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恋の形  作者: 雨乞猫
17/30

恋の形17

篠原さんと別れ電車に乗って家路へと戻る。今日は母親が仕事場の忘年会で遅くなるため


作り置きの夕食を温めて一人で食べる事になっていて、駅から家まで約五分の道のりをとぼとぼと歩いて帰る。


時間も遅く今にも雪が降りそうなこともあってか、家に近づいていくほど辺りは静けさを増し


それに比例して周りの人影も無くなっていく。俺の父親は俺が中学一年生の時に離婚しているので


今では母親と俺の二人暮らしだ。家は住宅街の中にある古い公団住宅


築四十年以上たっている古い建物なので家賃が安く家計には助かっているようだ。

 

街灯も少なくなり杓子定規のように整然と並んでいる団地がいくつも並んでいる自宅へと帰って来ると


俺の住む団地の前で立っている一人の人間が視界に入ってきた。


人気もなく薄暗い夜の住宅街の街灯の下でポツンと立っていた少女はみのりだった。


大き目の赤いダッフルコートを身にまとい、モコモコした感じの茶色いブーツに赤い毛糸の帽子


そして白いマフラーという寒さ対策万全といった重武装。


それでもこんな寒い夜に一人で待っているのはさぞかしきつかっただろう。


向こうは無言のまま近づいて来る俺の方をジッと見つめている。

「こんな夜にどうした?いつものように電話じゃダメだったのか?」


「昨日の電話での松岡さんの様子が少し気になって……」

 

それほどおかしな感じを出したつもりはなかったのだが、みのりはどうやら何かを感づいたらしい


こんな若くても女という生き物はどいつもこいつも本当に勘が鋭い


というより感受性の問題なんのだろうか?俺はそんな事を考えながら顔を逸らした。


「住宅街とはいえ、こんな夜の人気のない場所で女の子が一人でいるモノじゃない。駅まで送るからさっさと帰れ」


「帰りませんよ、松岡さんからちゃんとお話を聞くまでは」

 

思わず視線を逸らす俺とは対照的に、まっすぐこちらを見つめ語りかけてくるみのり。


その目は〈話を聞くまでは一歩も引かないぞ〉と訴えかけてきているようだ。


俺のバツの悪さを見透かされているようで益々話したくはない


だが向こうにしてみれば日本の未来と大勢の人間の命がかかっているのだ。


俺の男のプライドとか、デリカシーとか言っている場合じゃないのだろう。


それはよくわかる、わかるからこそ余計に嫌なのだ。

 

少しの間二人の間に沈黙が訪れ重苦しい空気がこの場を支配する。


そしていつの間にか空から白い雪が降り始めた、天から緩やかに下りてくる真っ白な雪はまるで俺に


〈頭を冷やして素直になりなさい〉と言っているようにも思えた。


「わかった、ちゃんと話す。だがこんな夜に外で話すのもアレだしな


雪も降ってきたし俺の家に来いよ、今日は母さんいないから」

 

俺は観念したかのように意を決し、みのりにそう告げ先導するように歩きはじめる。


「そのセリフの言い回しは少し気になりますが、ではお邪魔します」


 俺の後について来るようにみのりも続く。家の鍵を開け電気をつけるとすぐさま暖房と電気ケトルの電源を入れる。


「コーヒーでいいか?」


「ええ、お構いなく」

 

母さんが忘年会からいつ帰って来るかわからないので、本当はすぐにでも話し始めた方がいいのだろうが


気持ちに整理をつけるためコーヒーを入れるふりをして少し間を取った。


もしかしたらこのこざかしい行為でさえもみのりには見透かされているのかもしれない。

 

お湯が沸いた様なので普段母親が使っているマグカップにインスタントコーヒーを入れ


みのりの前にそっと差し出す。この寒空の下でずっと俺を待っていたのだからさぞかし体も冷えていることだろう。


だがみのりは湯気のたったコーヒーには手をつけず、俺が話始めるのを待っていた。


「ミルクと砂糖は?」


「別にいりません。それよりお話の方を聞かせてはくれませんか?」


こちらが踏ん切りをつけるためにあえて間を開けて話を切り出さなかったのだが


みのりにしてみれば単に焦らされている様に思えたのかもしれない。


俺は自分のコーヒーを一口だけ口に運び、小さく息を吐いた後、話し始める。


「さて、どこから話そうか……みのりは俺の家庭のことも知っているのだよな?」


「はい、多少は。松岡さんが中学一年生の時にご両親が離婚


それ以来母親と二人暮らしで今に至る。私が知っているのはそれぐらいですが」


「その通りだ、俺の両親の離婚の原因は知っているか?」


「そこまでは……でも松岡さんのご両親の離婚と今回の件に何か関係あるのですか?」

 

俺が脈絡無く両親の話をしたせいで、おそらくみのりには話をはぐらかしているように思えたのだろう。


「まあ聞いてくれ。俺の父親は母さんより一つ年下で温厚で寡黙な人だった。


俺の知っている両親はいつも母さんが言いたいことを言って父さんは黙って聞いているといった感じだった。

 

俺自身、小学校高学年くらいになってからは父さんに怒られた記憶はほとんどない。


そんな父さんがある時、会社の若い子と浮気をしたんだ。


それがバレて母さんは烈火の如く怒ってな父さんを散々罵倒した挙句そのまま離婚した。


父さんは罵倒されている時も離婚届を突きつけられた時もずっと黙ってそれを受け入れた」

 

俺は間を取るように話を中断して再びコーヒーを一口飲む。


「そうですか。よくある話ですが、浮気をしたお父様に弁解の余地はありませんね」


「全くだ、母さんもいつもあれだけ好き勝手な事ばかり言っているのだから父さんの気持ちもわからなくはない。


だが浮気なんかしたら家庭の崩壊を招くし家族からの信用がなくなるのは当然だろう


そもそも誰も得をしないじゃないか。結婚というのは(この人とずっと添い遂げる)


という覚悟があってするものだろ?俺には父さんの気持ちは理解できなかった」

 

心を落ち着けるために再びコーヒーを口に運ぶ、みのりの方も俺が何を言いたいのかまだわからない様だが


一応黙って話を聞いてくれている。


「両親が離婚して一週間後ぐらいだったかな、母さんの様子は特別普段と変わらなかった。


離婚してもそんなものなのか?と思っていたのだが、ある日の夜、夜中に喉が渇いて起きた時


母さんが台所で泣いていたんだ。おそらく俺に聞かせたくなかったのだろう、必死で声を殺して泣いていた。


その姿を見て胸の奥から言いようのない怒りが込み上げてきた。


だから俺は母さんをこんな目に合わせた父さんが許せなかった。


その時、そんな男にだけはなるまいと心に誓ったんだ」

 

みのりは何の関係もないこんな話を黙って聞いてくれている。


そんなみのりのためにも俺は心のうちを全て話さなければフェアじゃないと思い思いのたけを打ち明ける決意をする。


「長々と関係のない話をしてすまない、だがここからが本題だから聞いてくれ。


俺は大好きだった彼女に振られて本当に落ち込んでいた


それなのにあれから一ヶ月も経っていないというのに早紀に心惹かれ始めた

きっかけは未来の日本と早紀の命がかかっているからではあったが


そんなことは関係なく早紀と過ごす時間が楽しかった。俺は早紀のことが本当に好きになっていたし


早紀も俺の事を好きだと言ってくれた。そんな早紀との関係を無かったことにしなければいけなくなった時は本当に辛かった


苦しくて涙がでた、もしかしたら彼女に振られた時より辛かったかもしれない。


もうこんな思いをするぐらいならば全てを投げ出して逃げたいとまで思ったんだ。


でもみのりに諭されて渋々篠原さんに近づいた。だがどうだ


今度は篠原さんに心動かされ始めている自分に気づいたんだよ。

何なのだ、俺は?彼女に振られてまだ三ヶ月しか経っていない


早紀とのことはまだ一ヶ月前ぐらいだ、それなのに……」

 

みのりもようやく俺の言いたいことに気がついた様だが、それでも何も言わずただ黙って聞いていてくれている。


「それで気がついたんだ、やっぱり俺は父さんの子なのだなと。


この人のことが一番好きだと心に決めても、すぐに次の女の子を好きになれる、器用でいやらしい人間なのだと……」

 

それ以上は言葉が出なかった。そこで俺をフォローするようにみのりが口を開く。


「でも、それは私が無理やり松岡さんに頼んだことですし……」


「関係ないよ、きっかけはみのりから頼まれたことだとしても


俺が早紀や篠原さんに心動かされていたことは事実なんだ。


彼女に振られてあんなにショックだったのに……俺は自分という人間がほとほと嫌になった


おぞましいとすら思えるんだ」

 

胸に支えていたことを全て吐き出しみのりに打ち明けた。恋愛経験もない女子中学生に何を言っているのだ?


と、我ながら呆れるが、こんな事はみのりにしか話せないのだ。


正直聞かれたくはなかったが聞いて欲しいというジレンマ。


それ自体は解消されたが、それがさらに自分を惨めにさせた。


「それで、松岡さんはどうしたいのですか?」

 

俺の気持ちを確かめるべく慎重に問いかけてくる。


「どうもこうもないだろう、俺がここで投げ出せば大勢の人間が死ぬ


何より早紀も篠原さんも死んでしまうのだろう?選択の余地なんてない、やるさ」

 

俺は自分に言い聞かせるように、やややけくそ気味に言い放った。


「すみません、松岡さんに全てを押し付けてしまって。


私にできることならばお手伝いしますから、何でも言ってください」


「だから女の子が(何でもします)とか言うな。もし俺がエロいことを頼んだりしたらどうするつもりだ?」


「いいですよ」

 

あまりに意外な返事が返ってきた、てっきり罵倒されるかと思っていただけに


俺は驚きを隠せずみのりの顔をマジマジと見つめた。


「松岡さんにだけ責任を押し付けて辛い思いをさせているのですから


私だって……そのぐらいの覚悟はできているつもりです」

 

肩を小刻みに震わせながら真剣な表情でこちらを見つめるみのり


その心境がこちらまで伝わってきて俺は思わず顔を逸らす。


「馬鹿、冗談だ。そんな事を間に受けるな‼︎」

 

惨めだった、様々な相手に心揺り動かされ、フラフラと流されてしまう自分に幻滅し


八つ当たり気味にみのりにぶつけてしまったというのに


年下のみのりの方が余程腹が座っていて覚悟が決まっているという事に。

 

それからしばらくお互い何も話さず時間だけが過ぎていく


重苦しい空気が心に重圧をかけてくる。気まずい雰囲気に耐えきれなくなった俺は話題を逸らすように口を開いた。


「それで今日の報告だが、篠原さんとは今度食べ歩きのデートをする事になった」


「そうですか、でも食べ歩きとなると結構お金が必要ですよね?


資金援助の方はこちらでいたしますから必要と思える金額を言ってください」


「いや、それには及ばない。もうすぐバイト代が出るからそれで大丈夫だ」


「でも松岡さんがバイトに入ってそれほど日にちが経っていませんよね?


バイト代といってもそこまで多くのお給金はもらえないはずです、だったら……」

 

みのりはあくまでデートの成功を考えて提案してくれているのだろうが、どうしてもそれを受け取る気にはなれなかった。


「資金援助はいい、せめてそれぐらいは自分でさせてくれ」

 

ちっぽけなプライド、男の意地とでも言うのだろうか。日本の未来がかかっていると言うのに


そんなつまらないことにこだわっている自分がすごく小さく思えたが、どうしてもそれだけは譲れなかった。


「わかりました、出過ぎたことを言ってすみませんでした」

 

全てを察したみのりは素直に頭を下げる。こいつは本当に察しがいい


みのりが誰かと付き合う事になったら本当にいい彼女になるのではないか?


そう考えたら、なぜか急に笑いが込み上げてきた。


「何がおかしいのですか⁉︎」

 

急に笑い始めた俺に怒りの表情を見せた。


「いや、ごめん。みのりが殊勝な態度をしているのを見るとなぜか笑えてきてな」


「何ですか、それは⁉︎こっちがどんな思いで……もう‼︎」

 

頬を膨らませ、上目遣いでこちらを睨みつけるように見てくる。


「だから悪いって謝っているだろうが、それにみのりは将来いい彼女になるのだろうなと思ったよ、これは嘘じゃないぜ」


「何ですかそれは、私を口説いているのですか?松岡さんは本当に見境がないですね」

 

みのりは腕組みしながらプイッとそっぽを向く。その仕草はどこか愛らしく


マスコットキャラのような可愛さを感じさせる。


「前にも言ったが、みのりは全然タイプじゃないから安心しろ」


「どうですかね?松岡さんはさっき私を性的な目で見ていたじゃないですか


私を欲求不満の性欲のはけ口にしようとしたくせに、よく言いますよ」


「だ か ら、あれは冗談だと言っただろうが‼︎それに年頃の女の子が(性欲のはけ口)とか言うんじゃない‼︎」


「松岡さんに道徳的な指摘をされても全然心に響きません


どの口が言っているのか?っていう感じですかね。言うなれば盗人猛々しいというか……」


「お前なあ、みのりは俺を何だと思っているのだ?」


「欲求不満の年中発情男だと思っていますが?」

 

先ほどまでの重苦しい空気は一変し、いつもの感じが戻ってきた


それから俺たちは雑談を交えながら今度のデートプランを話し合った。


「では私は帰ります、だいぶ遅くなってしまいましたから」

 

壁にかけてある時計を見ながら横に置いてあるコートに手を伸ばすみのり。


思い出したかのように冷め切ったコーヒーを一気に飲み干すと、静かに立ち上がる。


「おう、じゃあ駅まで送るよ」


「一人で大丈夫ですよ」


「いやもうだいぶ遅いからな、一応みのりも女だし。女性の夜道の一人歩きは危ないぞ」


「どうですかね、松岡さんと一緒の方が危ない気がしますが……」

 

含み笑いを浮かべながらジト目でこちらを見てくる。


「馬鹿、俺がその気ならもうとっくに襲っているぞ」


「やっぱり松岡さんはそういう人だったのですね?」


「お前なあ、いい加減に……」

 

俺がそう言いかけた時、突然玄関のドアが開いた。


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