恋の形15
「と、いう訳なんだ。まあ俺も反省しているので説教はお手柔らかに頼む」
〈いや、説教なんかしませんよ。むしろ良くやったと言いたいぐらいです〉
「そうなのか?何かいきなりがっついて軽薄な男と思われたかもしれないし。
その辺りをみのりに怒られると思ったのだけれど」
〈怒りませんよ、むしろ積極的に行ったうえでの結果ですから、何もしなかったというより遥かにマシです。
ヘタレな松岡さんにしては良くやったと褒めてあげたいぐらいです〉
「ああ、そうですか。お褒めに預かり恐縮です」
相変わらず上から目線のみのり嬢だった。
〈それにしても初日から随分と仲良くなれましたね
私のシミュレーションでは松岡さんが篠原さんと普通に喋れるまでに一週間はかかると踏んでいたのですが……〉
「お前の中の俺はどんだけヘタレなのだ?まあ俺的にも想像以上ではあったが。
それについて一つ気になった事があるのだが……」
〈何ですか?篠原さんのスリーサイズとか下着の好みとかは教えられませんよ〉
「聞くか、そんなの‼︎俺を一体なんだと思っているのだ⁉︎」
〈まあ、これは冗談ですが。何を聞きたいのですか?〉
「今回のターゲットになっているというならば、篠原さんは過去に誰とも付き合った事は無いのだよな?」
〈ええ、そのはずです〉
「でも彼女はかなりモテるのではないか?見た目もかなり可愛いし、気さくで明るくてそのうえ家庭的だ
周りの男が放っておかないと思うのだが」
〈まあ、モテるからといって過去に彼氏がいたとは限りませんからね〉
「まあ、確かにそうだが……」
そういえば香奈ちゃんもあれだけ可愛いのに過去には誰とも付き合ったことがないと言っていたな。
【モテる=彼氏持ち】という理論は成り立たないという訳か。
「それと、彼女。学校とか友人関係とかで、何か問題でも抱えているのか?」
〈どうしてですか?〉
「いや、何となくだけれど……」
あれほど物事をハッキリと話す彼女が学校に事だけはなぜか口ごもった
気のせいかもしれないが、そこが何か引っかかったのだ。
「資料を見ても特にそのような事は書かれていないし、友達がいないというタイプにも見えない
それなのに学校の話題になったら急に口ごもってしまって。それが少し気になった」
〈普段はヘタレのくせに意外と細かい所まで見ているのですね〉
「うるせーよ、やっぱり何かあるのか?」
〈べ、別に何もないですよ。気のせいじゃないですか?〉
だが、みのりのその言い方には少し違和感があった。
「みのり、お前何か俺に隠していないか?」
〈な、何ですかそれは⁉わ、わ、私は別に、秘密とか、嘘とか、無いですよ、全然‼〉
明らかに言動がおかしい。動揺が丸見えで声のトーンすら上ずってしまっている。
コイツ本当に嘘が下手だな。それにしても、もし篠原さんに何か重大な秘密があったとしても
みのりが俺に隠す理由は何だ?一刻も早く彼女を口説き落とさなければ日本が危ないというのに……
「どうしても俺には言えないというのだな?」
〈お、おかしな言いがかりはやめてください。私もオコ、じゃなくて、怒りますよ〉
これほど必死で隠そうとするところを見ると、これは例の〈あのお方〉の指示という事か。
「わかった、俺に言えないというのならばそれでいい。みのりはこれからも協力してくれるのだよな?」
〈当り前じゃないですか、松岡さんが何を言っているのか、さっぱりわかりませんが。
今後も精一杯協力させていただきますよ〉
理由はわからないが今後も協力体制を続けてくれるというのは本当の様だ。
彼女の秘密については、〈自分で調べろ〉という事なのか
それとも〈そこには触れるな〉という事なのかはわからない。
だがどうせ考えてもわからないのだから自分で探ってやる。〈あのお方〉の意向など知ったことか。
会った事も喋った事もない人間にどこか腹を立てている自分に少し驚いたが
今までの仕打ちを考えればそれぐらいの事は許されるだろう。
人の気持ちを弄ぶようなことをしやがって、これが全て終わったら
みのりが何と言おうと一発ぶん殴ってやらないと気が済まない。
そんな事を考えながらその日以来、俺は毎日のように通うバイトにも段々と慣れ始め
篠原さんとも徐々に仲良くなっていった。
基本的に店長が調理場で料理し篠原さんがその調理の手伝いとその都度必要な作業
俺は店頭での接客と雑用といった割り振りである。時間的に昼時と夕方には目が回るほど忙しい時もあるが
その時間帯を除けば比較的ゆったりできるのもこのバイトの特徴だ。
空いている時間ではバイト同士が喋っていても店長は特に注意する事もなく
ある程度自由にさせてもらっていたので俺たちは取り止めのない話を交わしている。
俺と篠原さんの他にもバイトが二人いるのだが、その二人と俺がシフトをかぶることはほとんどない。
どうやらその辺りも裏でみのりが手を回しているようだ。
その日も学校終わりにバイトに入り、夕方のピークを過ぎてひと段落したところ
俺と篠原さんが話していると店長が声をかけてきた。
「今日はもうそんなにお客さん来ないだろうから、二人とも早めに上がってくれていいよ」
その言葉に従い俺達は普段より三十分早めにバイトを終わり、タイムカードを押す。
俺の本来の目的はお金を稼ぐことではないので早く終われるのに越した事はない。
慣れない接客業は精神的にも結構疲れるのだ。空手で体を鍛えていたから体力には自信があったのだが
バイトでの疲れは全く別のものだと知った。
バイトを終わり店長一人残して店を後にする。
空はすっかり暗くなり周りの人々も忙しなく家路へと急いでいるように見えた。
「今日は結構寒いね」
「朝テレビで見たけれど、今晩雪が降るかもって言っていたよ」
「えっ、マジで?そりゃあ寒いはずだ」
冷たい風が肌を撫で、篠原さんの顔も普段より頬が赤みを帯びているように見える。
いつものように取り止めのない会話を交わしながらもその息が白く見える程に今夜は冷える。
店長が〈早く上がっていいよ〉と言ったのも、雪が降り出す前に……
という意味合いがあったのかもしれない。そんな事を考えているとあっという間に最寄りの駅に到着する。
本当はもっと篠原さんと話をしたいのだがバイト先の弁当屋は駅から近い為
すぐに到着してしまうのだ。バイト先としては便利なのだが俺に課せられた使命を考えると何とももどかしい。
「もう暗くなってきているし、家まで送ろうか?」
「大丈夫よ。ウチは駅から近いし、それに松岡くんの家は私と反対方向じゃない」
そうなのだ、この駅から俺と篠原さんの乗る電車は全くの反対方向なのでこの駅でお別れなのである。
今考えると家の住所など嘘をついておけばよかったと後悔するが、もはや後の祭りである。
周りには寒そうに首をすくめコートに身を包みながら早足で歩く人たちが次々と行き交う。
バスを待っている人たちの中にも少しでも寒さを凌ぐため細かく足踏みしている者もいた。
「じゃあね、篠原さん。また明日」
何のひねりもない別れの挨拶を口にする俺だったが、その瞬間
〈もう少し気の利いた言葉は出ないのですか?〉と言うみのりの顔が浮かんできた。
脳内でもダメ出しをされるという現象に思わず笑ってしまった。
「どうしたの、松岡くん?」
「いや、何でもないよ」
いきなり思い出し笑いをする俺を見て不思議に思ったのだろう。まあ無理もない
見方によっては単なるキモい男だしな。
「あのね、松岡くん、これを……」
別れ際で篠原さんがカバンの中から何かを取り出した。
「これは?」
篠原さんが出してきたのは二つのタッパーだった。
「これ、私が作った料理なの。あまり美味しくないかもしれないけれど……」
何と彼女の方からいきなりのサプライズ、タッパーの中身は揚げ物のようだった。
俺は驚きのあまり一瞬言葉を失う。
「ありがとう。でもどうして?」
「ほら、松岡くんこの前言っていたじゃない。〈うちの母さんは牡蠣が嫌いだから食卓に並ぶ事がない〉って
それと〈揚げ物や肉が好きだ〉って……だからカキフライを作ってみたの。
一応二種類の味で作ってみたからレンチンして食べてみて、感想を聞かせてくれると嬉しいな」
彼女はそう言ってニコリと微笑んだ。
「そんなことを覚えていてくれたんだ?」
「うん、まあね。それと最初に会った時。私の料理を食べたいとか言ってくれたじゃない。
あの時は初対面だったから少し警戒していたけれど、一緒にバイトしてみると松岡くんいい人っぽいし。
やっぱり私料理好きだからさ、誰かの食べてもらうのって嬉しいのよ。味が好みじゃなかったら捨ててくれていいから」
「捨てる訳ないじゃん。ありがとう、一口一口感謝を込めていただかせていただきます」
「そんな大袈裟な、それにその日本語は合っているのかな?」
クスクスと笑う篠原さんの姿は凄く可愛かった。
「じゃあね、また明日」
手を振りながら反対側のホームへの階段を登る篠原さん、俺はその後ろ姿を見守った。
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