死後、死神から「自分の葬式を見ますか?」と聞かれたらあなたはどうしますか?
見知らぬ場所に立っていた。
どんよりとした灰色の空、見渡す限りの地平線。初めて来る場所だが、「自分にとってあまりいい場所ではないな」ということはなんとなく察することができた。
ちなみに俺一人ではなかった。他にも二人、人間がいた。
俺より背の高い男と、俺より背の低い男。
以後、この二人は「背の高い男」「背の低い男」と呼ぶことにする。
俺たち三人は簡単に自己紹介をし合った。
俺は妻と二人暮らしをしており、気づいたらこんなところに来てしまった、と説明する。
「私は小さな会社だが社長をやっていて、仕事中だったはずなのだが……」と背の高い男。
「僕は一人暮らしをしていて、お二人と同じように気づいたらここにいました」
背の低い男も自己紹介をする。
初対面同士、あまり込み入った話もできず、かといってバラバラになるのもためらわれたので、三人でしばらく立ち尽くしていた。
やがて、黒装束姿の男が現れた。
明らかに俺たち三人とは雰囲気が違う。俺はもちろん、他の二人の顔にも警戒の色が宿る。
「あんたは?」
俺が尋ねる。
「ワタシは死神です」
この言葉に俺たち三人が一斉に身構える。
「ということは、我々は死んだということか?」
背の高い男の推測を、死神は肯定する。
「そんな……」背の低い男は愕然としている。
無理もない。俺だってそうだ。せっかく結婚して幸せに暮らしてたのに、こんなことになってしまった。
いや、待てよ。目の前にいる死神、こいつをどうにかすれば生き返れるんじゃ――
「ワタシを害することはやめておいた方がよろしい」
俺の心を読んだかのように、死神が言った。
「あなたがたが亡くなったのはワタシのせいではなく、あなた方それぞれの運命です。ワタシは死んで魂だけとなったあなた方の運び手に過ぎません。ワタシを害そうとすることは、いわばバスや電車の運転手を攻撃するようなものでしかありません」
「くっ……!」
嘘を言ってる様子はない。
どうやら死神をどうにかしても、俺たちが生き返れるってことはなさそうだ。
それに、俺たち三人でどうこうできるような相手にも見えない。
最初は困惑していたが、だんだんと俺の心も落ち着いてきた。他の二人もそんな感じだ。死神の姿にそういった作用があるのかもしれない。
「それで……私たちはどうなるんだ?」と背の高い男。
「ワタシと共に閻魔大王様のところに行き、天国行きか地獄行きかの審判を受けてもらいます」
出た閻魔大王。ホントにいるんだな。ちくしょう、ここから生き返ることができれば妻への話のタネになるのに。
「しかし、その前に……」死神が背の高い男を見る。「あなた、自分の葬式を見たいですか?」
「え、私……?」
「ええ。見るか見ないか、今ここでお答え下さい。これが現世との最後の繋がりだと思って下さい」
俺は驚いた。本格的に死後の世界に旅立つ前にこんなサービスをやってるのか。
背の高い男は悩んでいる。何を悩むことがあるんだろう。これが現世との最後の繋がりなら、見る一択じゃないのか。
背の高い男もそう判断したのか、死神に告げる。
「見るよ……これが最後ということであれば」
「分かりました。ではお見せしましょう。残るお二人はしばらくお待ち下さい」
死神と背の高い男が消えた。
俺は背の低い男と二人きりになったので、話しかける。
「お互い……死んじゃいましたね」
「ええ、さして恵まれた人生でもなかったけど、やっぱりへこみますね」
俺は恵まれてたけどな、と思ったが、それを言うのはやめておいた。
「ところでさっきの死神の話、どうしますか? 『自分の葬式を見たいか?』っていう」
「そうですね、僕は……」
すると、死神と背の高い男が戻ってきた。ずいぶん早い気もしたが、今いる世界と現世とじゃ、時間の流れ方が違うのかもしれない。
背の高い男の表情は暗い。何があったのか、と俺は尋ねる。
背の高い男は自嘲するように答える。
「自分の葬式なんて見るものじゃないね……」
「え?」
「私の葬式は酷いものだったよ。みんな、誰が私の後継者になるか、ということで揉めていた。誰も私の死など悲しんでいない。それを知って、私の方が悲しい気分になったよ」
俺も背の低い男も何も言えなくなってしまった。
きっと葬儀の場では誰も彼を悼むことなく、「俺が次の社長だ」「いいえ私よ」というような口論が繰り広げられていたのだろう。それを彼は幽霊のような立場で眺めていたのだろう。
その時の気持ちを考えると、なんとも胸が痛むものがある。
生前は社長で、おそらく優秀な経営者であった彼だが、最後の最後にとんだケチがつくことになってしまった。
続いて、死神は背の低い男に問う。
「あなた、自分の葬式を見たいですか?」
「僕ですか……」
背の低い男も迷っていた。
今の話を聞いてしまうと、無理もないだろう。しかし、やはり――
「見ます……これが最後ですし」
背の低い男もまた自分の葬式を見る決心をし、死神とどこかに消えた。
次は俺の番だろう。さて、どうするか。自分の葬式を見るべきか――否か。
考えていると、背の低い男が戻ってきた。
やはり暗い表情をしていたが、俺はつい尋ねてしまう。
「どうでした?」
「いやぁ、見るもんじゃないですねえ……」
背の低い男は苦笑する。
「葬式会場はガラガラで、親族と仕事の同僚ぐらいしか来てませんでしたよ。これが自分の人生の成果なのか、と思うと寂しいものがありました」
葬式で揉められるのも辛いだろうが、ほとんど誰も来ていないというのも辛いだろう。
俺はこれ以上声をかけられなかった。
いよいよ俺の番。
葬式に来た連中に悪口を言われるとか、あるいは全然弔問客がいないとか、そういう不安はあるにはある。
だけど、これが最後なのだ。残された妻を一目見ておきたい。俺が愛した彼女がどんな風に俺を送ってくれるのか、確認しておきたい。やはり俺としては“見る一択”だった。
しかし、死神は意外な言葉を吐いた。
「では、これよりお三方を連れて出発します」
あれ、俺には聞かないのか?
「ちょっと待ってくれ!」
「なんでしょう?」
「俺には? なんで俺には聞かないんだよ」
「少々事情がありまして」
「事情? じゃあはっきり言わせてもらう! 俺は葬式を見たいんだよ! どんなに悪口を言われててもいい、会場がガラガラでもいい。とにかく見たいんだ!」
俺の懇願に、死神は淡々と答える。
「あなたが自分の葬式を見ることは不可能です」
「なんでだよ!?」
死神は一瞬ためらうような仕草を見せ、事情とやらを教えてくれた。
「あなたは殺されたんです。あなたの奥様とその愛人にね。死体は山の中に埋められ、あなたは巧妙に失踪したことにされたので、犯行が発覚する可能性も極めて低い。ですから、あなたの葬式が行われることはないんです……」
完
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