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七猫目 捨てる神様あれば拾うネコサマあり

 同クラスとなったその少女、リリーは庶民の出だった。無遠慮で無常識、いかにも貴族の嗜みを知らないような呑気さ。どれをとっても貴族の学院には相応しくない。




 どうやら庶民でありながら両親が成功を収めたようで、経験の一つとして学院へと編入させたのだそうだ。




 しかし庶民の出ということは、それだけ周囲の人間は良く思わない。その中でティアナは大して気にはしていなかった。むしろ必死に追いつこうと勉学に励む姿にはシンパシーを感じ、好感すら持てたものだ。





 だがそれもすぐに覆ることになる。




 リリーは乾いたスポンジが水を吸うようにあらゆる知識や技術を身につけていった。庶民と馬鹿にしていた者たちはすぐに成績を追い抜かされ、もともと愛らしい見た目なのも相まってクラスどころか学院の中でも上位に食い込んでいった。




 ティアナはその才覚に危機感を覚え、これまで以上に励んだ。相変わらずマリアには届かなかったけれど、オールディック家次代家長として庶民に負ける訳にはいかなかったのだ。もしここで上を取られてしまえば末代までの恥と思い、ティアナはマリアの心配も振り切り努力し続けた。






 そしてティアナは過度の追い込みによって体調を崩し、その間にリリーはティアナを追い抜いて行った。









 ある日の夜。オールディック家の中庭で猫は寝転んでいた。




 ティアナはしばらく会いに来ていない。猫はよくティアナの独白にも近い悩みを聞いていた。恐らくレッスンや勉学が忙しいのだろうと、猫は耳を後ろ足で掻きながらゆったりとしていた。




 人以外の生物に厳しいこの世界であるが、たくましい虫たちの声は聞こえるものだ。風の戦ぎと共に心地よく耳を鳴らす自然の音。それに包まれながら眠りにつこうとしていると、ふと別の音が聞こえた気がした。




 猫は起き上がり周囲を見渡す。目に入ってきたのは俯きながらこちらへ歩いてくるティアナの姿だった。




「……きゃっ!?あぁ…なんだ、あなたでしたのね………ッ」




 何事かと飛び出した猫にティアナは驚いた様子だったが、やがて手を猫の背に回し強く抱きしめると、ダムが決壊したかのように泣き出した。




「わた…くし……やってしまいました…。あの子に、最低な……!」





 ティアナはもう限界だった。リリーに抜かされ、もはや両親に見向きすらされなくなったことで失意の最中にあった。そして遂に、彼女の心にトドメを刺す事態が起きた。




「お父さ…お母様がっ、わたくし…はっ……家長に相応しくないってっ!マリアに…家…を…おっ…継がせるってぇ…!」




 完全に心を折られたティアナはどうしようもない激情に苛まれ、そしてその矛先はリリーへと向いてしまった。




 彼女を良く思わない学徒たちと共に、酷い虐めを行った。そして通りかかった婚約者に見られてしまい、婚約を破棄されてしまったのだ。つい先程のことである。




「……わたくしね…明日にはこの家を出ていかなければならないの。お父様とお母様に勘当されてしまったわ……」




 今回の件でオールディック家の名は傷付いた。その責任として家長の継承権を剥奪され、親子の縁を切られたのである。




「わたくし……これからどうすればいいのかしら。不安で仕方ないの…。何もわからない……」




 泣き疲れたのか、ティアナは服が汚れるのも厭わずに猫を抱きながら眠ってしまった。猫は彼女の頬を伝った涙を舐め取り、一匹頷いたのであった。





「……見込んだ通り。宿主はこの子にしよう」











「ん…んん……」




 声が聞こえた気がして、ティアナは目を覚ました。




 辺りは風そよぐ草原。それと一本の木がある丘だけだ。ティアナは少しばかり瞠目していたが、冷静になるとストンと腑に落ちるものがあった。




「わたくしったら…あのまま眠ってしまったのね。もうこのような人の手が入っていない場所なんて無いだろうし……夢、かしら」




「そうだよ〜。ここは夢の世界、キミだけの世界」




 自分以外の声があることにティアナは肩を跳ねさせた。すぐさま辺りをもう一度見渡すと、丘の木の下にフワフワとしたものがあることに気付いた。




「こっちだよ。こっち。こっちにおいで」




 優しく包み込むような声に、体が勝手に動きだした。その声色はとても心地良いもので、ティアナの心はまったく抗えなかった。




 近付けば、それが何なのかがわかる。猫だ。それもとても大きな、人よりも大きな猫。化け猫かと思ったが、身に付けた赤いマントと頭に載った王冠は負のイメージをまったく想起させない。そしてその顔は、表情筋が乏しいはずの猫が慈愛の形をしていた。




 またも彼女の理解は早かった。この猫はきっと、神様なのだろうと。そして自分の夢に神様を呼ぶなど、なんて不遜な事をしているのかと震えた。




 しかしそれも猫に抱き寄せられたことで止まる。




「むふ〜。ずっとこうしてあげたかったんだよね。いい子いい子〜」




「へっ、ちょっ!?なんなんですの!?」




 突然のことに硬直したティアナだったが、抵抗虚しく抱きしめられてしまう。そのフワフワな毛並みはまるで雲に包まれたかのような心地良さ。次第にティアナの力も抜けていった。




「いっつも僕が抱きしめられる側だったからね〜。今度は僕が思う存分ぎゅーってさせてもらうよ」




「え…?いつもって……あなた、まさかあの猫ですの…?」




「当ったり〜」




 思いもよらない事に驚愕するティアナ。そしてここまで来ればもう気付く。これはただの夢ではない。この猫に夢に干渉されていることは明白であった。




「よしよし、キミはよく頑張ったね。周りからの重圧に億さず努力し続けた。キミは天才だよ〜」




「……いいえ。わたくしは、天才なんかじゃありませんわ……」




 自分がたどり着いた結果を思い起こし、俯いてしまう。そんなティアナの頭に、猫はやれやれと言わんばかりに顎をのせた。




「すご〜い。そういった精神はとても大事なものだよ。誰にだってできる事じゃない」




「………………」




「でも感心しないな〜。それは確かに素晴らしい考えだけど、勿体ないものでもある」




 勿体ないと宣う猫に、何がわかるのかとティアナは見上げた。神は結局、どれだけ努力しようと自分に微笑んではくれなかった。愛する妹マリアと、酷い仕打ちをしてしまったリリーは愛されていたというのに。




「努力を絶え間なくし続けることなんて誰にでもできることじゃない。それどころか努力にさえ幾つかの才能が要求されるんだ。何かを成し遂げられる能力を才能と言うのなら、それを駆使して努力し続けるという、誰かにできないことを成し遂げられているキミは天才なんだよ」




 頭を柔らかい肉球で撫でながら、猫は続ける。




「これは慰めじゃない。たとえ万能の頭脳があろうと、抜群の運動神経があろうと、そんなものは後から幾らでも捻じ曲げられるものなんだから。『天才という言葉が嫌い』なんて思っちゃダメ。もっと自分を見つめて。もっと自分を評価しなきゃ。キミはとっても素敵だよ」




 涙が、零れた。




 やがてそれは雫に止まらず溢れ出し、猫の毛並みを濡らしていく。




 思えば、ティアナは賞賛こそされた経験はあれど、純粋に自分を褒められたことも、自分自身の頑張りを認められたことも一度として無かった。


 オールディック家の家長候補としては当然。できて当たり前。オールディック家第一公女が光を浴びたことはあれど、ティアナ・オールディックにスポットライトが当てられたことは一度として無かった。




「わたくし…わたぐしっ!頑張りまじだわよねっ!!」




「頑張ったよ」




「努力しで、ずっとずっど一人で!オールディック家とじで…貴族どして皆に認めてもらえるように、認めで…もら…!」




「キミは間違いなく貴族の規範だったよ」




「なのに、誰も……誰も助けてぐれながった!神様も、家族も、誰も!」




「うんうん……ならさ〜」








「ネコサマを、信じてみない?」




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