も
香奈ちゃんの事もすっかり頭から抜け落ちており、時間が過ぎるのを忘れるくらい楽しかった。
頑張って毎日投稿する予定です。少しでも〈面白い〉〈続きが読みたい〉と思ってくれたならブックマーク登録と本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです、ものすごく励みになります、よろしくお願いします。