恋の形22
俺は思わず立ち上がり、みのりに対して強い口調で反論した。
「何だよ、それは‼︎篠原さんが〈魔性の女〉だと?
彼女はそんな駆け引きとかテクニックで男を惑わす女じゃない、馬鹿も休み休み言え‼︎」
いきなり立ち上がって声を荒げながら感情に任せて言い放ったせいで
驚いた周りの客がこちらを見ている。ザワザワと何かを話す声が聞こえてくるが
そんな事を気にしていられないほどに感情が昂っていた。
「少し落ち着いてください、松岡さん」
あくまで冷静なみのりは上目遣いでこちらを見つめたまま、諭すように話しかけてくる。
「お客さま、周りのお客さまにご迷惑がかかりますのでお静かに願います」
「えっ?ああ、すみませんでした」
店員の女性に注意され、あらためて自分の状況を把握した俺は急に恥ずかしくなりそそくさと席に座る。
落ち着きを取り戻した俺に対して、みのりはあらためて語り始めた。
「松岡さんは〈魔性の女〉に対して認識というか、少し勘違いをしているようですね」
「どういうことだよ?」
「〈魔性の女〉というのはズルくて、あざとく男を惑わす女のことではありません。
見た目だけではなく中身も含めた女子力で男性を虜にして狂わせてしまう魅力的な女性のことをいうのです。
松岡さんも思い当たることはありませんか?」
言われてみれば思い当たる節がある。彼女の言動はどうしようもなく男心をくすぐるというか
否応なしに惹きつけられてしまう魅力があった。
「みのりの言いたいことは何となくわかった。でも今の質問と
篠原さんが〈魔性の女〉だという事に何の問題があるのだ?」
「ええ、でもそれこそが最大の原因であり、松岡さんが疑問に思っている事への鍵なのです」
「どういうことだ?わかりやすく話してくれ」
「わかりました、今から説明します。篠原沙織さんは子供の頃からあの見た目と性格から
周りの男子からモテまくったそうです。もれでも中学までは特に問題にならなかったのですが
高校に入って問題が起きました。クラスの男子の一人が篠原さんに恋をして告白したのですが振られてしまったのです。
ですがその相手が悪かった、その男子生徒はクラスを牛耳っている中心人物だったのです。
その男子生徒は体も大きく喧嘩が滅法強いらしくて誰も逆らえない人物だそうです」
「何じゃそりゃあ?今時番長ってか⁉︎平成を通り越して昭和の世界じゃねーか」
「元々彼女の通う学校はガラも悪く素行の悪い生徒が多いことで有名な高校ですからね
未だにそういう風習が残っているようです」
みのりは嘆かわしそうにそう語った。
「でも振られた腹いせにそいつに暴力を振るわれているとかではないのだろう?」
「ええ、さすがそこまではなかったようです。でも更に不運だったのは
そのクラスの女子の中心人物である女子生徒がその不良男に気があったみたいで……
その日を境に篠原さんはクラスの中心である女子と男子に目を付けられ
クラス全員から無視されるようになってしまったのです」
「何だよ、それは。逆恨みもいいところじゃねーか‼︎
そもそもどうして女子生徒が全員彼女を無視しなければいけないんだよ‼︎」
するとみのりは俺から視線を逸らし、静かに話し始める。
「彼女のような〈魔性の女〉のタイプは異性である男子からは絶大な人気があるのですが
同性である女子からは嫌われる傾向があります。
〈色目を使っている〉とか〈男に媚びている〉とか〈少しモテるからって調子に乗っている〉と取られてしまうのです」
「そんな馬鹿な、そんなの言いがかりだろ⁉︎」
「ええ、言いがかりです。でもそれが女の子の面倒なところと言いますか、男子にはない感情なのです。
女性は〈女の武器〉を使う女を毛嫌いする傾向がありますからね
篠原さんはそういうタイプだと誤解されたのかもしれません。
もちろんそれを計算でやっている〈あざと可愛い〉女子もいますが
そういう人は神経が太いとか、同性からの反感を承知でやっている人が多いので
そこまで深刻な事態にはならないことが多いのです。
しかし篠原さんのように天然でやってしまう人は何も悪い事をしていないのに
いつの間にか周りの女子が敵ばかりという事もあるのです」
「元々篠原さんにあまりいい感情を持っていなかった女子たちが
今回の事をきっかけに一斉に篠原さんの敵に回ったということか……」
「はい、わかりやすく言えばそういう事です。そして最初のうちはただの無視だったのですが
いじめというのは段々とエスカレートしてくるものです。
篠原さんへといじめは日に日にひどくなっていき、未来では後一ヶ月で彼女は不登校となります」
衝撃の事実に言葉が出なかった。いつも明るい彼女がそんな悩みを抱えていたなんて……
あの時態度が豹変しあれほど怯えていたのは、おそらくクラスの女子と偶然出くわしたからだろう。
男と一緒のところをクラスメイトに見られたりしたら次の日からどんな嫌がらせをされるかわからない
そんな恐怖が彼女をあれほど怯えさせたのだ。それを知った時、俺の胸の奥からどうしようもなく怒りが込み上げてきた。
「男子にとって異性にモテるというのは喜ばしいステイタスになるでしょうが
女子にとっては必ずしもそうではないという事です。
特に篠原さんの場合、子供の頃からそれで随分と苦労してきたようですからね。
自分の預かり知らぬところで周りから勝手に逆恨みや嫉妬をされているのですから」
そのあまりに理不尽な境遇にどうしようもない程の憤りを感じてしまい言葉が出ない。
人生でこれほど腹が立った事はないと断言できる程にやり場のない怒りが込み上げてきた。
そしてそれは目の前にいるみのりにも向けられた。
「どうしてその事を今まで黙っていた?」
「そ、それは……」
みのりはバツが悪そうに目を伏せる。
「篠原さんが抱えている問題はものすごく重要な事じゃないか
それをあえて俺に隠していた理由は何だ?納得できる理由とやらを教えてくれるのだよな?
その理由次第ではいくらみのりでも許さないぞ」
俺は怒りの感情のままにみのりに対して厳しい口調で問い詰める。
それは質問というより尋問と言ってもいいものであったが、それほどまでに俺は腹を立てていたのだ。
「すみません」
「謝って欲しいのではない、なぜそんな事をしたのだと聞いている」
みのりは口籠もって中々話をしようとはしなかった。その態度を見て俺は全てを悟った。
「なるほど、俺に教えなかったのは例の〈あのお方〉とやらの意向という訳か」
みのりは無言のまま肯定も否定もしなかった。だがそれが俺の推察が当たっている何よりの証拠だと確信する。
「ふざけやがって、そいつがどれだけ偉い人間かは知らないが、人を何だと思ってやがる。
篠原さんや俺が困るのを楽しんでいるのか?とんだ悪趣味サイコ野郎だぜ」
俺が嫌悪感を交えた言葉を吐き捨てるように言い放つと、みのりが慌てて反論してきた。
「それは違います‼︎」
「どう違うのだよ、やっている事を考えれば人の気持ちを弄ぶサイコ野郎じゃねーか」
俺の言い方が気に入らなかったのか、みのりは唇をかみしめ一瞬睨むようにこちらを見てきたが
気持ちを落ち着かせるように目を閉じると、ふう~と息を吐き出し改めて話し始めた。
「わかりました、全てお話しします。篠原さんの事をなぜ最初から松岡さんに話さなかったのか。
それは松岡さんの感情です」
「俺の感情?どういうことだ?」
「はい、もし最初からこの事実を松岡さんに伝えていればあなたはどう思いましたか?」
「どうって……何とかしてあげたい、と思うはずだが」
「そうですよね、それが普通の人間の感情だと思います。ですがそれは本当に愛情ですか?
篠原さんを不憫に思っての行動、つまり同情ではないでしょうか?」
言われてみればそうかもしれない。彼女が好きだからどうにかしたいと思う今の感情とは違い
彼女がかわいそうだから助けてあげたいという気持ちになっていただろう。
そんな俺の気持ちを察したのか、みのりは話を続けた。
「どうやら理解してもらえたようですね。だからこそあのお方はあえてその事実を伝えずに
松岡さん自身で篠原さんの異変に気づいて欲しかった
同情ではなく愛情で彼女を救いたいと思って欲しかったという訳です。
それは一種の賭けではありますが、子供の頃からモテていた篠原さんを本気にさせるには
うわべだけの同情ではなく本当の愛情を持って彼女を救ってやりたいと思わなければ
彼女の心を射止めることは無理だと判断したのです」
「あのお方の考えとやらはわかった。だがやり方が気に食わない
結局篠原さんが苦しんでいるのをしばらく放置して俺の気持ちを利用しようとしたってことじゃねーか。
そのやり方が、一番効率が良く成功率も高いという理屈はわかる
だが納得はできない。全てが終わったら絶対に〈あのお方〉とやらをぶん殴ってやるからな」
「やめて下さい、あのお方は本当に優しい方なのです。松岡さんの怒りは最もですが
私に免じてどうか許して下さい、私にできることであれば何でもしますから」
テーブルに額がつくほど深々と頭を下げ謝罪をするみのり。
だがこういったみのり言動が益々俺を苛立たせる。なぜなら俺とみのりはここまで二人三脚で作戦を実行してきた。
愛とか恋とかの感情とは違うがある種の信頼関係の元にやってきたと言ってもいいだろう。
そんなみのりが俺ではなく常に〈あのお方〉側に立って発言している事に腹が立つのだ
みのりがこれほどまでに全面的に信頼する〈あのお方〉とやらに俺は嫉妬しているのかもしれない。
だがそんな事は口が裂けても言えない、みのりは日本の未来を救うために必死でやっているのだ
俺より年下の女の子が全てを賭けて頑張っているというのに
〈みのりが俺よりあのお方とやらを贔屓するのが気に入らない〉とか心の狭いことを口にしたら
男としてカッコ悪い事この上ない、だから絶対に言えない。
「わかった、じゃあこの件は一旦保留だ」
「暴力を止めるとは言ってくれないのですね?」
「ああ、前向きに善処するというところだ」
〈ぶん殴るのを止める〉とまで言えないところが器の小ささなのだろう。
俺がこんな言い回しをしたのは、みのりの慕う〈あのお方〉というのはどうせ偉い政治家か
大金持ちの実業家とかなのだろうと思ったので、わざと皮肉めいた言い方をしてみたのである。
「わかりました、その件はまた後日お話ししましょう。では今回の件の資料をお見せします」
みのりは持ってきた鞄からクリアファイルに入った何枚かの資料を出してきた。
「ここに篠原さんをいじめている首謀者の男女の資料が載っています」
差し出された資料を引ったくるように手に取り急いでそれに目を通す。まずは女子の方のデータを見た。
「森本樹里 父親が都議会議員、母親が教育委員会の偉いさんと言う訳か。
なるほど、典型的な上級国民気取りのお嬢様というわけだな。
性格は勝ち気で負けず嫌い、自尊心が高く自分が中心でないと我慢できないタイプか……
自分の惚れた男が他の女に告白してフラれたというのが我慢できなかったという事か。
こりゃあまた面倒な女に目をつけられたな、篠原さんは。
なるほど、プライドの高いお嬢様が少し悪い男に惚れるとか
昔の漫画で見たことあるが今でも本当にあるのだな。この学校だけ時間の流れが止まっているのか?」
資料に目を通しながら少し呆れ口調で言ってみた。
「これがもう一人の首謀者、男子の方です」
みのりがもう一枚の資料を俺に手渡す。そしてそれを見た時
俺は大きく目を見開きマジマジとその資料を見つめた後、みのりに語りかけた。
「みのり、一つお願いがある」
「何ですか?私にできる事であれば……」
「俺は明日、篠原さんの通う学校に乗り込む。事と次第によっては少々暴れることになるかもしれん
その場合はなるべく穏便に済ますというか、事を大きくしない為に問題をもみ消して欲しいのだが、できるか?」
「わかりません。あまり事が大きくなると無理ですが、できるかぎりやってみますとしか言えません、すいません」
「ああ、それで十分だ」
俺の決意は決まった、そして翌日、決戦の日を迎えることになるのである。
頑張って毎日投稿する予定です。少しでも〈面白い〉〈続きが読みたい〉と思ってくれたならブックマーク登録と本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです、ものすごく励みになります、よろしくお願いします。




