恋の形13
「こ、これが光の天使……」
早紀の頭上2mほどの上空に浮かぶ巨大な物体は全長約5m、凄まじい光を纏いながらフワフワと宙に浮いている。
その謎の物体を茫然と見上げる俺。個体というより光の集合体で形成された不思議な物体は
表現しにくい形状をしていたが、天使といえばそう見えなくもない。
だがいくらここが人気のない場所だとしても、これほど巨大で眩しく光る物体が
突如上空に出現すれば嫌でも人が寄って来て大騒ぎになるはずだ、しかしそんな気配は全くない。
つまりこの光の天使は俺にしか見えていないという事だ。
「願いを言うがいい、我に叶えられる事ならば一つだけその願いを叶えよう」
早紀の口から聞いたこともないような低い声が発せられた
おそらくこの光の天使が早紀の体を借りて喋っているのだろう。
当の早紀本人は目を閉じ何の反応も見られない、いわゆるトランス状態というやつだろうか?
あまりに唐突な出来事に俺は呆気に取られ呆然と立ち尽くしてしまう。
「願いは無いのか?ならばこのまま我は去るが」
「ちょ、ちょっと待った。早紀は、早紀は大丈夫なのだろうな?」
「ああ、この者に害はない。至って健康な状態だ」
それを聞いて少しホッとする。そしてそのまま質問に入った。
「一つだけ聞きたい、アンタが出てきたという事は早紀の心が幸せで満たされたということでいいのだな?」
「ああ、この者の心は恋心による幸福感で満たされた。我にとっても貴重で十分な観測結果が得られた。
それ故にその対価を支払おうという提案だ」
そうか、早紀は俺への思いと、友達である香奈ちゃんへのコンプレックスで苦しんでいたのだな。
それが解消されて幸せに……
しかしこの後が問題だ。みのりの言うように光の天使が出てきたら
〈ここ数日の俺との記憶を改ざんしてなかったことにする〉
それが当初の計画であった。だがそれは早紀との楽しかった経験や恋人同士になれた思い出が
全て無かった事になるということだ。わかっている、ここでそれを実行しなければ
数ヶ月後にこの日本で大勢の人間が死に、早紀もその犠牲になる。
選択肢などない、それは理解している、わかっているのだ。
しかし頭ではわかっていても心が全力で拒絶する。嫌だ、また早紀とただの友達に戻るとか絶対に嫌だ
俺の事を好きだと言ってくれた早紀の顔が頭から離れない
ついさっき口づけを交わした唇の感触がまだ残っている、早紀と触れ合った温もりがまだ……
「どうした、願いは無い、という事でいいのか?」
早紀の口から発せられる言葉になぜか怒りがこみあげてくる。
「早紀の体を使って……その口で勝手な事を喋っているんじゃねーよ‼︎」
「君が何に怒りを感じているのか、我には理解できない。ならば願いは無いのだな?」
「ちょっと待てと言っているだろうが‼︎」
もう言うしかない、言うしかないのだ。本当は死んでも言いたくないセリフだが、俺は断腸の思いで口にする決意をした。
「早紀の……ここ数日の俺との記憶を改ざんして無かった事にしてくれ……」
「了解した、今より実行する」
光の天使はそう言い残すと空に溶け込むようにスッと消えていった。
早紀はそのまま意識を失いベンチに倒れ込む、俺はそれを受け止め力一杯抱きしめた。
抱きしめた早紀の体から温かさが伝わってくる、だが俺の腕の中にいる早紀はもう恋人でも何でもない
友達だった頃の早紀なのだ、それを思うと自然と涙が出た。
いつまでもこうしていたいという思いを必死で断ち切り、スマホを取り出してみのりに報告をする。
「みのり、作戦は成功した、計画通り光の天使に願いを叶えてもらったよ」
〈そうですか、それは本当にお疲れ様でした。何か私にできることはありますか?〉
「早紀を家に送ってやってくれ、俺が送るわけには行かないからな」
〈了解です、至急車を手配して早紀さんを家まで送り届けます〉
「ありがとう、助かる」
〈大した事ではありません。それで次の作戦ですが……いえ、それはまた後日にしましょう。
本当にお疲れ様でした、心より感謝します、ありがとうございました〉
「礼なんかいらない、礼なんか……」
それ以上の言葉は出なかった。胸いっぱいに広がるこの複雑な思いを言葉にすることなどできなかったからだ。
俺はみのりの手配した車が到着するまでの間、早紀の寝顔をジッと見続け一度だけ口づけをした。
今はもうただの友達なのにすまない早紀、でもこれぐらいは許してくれるよな?俺だってお前の事を……
その翌日から俺は学校を休んだ、早紀の顔を見られなかったからだ。
朝から何度もみのりからの着信が入っていたが俺はそれを無視し続けた。
みのりの言いたいことはわかっている〈早く次の作戦に取り掛かってください〉と言いたいのだろう
だがそんなすぐに気持ちの切り替えなどできない、できてたまるか。
俺は外にも出ず、すねるように部屋に引きこもった。
学校を休んで三日目、夕方になって玄関のチャイムが鳴る。
どうせ痺れを切らせたみのりが家まで訪ねてきたのだろうと思いドアを開けた瞬間、心臓が止まるかと思った。
「元気そうじゃん、ずっと学校休んでいるから大丈夫かな?と思ってさ」
目の前に立っていたのは早紀だった。数日前と何も変わらない姿、でも数日前とは明らかに違う早紀
たった一日だけの俺の彼女、早紀が目の前にいるのだ。俺は言葉を失い立ちすくむ
頭がパニックで何を言っていいのかわからない。その時、早紀の後ろで立っている一人の少女の姿に気がついた
みのりである。無言のまま上目使いでこちらをジッと見つめている。
「ああ、そういえばこの子、優斗の親戚なのだって?学校に優斗を訪ねてきていたのだけれど
体調崩して休んでいると伝えたら、家がわからないというので私がお見舞いついでに連れてきたのよ」
なぜ早紀が家に来たのか、これではっきりとした。何度連絡しても電話に出なかった俺に、痺れを切らせたみのりが
早紀を使って俺をけしかけに来たのだ。それを知った時、みのりに対して言いようのない怒りが湧いてくる。
「すまないな、早紀、ありがとう」
「うん、それぐらいの事どうって事ないよ。思ったよりも優斗の体調も良さそうだし、じゃあ私は帰るね」
「おう、明日には学校に行けると思う」
「そう、じゃあ明日学校で」
そう言い残し早紀は帰って行った。見えなくなるまでその後ろ姿を負った後
残された俺とみのりは無言のまま睨み合い、不穏な空気が漂い始める。
「やり方が汚いぞ、みのり」
「すみません、こちらも切羽詰まっているのもですから、手段を選んではいられませんでした」
「お前が言いたいことはわかっている、早く次の作戦に取り掛かれと言いたいのだろう?」
「理解が早くて助かります、その理由は言わなくともわかりますよね?」
「ああ、日本の未来の為、早紀と例の篠原さんの命を救う為だったよな」
「はい、それには一刻の猶予もないのです。松岡さんにはどんなに恨まれても仕方がないと思っています
全てが終わったら私を殴ってもらっても構いませんから」
「そんなこと言われて殴る男がいるかよ、馬鹿にするな。
そもそもみのりは例の〈あのお方〉とやらの命令でやっているのだろう?
だったら一番悪いのはそいつじゃねーか。全てが終わったらその〈あのお方〉とやらを一発ぶん殴ってやる」
「それはダメです‼︎あのお方は本当に日本の未来を憂いてこの計画を立てたのです。
今回松岡さんを選んだのも、作戦の立案やデートプランを考えたのも私なのです
怒りをぶつけるなら私にしてください、一発でも何発でも私が引き受けますから‼︎」
あまりに必死なみのりの姿を見て、引きこもっていた自分が少し恥ずかしくなってきた。
「わかったよ、やるよ」
「ありがとうございます」
みのりは深々と頭を下げる。
「それとな、みのり。女の子が〈一発でも何発でも私が引き受けます〉とか、軽々しく口にするものじゃない」
「は?それって、どういう……」
最初は不思議そうな顔をしていたみのりだが、俺の言っている意味を理解したのか
急に顔を真っ赤にしてあたふたし始めた。
「な、な、何を言っているのですか⁉︎いやらしい、松岡さんは私をそういう目で見ていたのですか⁉︎」
「そんな訳ないだろうが、俺の好きなのはもっと大人っぽい女性だ、みのりみたいなガキは眼中にないよ」
「私だってそれなりに成長していますよ、デートプランもまともに立てられない松岡さんに何がわかると言うのですか?
それに私だって松岡さんは全然タイプじゃありません‼︎」
「そうか、それならばお互いタイプじゃないということで仕事のパートナーとしてこれからもよろしく頼む、みのり」
俺の差し出した右手にみのりはそっと右手を添えた。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
こうして俺とみのりは再び未来の日本を救うために尽力することになったのである。
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