わたくしとお兄さま
「ルシル!」
「ルーシー!」
「……おとうさま、おかあさま?」
私が目覚めたことに気づいて、お父さまとお母さまが駆け寄ってきてくれました。けれど私はいまだゆめうつつの状態で、私という存在の輪郭がはっきりしません。
「ルーシー……ああ、気がついてよかった」
「大丈夫ですかルーシー、私のことが分かりますか?自分のことは?」
安堵しているお父さまと、心配気に私を覗き込むお母さまを見比べて私は小さく頷きます。
私のお父さまは、この国の第十三代皇帝アリギュラ・ヴァル・アーティフィリア。私のお母さまは、この国の皇后であるフローレンス・ヴィラ・アーティフィリア。
そして、その二人の娘である私は。
「るしる……ルシル・アーティフィリア、です」
この国の第一皇女にして、アリギュラ父さまとフローレンス母さまの第二子。第一子であり皇太子であるリチャード・アーティフィリア兄さまの妹。
「もうだいじょうぶ……です。しんぱいをおかけして、ごめんなさい」
もっとちゃんと謝りたいのに、何だか声がうまく出なくて舌足らずになってしまいました。けれど、お母さまはそんな私のことを気にせず布団の上から抱きしめてくださりました。
「よかった、ルーシー……私たちの大切な娘……」
「お、かあさま」
「フローラも私も、心配していたんだよ、ルーシー」
「……はい、おとうさま」
大きな手に頭を撫でられて、くすぐったさと恥ずかしさに思わず俯いてしまいました。大好きなお父さまの、あたたかい手。私を抱き上げてくださったり、手を繋いでくださったり、頬をぶったり、お酒の瓶を投げつけてきたり――。
「……?」
不思議です、お父さまにそんな酷いことをされた覚えはありません。なのに何故か、不思議な記憶が頭を掠めました。私が眉を寄せていると、お父さまが一枚の手紙を取り出して躊躇いがちに私に手渡してくれました。
「寝起きですまないが……ルーシーに隣国の王太子から生誕祭の招待状が届いているんだ」
「りんごくの……おうじさま、から?」
「ええそうよ。リュドシエル王子がぜひ誕生パーティーにルーシーを招待したいんですって」
にこにこと話すお母さま。ですが、私の胸の中には何故か不安な気持ちがざわめいて思わず口を噤んでしまいます。
一体どうしてでしょう?
「王太子殿下はルーシーと同い年らしい。もしかしたら気が合うかもしれないぞ」
「他にも色んな国の王族や貴族の方がいらっしゃるの。ルーシーももう七歳になるのだし、社交界に出てもいい頃だと思うわ?」
「え、と……」
二人の言葉に押されて、言いたいことが喉奥につかえたまま出てきません。二人はもう既に私を連れて行く気満々のようなのですが。私は、私は。
「父上!母上!ルシルが困ってるだろう!」
バン!と扉を蹴破る勢いで部屋に入ってきたのは、リチャード兄さまでした。
「リチャード!貴方こそ妹の部屋にノックもなしで入ってくるなんてどういうつもりなの!」
「ルシルはそんなことで俺を嫌ったりしない!二人ともそこを退いてくれ!」
怒るお母さまも苦笑いのお父さまもずいずいと押し退けたお兄さまが、ベッドで身体を起こしただけの私に目線を合わせてくださいます。
「大丈夫かルーシー。お前が倒れたって聞いて慌てて跳んできたんだ。熱は?気分は悪くないか?」
頭を抱えるようにぎゅうと抱きしめられ、少しの息苦しさに小さく咳混むとお兄さまは慌てて私のことを離してくださいました。
「すまない!!!ああ、俺の可愛い可愛い妹ルシル……お前に何かあったらと思うと心配で心配で……!」
「だ、だいじょう、ぶ……です。ごしんぱい、おかけしました……おにいさま」
ぺこり、と頭を下げると、お兄さまはぎゅっと口を引き結んで私の頭に手を置いてくださります。
「ああ、本当によかった……」
ほっと胸を撫で下ろすような声音でそう呟いて、お兄さまはぐるりとお父さまお母さまの方を向きました。私からはお顔が見えないけれど、振り返ったお兄さまにお父さまもお母さまもびくりと肩を震わせています。
「恐れながら申し上げます皇帝陛下、皇后陛下。俺の可愛い妹を、俺に断りもなくパーティーに……しかも!!!野郎の誕生パーティーに連れて行くなんて、まさか考えてはおられませんよね?」
「や、野郎だなんて無礼ですよリチャード。お相手は隣国の王太子なのですから……!」
「顔も知らない男だというのは同じでしょう!」
シャー!と猫の威嚇のように言い返すお兄さまに、お父さまは呆れ笑いながら腕を組み、お母さまは頬を膨らませて言葉に詰まっています。さすがお兄さまです。
「ルーシーだって嫌だろう!?知らない男の所に行くなんて!」
「ぇわっ……え、ええと……」
まさか私にお話が振られるとは思わず、おろおろとしてしまいます。しかし、お兄さまは私の言葉を待ってくださるようだったので、私はゆっくりと自分の気持ちを言葉にしてみることにしました。
「あ、あの……お父さま、お母さま」
お兄さまの背中越しに声をかければ、二人の目が私を向きます。それにどきりとしながら、詰まっていた言葉を少しずつ吐き出します。
「わ、わたくし……りんごくの、ぱーてぃー、に」
勇気が萎んでしまいそうで、無意識にお兄さまの上衣の裾を掴んでしまいましたが。そのおかげで、なんとか顔を上げることができました。
「……いきたく、ないです……!」