恋の形4
彼女はニコリと笑い小さくうなずいた。それから俺たちは駅の近くのファミレスまで特に会話もなく歩いた
当然聞きたいことはたくさんあるのだが何から聞けばいいのか?それは歩きながら聞くべき話なのか?
という疑問が頭に浮かび、中々聞けずにいた。学校とは逆方向へと進む道はどこか新鮮で
ファミレスに向かう途中でうちの高校の生徒とも何人かすれ違ったが
向こうは特にこちらを気にすることもなく通り過ぎる。初めて学校をさぼるという行為はどこか背徳感を覚えたが
みのりのいう事が本当であるならば、日本の危機を救うためならば学校を一日休むくらいの事は許されるだろう。
前を歩いているこの小さな少女は未来から来たという、しかし特に未来人という印象はなく
丸メガネに三つ編みという姿はむしろ前時代的な人間にすら見えた。
そんな俺の視線に気が付いたのか、彼女はふと肩越しにこちらを見てくる。
「何か?」
「あ、いや、その……みのりは未来から来たのだよな?でも全然未来人には見えないな……と思って」
「そうですね、未来人とはいっても一年前から来ただけの人間ですから、松岡さんと大して変わりませんよ
年だって二歳しか違いませんし」
「そうなのか?じゃあみのりは中学三年生……いや、一年後から来たという事は、高校一年生という事か?」
「はい、都内の高校に入学に入学したばかりのJKです」
みのりの口からJKなどという言葉を聞くと、何か物凄い違和感を覚えた。
駅前のファミレスに着き中に入ると、客はまばらで空いていた。
考えてみればこんな平日の中途半端な時間に混んでいるのもおかしな話だし
同年代くらいの人間はみな学校だろうから知り合いに見られるという事はなさそうだ。
一番奥の席へと案内され、ウエイトレスにドリンクバーを頼むといよいよ本題へと入ることになる。
〈未来から来た〉、〈未来の日本が大変なことになる〉という二つのワードは嫌でも緊張感を高め
色々な妄想かき立てさせた。
「さて、なぜ私が未来から来て松岡さんの協力をお願いしたのかをお話ししますが。どこから話したらいいものか……」
みのりは少し考え込むような仕草を見せるが、こちらにしてみれば早く知りたくて、知りたくて仕方がないのだ。
みのりの態度は勿体付けているというか、じらされているような気になって来る。もういい、こちらから聞こう。
「まず、最初に聞きたいことなのだが、未来の日本に何があった?それを教えてくれ」
「そうですね、そこからお話いたしましょう。未来の日本、正確には今から十一か月後の〇〇年九月九日に
この日本で軍事クーデターが起きます」
あまりに想定外の事だったので、一瞬言葉を失い唖然としてしまった。
「軍事クーデター⁉この平和な日本で?他国からの侵略というのならばまだわかるが
この日本でそんなことが起こるとはとても信じられない」
俺がそういうと、みのりは小さくうなずいた。
「それも当然だと思います、日本で軍隊と言えば自衛隊になりますからね。
本来自衛隊は内閣総理大臣をトップとした防衛庁の管理下に置かれています。
戦闘を行うには憲法上でもいくつもの制限や法的解釈をクリアしなければいけないほどの
厳重な管理の下で運営されている組織ですから、おいそれと軍事行動など起こせません
いわゆる文民統制、シビリアンコントロールというやつです。
しかし軍を動かすのも武器を扱うのも所詮は人間なのです。
自衛隊に所属する人間が政府のいう事を全く効かなくなったとしたら、どうなると思いますか?」
「それはとんでもないことになりそうだが……でも現実の話
そんな事があり得るのか?そりゃあ自衛官の中にも政府に不満を持っている者はいるだろうけれど
自衛隊にいる人間がほとんど政府に逆らって軍事行動を起こすとか、とてもじゃないが信じられないぞ」
「はい、自衛官の多くは高い志を持ち、自国の為に働きたいと思っている者がほとんどです
しかしそれを変えてしまうほどの力があったとしたら……」
「自衛官たちの考えを変えてしまうほどの力って、何だよ?
誰か大量の人間を洗脳できる装置でも開発したとでもいうのか?それとも超能力者でも現れたのか?」
みのりは〈ふう〉と息を吐き、改めて語り始めた。
「当たらずとも遠からずといった答えです。大勢の自衛官を洗脳したのも
私が一年後の未来から来られたのも、全て異星人の力なのです」
今度は異星人か⁉もう何でもありという感じになってきたが
〈未来から来る〉、〈集団洗脳〉といったオーバーテクノロジーは
異星人の仕業とでも考えなければとてもじゃないが納得できない代物ではある。
「大まかな事情は分かった。だが、異星人だの軍事クーデターだの
とてもじゃないが俺がどうこうできるレベルを超えていると思うのだが?」
「それはこれから説明します。では最初に、なぜ異星人がこの地球に来たか?
を説明しましょう。その異星人は我ら地球人が観測できないほどの遥か彼方の宇宙から来たそうです
そこでは科学技術、特に遺伝子工学が発達していて、遺伝子に手を加えることにより
どんどん優秀な人間が生まれ加速度的な発展を遂げたそうです。
ですがある時、彼らに異変が起こります。徐々に人口比率に変化が起き始めたそうです。
わかりやすく言えば女ばかりが生まれるようになってしまったのです」
「何だ、それは?でも遺伝子工学が発達しているならば
すぐに手を打って男女比率を元に戻せばいいじゃないか?」
「それはできなかったそうです、何代にも渡ってほんの少しずつ女性の比率が増えていったせいで
当初は気が付かなかったみたいです。ですが異変に気が付いた時にはもう手遅れというところまで来ていて
子孫が続けば続くほど女性の数が増えどんどん男性は減っていき。
そしてついに男性は絶滅したそうです。どうしてそうなってしまったか原因はわからず
色々と試行錯誤しながら研究を進めていったとの事。遺伝子操作というのは一歩間違うと神の領域と言いますか
種族の概念を根底から覆すことになりますからね、彼らもかなり慎重だったようです」
「ちょっと待てよ、男がいなくなったら子孫の繁栄ができないじゃないか?」
「ええ、ですから緊急措置として亡くなった男性たちの遺伝子だけを保存
培養することにより人工的に子供を作り、無理矢理にも子孫を繁栄させ絶滅を防いだそうです」
「何か凄い話だな、科学も発展しすぎると恐ろしいという教訓にも聞こえるな」
「そうですね。でも彼らは長年の研究の末、遺伝子を正常な状態に戻すことに成功し
今では男性の子供もどんどん生まれているそうです。ですがここで別の問題が起きました」
「男が生まれてきているのならば何の問題も無いように思えるが……」
「遺伝子異常や子孫の繁栄といった生物学的な事は問題が無くなりましたが、問題は心です」
「心?また随分と情緒的な言葉が出て来たな、どういうことだ?」
「彼らは長年女性だけの文明として栄えてきました
だから突然男性が復活しても多くの女性は困惑し戸惑うだけだろうと考えたそうです。
わかりやすく言えば生物的には自然繁殖が可能になったとはいえ男と女による男女交際に関しては全くの無知
男性とのコミュニケーションは昔のデータが残っているだけで
実際は何をしていいのかわからないというジレンマが生じてしまったみたいですね
だからこそ男性と女性が上手くコミュニケーションが取れるように
そのサンプルデータを収集するために彼らは地球に来たと言っていました」
その話を聞いた時、俺は驚きよりもなぜか笑いが込み上げてきたのである。
「ははははは、何だよ、それ」
突然笑い始めた俺を見て、一瞬茫然としてしまったみのりだったが、我に返ったかのように怒りの態度を見せる。
「何がおかしいのですか⁉」
異星人の文明発展や日本の未来といったとてつもなく大きな課題に対して
思わず笑ってしまった俺を不謹慎だと思ったのだろう、まあその気持ちはわからなくはない。
「いや~悪い、悪い。何かおかしくて。だって考えてもみろよ
地球よりはるかに高度な知識と技術を持った異星人たちが
〈男と女の正常な交際の仕方がわからないから教えてください〉
って言っているのだぜ。少女漫画でしか恋愛を知らない中学生女子みたいなことを
真面目に言っているのを想像したら思わず笑ってしまって、悪い」
「ま、まあ、そういう見方も出来なくはないですね。
でも彼らにしてみれば文明発展のためには死活問題ともいえるテーマなのです。
それを笑うとか、少し不謹慎だと思いますよ」
「そう言うみのりも少し笑っているじゃねーか?」
「笑っていませんよ‼」
反射的に猛抗議するみのりだったが、〈少女漫画でしか恋愛を知らない中学生女子みたい〉と言ったときに
思わず口元が緩んだのを俺は見逃さなかった。
「異星人の事情は分かった。そこからどうして軍事クーデターに繋がって
俺の手助けが必要になるのか?そのあたりを教えてくれ」
「はい、まず彼らが恋愛のサンプルデータを取るための対象としたのは女子高生でした」
「どうして女子高生なのだ?」
「どうやら熟練の恋愛よりも初恋というか、初めての交際の時の感情の動きが知りたかったみたいですね
それには大人よりも女子高生の方が適任だと判断したのでしょう」
「なるほど、ドロドロした大人の恋愛より、初々しい女子高生の恋心が知りたいという訳か
益々少女漫画の価値観だな」
「まあ、女子高生がデータ収集の対象に選ばれた理由はさておき
彼らはこう言ってきたのです〈ランダムで選んだ三人のサンプルが欲しい〉と
そして〈この要求が受け入れられれば、我々も一人につき、一つだけ要求を飲もう〉と」
「一人につき一つの願いか……その一つが〈集団洗脳による軍事クーデター〉だった訳だな
どこの誰がそんなとんでもない要求をしたのか知らないが、全くはた迷惑な話だ。
そもそも異星人もそんな要求を聞くんじゃねーよ、と言いたいぜ」
「彼らにしてみれば〈要求達成に応じてその対価を支払っただけ〉でしょうからね」
「合理的と言えば合理的な考え方だが、〈そちらが要求したのだから
その後がどうなろうとこちらの知ったことではない〉という風にも取れるな、まあ実際そうなのだろうけれど」
みのりはそこで話をいったん区切るように外に視線を向け、ガラス越しに歩いている人々をジッと見つめる。
俺もドリンクバーのジュースを一気に飲み干し、改めて話の続きを聞く。
「それで、その軍事クーデターで未来の日本はどうなったのだ?」
みのりはグッと唇をかみしめ、悲痛な面持ちで口を開いた。
「東京は戦場となり、一般市民を含めた約二百万人の人が犠牲になりました」
あまりの事に思わず言葉を失う、この東京が戦場?しかも二百万人だと⁉
「何だよ、それは……集団洗脳された自衛隊が市民に危害を加えたという事か?」
「はい、洗脳された自衛隊の人たちからすれば〈市民と治安を守る行為〉をしているつもりなのでしょうからね
それに対抗するために警察も組織を上げて市民を守ろうと奮戦しましたが
なにせ自衛隊は戦闘のプロ、まともに戦っても歯が立ちませんでした。
政府の高官はみな殺されるか拘束され、議会は凍結されてしまいました。
甚大な被害を受けた警察組織は治安維持まで手が回らず、東京の治安は乱れに乱れました。
米軍の軍事介入によりクーデターは何とか収まったものの
結果的に二百万人もの犠牲者が出てしまったのです」
考えうる限りの最悪な結末、教科書とテレビの中でしか戦争を知らない俺たちにとって
そのような悲惨な出来事は想像すらできない。
「それを止める為にみのりは未来から来た、という訳か」
「はい、ですが私はあくまであるお方の代理人として来ました。
三人のサンプルに選ばれた女子高生の一人の協力もあり
事件が起こる前の過去に戻って何とか未来で起こるクーデターを阻止する。
それが私に課せられた使命なのです」
みのりの表情には硬い決意が見て取れた。
「それで、具体的にはどうやってクーデターを防ぐつもりだ?」
「クーデターを画策した人物は対象となった女子高生に対し
凄腕のホストを使って疑似的な恋愛をさせ、それによって異星人の要求をクリアしました。
その対価として自衛隊の集団洗脳を願ったのです
ですから我々はその人物がホストを使って対象の女子高生に
アタックを仕掛ける前にこちらで対処してしまうのです」
「こちらで対処って……おい、まさか、それって?」
「ええ、ここでようやく松岡さんの出番です。その対象の女子高生に松岡さんがアタックをかけ
向こう側に雇われたホストより先に彼女たちを落として欲しいのです」
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