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嗜好:1 酒(前編)

「うわっ……あつ……あーーーーーーーーーーーーっ、もう」


 真夏のクソ暑い日差しと共に目が覚めた。

 だったらクーラーつけとけばいいじゃないと思うが、夜間のクーラーは国により禁止されているのだから仕方ない。

 『国家完全健康維持法』という法律のせいだ。

 国民の健康力を上げて医療費を削減する為に、寝る時は体を冷やしてはいけないというのがその理由。

 理屈は分かるが、正直クソだるい。

 それに、会社なんざ一分一秒でも遅く行きたいのに、これじゃ強制的に早起きになってしまう。


───まっ、仕方ねえか……


 そう思いながら俺こと『空見(そらみ) けい』は朝の支度に取り掛かった。

 汗でベトつく体をシャワーで流して部屋のテレビをつけると、ニュースやワイドショーという名の下らないやらせのショーが映し出された。

 別に見なくてもいいのだが、ドライヤーをする間の暇つぶしと一応、バカ共との話のネタにはなる。

 そんな中、今日も昨日に引き続き各局の見出しは同じだ。

 オリンピック選手が『違法な嗜好品』を摂取していた事により、出場が取り消された事で世間は馬鹿みたいに騒いでいる。

 コメンテーターもしたり顔でバカ丸出しだ。


「いや~~~徳丸さん、これどう思います? オリンピック選手がまさかの『ショートケーキ』を食べてたとか、前代未聞ですよね」

「はい。大豆由来のケーキ以外は法律で禁止されてますからね」

「ですよね。昔あったようなスポンジのショートケーキは体に悪いですし、砂糖の入った生クリームなんてもっての他ですからね」

「全くもってその通り。ああいうケーキは百害あって一利なしです。我々も食べてないのに、それをまさかオリンピック選手がとか、まさに、モラルの欠如も甚だしいとしか言えません」


 徳丸がそこまで話した時、スタジオが急にざわつき始めた。

 それと共に、女性キャスターが血相を変えて原稿を読み始める。


「この容疑者に新たな事実が発覚しました。な、なんと、ショートケーキの他に、チョコケーキとシャンパンまで摂取していたそうです!」

「ええっ! 本当ですかそれは?!」

「はい! 間違いありません! こちらが今送られてきた証拠の画像です!」


 そう言い放つと同時に、そのオリンピック選手がショートケーキとチョコケーキ、そしてシャンパンを飲んでる姿がデカデカと映し出された。

 ちなみに当然だが、シャンパンも『違法な嗜好品』に認定されている。

 その為、スタジオは騒然となり、それと共に画面横に大手SNSツブヤイターの投稿が雪崩のように表示されてゆく。


『ショートケーキだけでも違法なのに、チョコケーキとシャンパンもあるとか、そこでコンボしてるとかウケる www』


『違法な事しててもショートケーキだけならギリ擁護したかったけど、ここまであると流石に無理』


『なんか、ショートケーキごときでって意見もあるけど、違法なのを許す意味が分からない。まあ、チョコケーキとシャンパンまで発覚したら、流石に許してもいいって人はいなそうだけど』


 こういったコメントが次から次へと流れてくる。

 俺はそれを見ながら、加熱式のタバコのスイッチを押した。

 十秒ほどで加熱され吸うと煙が出てくる。

 無論、ニコチンはゼロだし無臭だ。

 ただ、何を吸ってるのかよく分からない。

 昔あった火をつけるタバコよりは体にいいとされてるが、正直、化学薬品の味しかしない。


───違法か……


 俺はハァッ……とため息をつくと家を出て会社に向かった。


◆◆◆


 会社につくと月の始めともあり、クソだるい朝礼が始まった。

 ただでさえ仕事なんてクソかったるいのに、こういうのはマジでやめてほしい。

 けど、上司の目は意気揚々と輝いている。

 会社員なんて現代の奴隷なのに、何でそんなに元気でいられるのか不思議だ。

 まあ、思考停止でもしてんだろ。


 そんな中、上司の話しが始まった。

 今期の売上がどうとか会社の行く末がどいうとか、マジでどうでもいい話ばっかだ。

 勝手にやってろってのが本音。

 会社の利益が増えても、社員にはさして還元されないからだ。

 還元されるのは、よくて今意気揚々と話してる部長クラスまで。

 基本は役員までだし、それ以下の役職者にとってはマジでどうでもいい話。


 なのにその部長、売り上げの話の次は、今朝ニュースで流れてたオリンピック選手の話をしてきた。

 

「……なので、みんなもコンプライアンスには重々気を付けるように! 法律違反が一番ダメだからな!」


 んな事は言われなくても分かってる。

 今の世の中、成果を上げるだけじゃなく、コンプラが何よりも重視されるから。

 もちろん、それは大事な事だとは思う。

 けど、俺はそればっかの世の中に俺はうんざりしてるんだ。

 そんな俺の気持を察したかのように、部長は一瞬俺をジッとイヤな流し目で見つめてきた。

 俺がそれを睨み返すと、部長はウザったそうにプイと顔をそむけた。


───ウザッてぇな、マジで。


 分かってる。

 部長がなんで俺を嫌っているかは。

 もちろん、パワハラになるので表立って言ってくる事は無いが、俺が元『酒屋』の息子だからだ。

 酒は今や『違法嗜好品』の代表格の一つ。

 あんなもん隠れて飲んだ日には、即実刑だ。

 けど、俺の親父は酒が大好きな人間だった。

 見せには色んな酒を揃えていて、誇りを持って店をしていた。

 

『俺の酒が幸せな酔いを造る』


 それが親父の口癖だったが、完全健康維持法が施行されてからは完全に廃業に追い込まれた。

 また、それだけじゃない。

 親父は世間の連中から、一気に犯罪者の目で見られるようになった。

 人をダメにする物を売って利益を得ていたと言われて。

 無論、酒屋の中でも器用な奴らは『代用酒』の販売にシフトしていったが、親父は違った。


『あんなもんは酒じゃねぇ! ただの化学薬品だ!』


 そんなもん、手出す訳ねーーーろ! と、言いたい所だが、実はそうは言えない。

 俺の酒への想いはもはや我慢の限界にきているから。

 もちろん、俺だってやさぐれてるとはいえ、とりあえず一応は社会人。

 本物の酒なんて飲んだらどうなるかは分かってるし、バレたら破滅だ。

 国家完全健康維持法に違反し飲酒すれば即実刑で1年間牢屋にぶち込まれ、出所後五年間は国からの公的サービスは一切受けれなくなる。

 社会的にも犯罪者の烙印を押され、人生もお終いだ。


 けど、俺は決めている。

 それでも今度の日曜日、必ず酒を……親父が愛した本当の酒を飲む事を。

慧は、なぜ違法だと知りながら酒を飲むのか……!

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