恋の形
スマホの目覚まし音で目が覚める、なるべくさわやかな音をセットしたはずなのだが
毎日同じ音でたたき起こされるとどんな音だろうが大嫌いになってしまうものだ。
いつもの事なのだが今日は特別不快に感じていた。ベッドから起き上がりカーテンを開けると
外は小雨が降っていて不快な気分をさらに陰鬱とさせた。
着替えを済ませ部屋を出ると味噌汁の匂いと母親の包丁を使うトントントンという音が自然と耳に届いてくる。
「あら、今日は随分とゆっくりなのね、朝ご飯できているわよ」
「食欲ない、今日はいらない」
「朝ご飯を食べないと健康に良くないわよ、ちゃんと食べなさい。こら、優斗‼︎」
母親の言葉も普段より小うるさく聞こえ、まともに返事をしないまま家を出た。
昨日大雨が降ったせいか、歩道には水溜りが多くできていて
歩くだけで靴に染みてくる不快な感じが余計に鬱陶しく感じさせる。
親の忠告も聞かずに朝食を抜いたのは別に反抗期とかではない、本当に食欲がないのだ。
なぜならば俺にとって今日は最悪の朝だからである。
俺の名前は松岡優斗、都内の進学校に通う高校二年生だ。
成績は中の中、特に突出している訳でもなく、悪いわけでもない。
ただ俺には一つだけ自慢できることがある。それは子供の頃から空手をやっていて
三ヶ月前の都大会では初めて優勝することができ、全国大会にも出場した。
小さい頃から近所の空手道場に通っていて、筋がよかったのだろう。
年が近い者達の中では道場の中で一番強いと言われる存在になった。
だが都内には同い年に強力なライバルがいて、俺は過去に一度もそいつに勝てなかった。
しかし三ヶ月前の大会で俺は初めてそいつに勝った。
二度の延長戦の末の僅差の判定とはいえ、常に苦渋を舐めさせられていた相手に勝ったのである。
この時は本当に嬉しかった事を今でもよく覚えている。
そして俺の幸福はそれだけでは終わらなかった。その大会のすぐ後に知り合いの女の子から一人の女性を紹介された。
彼女の名は大河内香奈。とある大物野党政治家の娘でいわゆるお嬢様だ
たまたま知り合いの女の子に誘われて空手の大会を見にきていたらしく
その時に見た俺に興味を持ったらしい。芸能事務所から何度もスカウトをされた事があるという程の美少女で
性格も明るく社交的、お嬢様なのに気取ったところがなく料理も上手で、気遣いも出来るというまさに理想の女性であった。
そんな高嶺の花ともいえる彼女が、何と向こうから俺に交際を申し込んできたのである。
今まで年齢=彼女いない歴の俺にとって、まさに青天の霹靂、どうしてこんな可愛い子が俺なんかに?
と思えたほどの衝撃だった。もちろん断る理由などなく、二つ返事でOKした。
それからの彼女と過ごした数々の出来事は俺にとって夢のような日々であり
今まで味わった事がないほど幸せを与えてくれた。
空手の大会では初めて全国大会にも出場し彼女も応援に来てくれた。
全国ではベスト16までしか残れなかったものの、俺にとっては悔いのない戦いができた。
こんなに幸せでいいのか?と思えるほど楽しく充実した時間がすぎ
それに比例してどんどん彼女の事が好きになっていった。
だがそんな幸せは長くは続かなかった。ある日、突然彼女から。
「ごめん、優斗くん。私、他に好きな人ができちゃった」
まるで、待ち合わせ時間に二分ほど遅刻したくらいの言い方で、実にあっさりと言われたのである。
俺は何が起きているのかわからず言葉も出ないまま呆然と立ちすくむ。
「これからも、いいお友達でいましょうね」
〈また明日〉くらいの口調で、笑顔のまま別れの言葉を告げた彼女は振り向く事もなく去っていった。
あまりのショックで俺はしばらくの間その場から動けなかった
いつの間にか降り出した雨に持ってきた折り畳み傘を使うわけでもなく、そのまま打たれ続けた。
その後びしょ濡れになりながらトボトボと家に帰り、着替えを済ませてから風呂に入る事もなくベッドに入ると
そこで感情が一気に爆発した。両目から涙がとめどなく溢れてくる、止めようと思えば思うほど溢れてくる
好きな人に振られるというのがこれほど辛い事なのだと改めて知った。
心が拷問を受けているかのような辛くて苦しくて仕方がない気持ち。その時初めて知ったのである
自分がどれだけ彼女のことを好きだったのかを……それが昨日の出来事である。
ここで学校をサボったりしないのが性格なのだろう。変に仮病を使って休んでも
今の状態で母親からあれこれ聞かれる方がかえって嫌なので家にいたくないというのが一番の理由だ。
朝から降っていた小雨もいつの間にか止んでいたが、陰鬱な気持ちが変わることもなく
重い足取りのまま学校へと向かう。その途中で突然悲鳴のような声が聞こえた。
「やめてください‼︎」
若い女性特有の甲高い声。そこは新しくコインパーキングのできた場所で、近くには住宅もなく
比較的人通りの少ない所で起きた出来事。何だろうか?
と声の方向に視線を向けると、二十台前半くらいの男二人が、中学生くらいの女生徒にちょっかいを出していたのである。
「いい加減にしてください、人を呼びますよ‼︎」
「ちょっとくらい、いいじゃねーか」
「なあ、俺たちと遊ぼうぜ」
いい年をした成人男性がよりにもよって女子中学生にちょっかいをかけるとは……
あいつらロリコンか?ムシャクシャしているし、ちょうどいい……
「おい、嫌がっているだろうが。止めろ、みっともない」
そ
の言葉が気に入らなかったのか、二人の男は敵意剥き出しの目でこちらを見てきた。
「あ?何だ、テメエは?」
「学生か?ガキはすっこんでろ‼︎」
凄みをきかせるように荒々しい言葉をぶつけてくるが、正直そんな言葉は全く気にもならない
本気で戦えばどうせ俺が勝つからだ。しかし俺は空手の有段者なのでこちらから手を出すわけにはいかない
黒帯を持っている空手の有段者は、凶器を持っているのと同じ扱いになる為に
こちらから手を出すと厄介なことになるからだ。
「だったらかかってこいよ、ロリコンのオッサンども。何だったら武器を使ってもいいぜ」
あえて挑発的な言葉を使い、手招きしながら相手を煽る。
正当防衛を成立させるには向こうから仕掛けてくれないと困る。
とはいえいかなる理由があろうとも、都大会の空手チャンピオンが街中で暴力事件を起こしたとなれば
次の大会出場が危うくなるかもしれない。最悪の場合、道場を破門されるという事態もあり得る。
だが、そんなことを考えるのでさえ億劫に思えるほどに今の俺は自暴自棄になっていた
ぶっちゃけていえば女子中学生を助けるという大義名分を得て、鬱憤を晴らしたかったのだ。
そんな俺の態度に何かを感じたのだろう、二人の男は顔を見合わせると〈チッ〉っと、舌打ちしながら、去っていった。
俺的にはやや物足りなさを感じながらその背中を見守っていると。
「あ、あの……ありがとうございました」
という声が聞こえてくる。そういえば女子中学生を助けたのだったな
正直そちらは二の次だったのですっかり忘れていた。
「ああ、別にアンタを助けようとしたわけじゃないから、感謝とかいいよ」
わざとぶっきらぼうに言ってみたが、俺の言っている意味が理解できなかったのだろう
その子はキョトンとした顔をしていた。改めてその子の姿を見てみると
背は低く、丸メガネに三つ編みといった典型的な真面目系女子に見える。
だが心情的にこの子に感謝されるのは嫌だった。今回は本当にこの子を助けたつもりなどなく
自分の感情のはけ口を求めて単に首を突っ込んだに過ぎないのだ
もっといえば〈ムシャクシャしていたから暴れたかった〉というのが正直な気持ちだ。
だから感謝の気持ちとか伝えられても寧ろ後ろめたさしか感じない
俺はその子のお礼の言葉も最後まで聞こうとはせず、その場をさっさと立ち去ろうとした。
「待ってください、せめてお名前だけでも‼︎」
その小さな体からは想像もしなかった大きな声で呼び止められるが、正直面倒臭いという感情しか湧いてこない。
しかし変にまとわりつかれても鬱陶しいので。
「松岡だ、でも覚えなくていいから。じゃあな」
苗字だけ告げてわざとそっけなく立ち去ろうとした、その時である。
「松岡さん?あなたが松岡優斗さんですか?」
どうして俺のフルネームを知っている?空手とかに興味があるようには見えないが……
驚いて振り向くと。その子は真剣な表情で真っ直ぐこちらを見つめていた。そして意を決したかのように口を開く。
「折入って、あなたにお願いがあるのです」
何を言っているのだ、この子は?成り行きとはいえ助けた相手にお礼じゃなくてお願い?
そんな俺の気持ちを悟ったのか、再び彼女は語り始める。
「助けてもらっておいて、いきなりお願いとか、厚かましいのは百も承知なのですが
あなたにどうしてもあなたにお願いしたい事があるのです」
鬼気迫るというか、その思い詰めた表情からも彼女の覚悟が伝わってくる。
仕方がないので話だけでも聞くことにしたのだが、その話は俺の想像していた百倍斜め上を行っていた。
「あなたに未来の日本を救ってほしいのです」
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