恋の形20
それから俺たちは取り止めのない会話をしながら美味しい料理を堪能した。
混雑していることもあり食べ終わった後はすぐに店を出た。
「美味しかったね、さすがは評判のお店だったわ」
店を出ると背伸びしながら満足げに話す篠原さん。
「
確かに美味しかったけれど、量的には少しもの足りないかな?」
「確かに、パスタ一皿では食べ盛りの高校男子にとっては少し物足りないかもね?」
「と、食べ盛りの女子高生が言っております」
俺がおちょくるように一言入れると、篠原さんは即座に反論してきた。
「私そこまで食いしん坊じゃないもん‼︎」
「あなたが食いしん坊じゃないとなると、力士ですら過食症と判断されてしまうのでは?」
さらにからかうと、上目遣いのまま再びこちらを睨みつけてくる爆食の天使。
「松岡くんの意地悪‼︎」
その一言で頭に電流が走り、思わず背中がゾクっとしてしまった、何か新しい扉を開いてしまったのだろうか?
「でも今日は食べ歩きが目的だからここで満腹になってしまうよりはマシじゃね?篠原さんももっと食べたいでしょ?」
俺の問いかけには答えず恥ずかしそうに視線を下に向ける。最近気が付いたのだが彼女は
体は小さいが食べるのが好きだという事もあってとにかくよく食べる
その小さな体のどこに入るの?というくらい食べるのである。
「それにしても篠原さんがうらやましいよ。どれだけ食べても太らないというのは一種の特技だからね」
「それって褒めているつもり?それとも私馬鹿にされている?」
ジロリとこちらを見つめながら放った言葉には少し苛立ちというか、怒りの感情が入っているようにも思えた。
「いや、違う、違う。本心で言っているのだよ、誤解しないで」
ここでご機嫌を損ねてしまったらここまでの積み上げが台無しである。
俺は慌てて否定したが彼女はまだ疑いの目でこちらを見ている。
「でも松岡君全然太っていないじゃん、女の子ならともかく、男の子でそこまで体重を気にすることあるの?」
なるほどさすがに女子ならではの視点である。だが疑われたままでは今後にも支障をきたすため
俺はそれっぽい言い訳を並べてみることにした。
「俺は空手家だからね。大会に備えて体重調整というか、減量とかあるのだよ」
俺の言葉を聞いた彼女は目を大きく見開き、驚いた様子で問いかけてきた。
「えっ、空手ってボクシングみたいに減量とかあるの?」
「ああ、あるよ。ボクシング程細かく階級分されているわけではないけれど
俺の習っている流派では四段階に分かれている。俺は中量級だから60kg以上70kg未満での出場になるんだ。
俺はそこまで減量がきつい方ではないけれど、ナチュラルウェイトだと
70kgを少しオーバーしてしまうことがあるからね、大会前は気を付けているよ」
「へえ~凄い」
感心しながらこちらをマジマジと見つめる彼女。どうやら期限は治ったようでヤレヤレといった感じである。
「じゃあ食べ歩きとか減量に支障をきたさない?」
心配そうにこちらを見つめてくる彼女の姿に思わずキュンとしてしまう。もう完全にやられているな、俺。
「大丈夫だよ、大会はまだ先だし、俺はそこまで太る体質じゃないからね」
「そうなんだ……でも凄いのね、格闘技って。松岡
君が空手やっていると聞いた時は
イマイチピンと来なかったけれど、減量とか聞くとやっぱり格闘家というか、アスリートなのだなって今初めて実感したよ」
感心されるのは悪くない気分だが、ここのところ全然道場には行けていない。
もちろん日本の未来と皆の命を救うためにそれどころではないからだが
前回のチャンピオンとして少し焦りのようなものはあった。
だがそれを悟らせてはいけないので、とりあえず少し話題を逸らすことにする。
「まあ空手に限らず格闘技というのは体の大きさや体重の重い方が有利だからね
わかりやすくいえば〈デカい奴は強い〉という理屈だよ。
だからある意味完全な無差別の相撲取りとかすごいなと思うけれどね」
無理矢理話題を逸らしたせいでどう考えても女子向けの会話じゃないことにかが付く。
だが俺の話を聞いた彼女は何か思うところがあったのか、深刻な顔でボソリと呟いた。
「やっぱり大きい人は強いんだ……」
その様子が少し気になった俺はそれとなく聞いてみる。
「何か気になることでもあるの?」
「えっ?別に何もないよ、じゃあ次のお店に行こうよ」
明るい笑顔でそう言った彼女はそのまま歩き始めた。その言い方に何か引っかかるモノはあったが
特に気にすることもなくその場はやり過ごした。
それから俺たちは色々なところを回った、とはいえ予算上の都合があるのでちゃんとしたお店だけでなく
屋台のような店からコンビニの新作スイーツまで様々だ。
今回のコンセプトは〈おいしい物を一杯食べよう〉というだけなのでおいしい物であれば特にこだわりはない
というより俺にとってはそんな事すらどうでもよかった。
今こうして彼女とすごす時間がとてつもなく楽しかったからである。
午後になるころには日本の未来の事とか、次々と別の女性に気持ちが移ってしまうといった
自己嫌悪すら完全に頭から抜け落ちていて純粋に彼女とのデートを楽しんでいた。
楽しい時間はあっという間に過ぎるというが俺たちは時間の経つのも忘れて色々な物を食べ歩いた。
目標である店を全て回れたわけではないが日もすっかり落ち、辺りは暗くなっていた。
俺たちは駅に到着しそれぞれの家路へと帰宅することになる。
本来お嬢様の彼女をこれ以上遅くまで引っ張りまわすわけにはいかない
名残惜しいがカボチャの馬車ではなく在来線に乗って帰るシンデレラを見送る時間なのである。
「今日はありがとうね、松岡君。本当に楽しかったよ」
「いやいや、こちらこそ。回れなかった店もまた今度行こうよ」
「本当に?また付き合ってくれるの⁉」
「もちろん、姫君の行かれる所であれば、この松岡優斗、何処までもお供つかまつる所存にございます」
かしこまって仰々しく頭を下げると、彼女はクスクスと笑いながら俺の胸を軽く叩いた。
「もう、松岡君は冗談ばっかり言って。それじゃあ本気で言っているのか、はぐらかされているのかわからないよ」
「もちろん本気で言っているよ、今日は俺も本当に楽しかったし、できれば猪原さんと毎週行きたいくらいだと思っているよ」
「ありがとう、嬉しい」
まぶしい笑顔で微笑む彼女の姿に思わず息が止まる。だがその時である。
彼女の表情が一変し険しい顔へと変わる。そして急に俺の背中に回り込み隠れるように身を縮めたのである。
俺には何が起きたのか全くわからず思わず問いかけた。
「ど、どうしたの、篠原さん?」
「ごめんなさい、もう少しこのままで……」
先ほどとは違い蚊の鳴くような小さな声で答えた、彼女が小さな体を震わせているのが背中越しに伝わって来る。
何だ、これは?一体何が……
何が何だかわからないまま戸惑っていると、前から三人組の若い女性が歩いてきた。
見たところ俺たちと同い年ぐらいの女子で何やら楽しそうに話している
そしてこちらを気にすることもなく何事もなかったかのように俺たちの横を通り過ぎて行った。
よくわからないがどうやら彼女はあの三人組の女子から身を隠したかったみたいだ。
「もう行ったみたいだよ」
俺がそう告げると彼女はゆっくりと俺の背中から離れた。
だが顔から血の気が引き、先ほどまでの幸せそうな表情はどこにも見えなかった。
「ねえ、篠原さん。あの子たちと何かあったの?」
だが彼女は俺の問いかけには答えなかった、無言のまま静かに背中を向けると、そのままトボトボと歩きはじめる。
「ちょっと、篠原さん‼」
慌てて呼び止めると、彼女は一瞬ビクッと反応し背中を向けたまま小さな声で答えた。
「ごめんさない……」
その短い言葉には謝罪と共に〈これ以上は聞かないで〉という意思が感じられた。
あれほど楽しかった一日が最期の最後で台無しになってしまった気分だ。
というより篠原さんに何があったのか知らずにはいられない。
あの明るくて前向きな彼女にあんな表情をさせる事がどうしても許せない
絶対に俺が何とかしてやる。そんな決意を胸に彼女の後姿を見送った。
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