成長
五日後。新迷宮での疲労を癒した俺は冒険者ギルドに顔を出すことにした。
ギルドに入ると、周りの冒険者から視線が集まる。
巻き込まれたとはいえ、あれだけの騒ぎを起こしたのだ。目立つのは仕方がないだろう。
少し久しぶりとなる冒険者ギルドは、いつも通りの姿をしていた。
「ルードさん、先日の事件のことで少しお話があるのですがよろしいでしょうか?」
掲示板に貼り出されている依頼にチェックをしようとすると、受付嬢の一人に呼び止められたので俺は滅多なことで使われない奥の部屋に向かう。
ギルドの応接室には赤いカーペットが敷かれており、中央にはゆったりと座れるソファーとローテーブルが設置されている。部屋の角には観葉植物があり、壁には絵画が掛けられている。
ギルドの応接室には初めて入ったが意外と綺麗な内装だ。
「朝から呼び出してすまないな」
内装を見ていると、ソファーにはギルドマスターであるランカースがいた。
「いえ、俺も顛末は気になっていたので」
「腰掛けてくれ」
促されて対面に座ると、ランカースはバイエルたちのその後の処罰について教えてくれた。
どうやらバイエルたちは俺以外にも迷宮にポーターを連れては魔物の囮にするようなことを行っていたようだ。それだけでなく新人冒険者に魔物を擦りつけたり、後をつけて恐喝をするといった犯行
も過去に繰り返していたようだ。
そういった余罪が真偽官にすべて暴かれて、『緋色の剣』のメンバーは財産をすべて没収、冒険者資格を剥奪の上、犯罪奴隷となったらしい。
その中でもリーダーであるバイエルは犯罪奴隷よりも重い、鉱山奴隷にされたようだ。
「よりによって国が立場を保障している真偽官に手を出そうとしたからな」
重罰となった決め手は、逆上して真偽官を襲ったことだそうだ。
あれがなければ、犯罪奴隷くらいで留まれていたのかもしれない。
「ギルドの定めた規則により『緋色の剣』から没収した財産の一部が被害者であるルードに引き渡されることになる」
ランカースが視線を送ると、控えていた受付嬢がそっとテーブルの上に革袋を置いてくれた。
中を確かめてみると、二十万レギンほどが入っている。
ランクEの三人パーティーにしては少ない気もするが、冒険者はその日暮らしの者も多いしな。
ギルドの取り分や他の被害者への補填を考えると、こんなものだろう。
「なにか気になることや不満な点はあるか?」
「特にありません」
気になっていた『緋色の剣』の顛末も聞けたことだし、お金だって貰えた。これ以上、何かを求めるつもりはない。
「では、『緋色の剣』に関する事件はこれで終わりとしよう」
区切りがついたところで俺はソファーから立ち上がった。
「個人的な興味なのだが、ミノタウロスを相手にしてどうやって生き残ったんだ?」
新迷宮に入る前の俺のレベルはギルドも把握している。
そんな俺がミノタウロスと遭遇し、どうやって生き残ったのかと思うのは当然だろう。
魔物を食べて上昇したステータス、獲得したスキルなどは言えないが、あの新迷宮に危険があることは伝えておいた方がいいだろう。
「ミノタウロスの攻撃で迷宮の壁に穴が空いた。ミノタウロスは落下で死に、俺はその死体がクッションになることで助かった。だけど、そこは見たことのない階層で化け物みたいな魔物がうじゃうじ
ゃいた」
「……運がいいのか悪いのか判断に悩むな」
端的な俺の説明を聞いて、ランカースが苦笑する。
迷宮でミノタウロスに出会う時点で運が悪いのだが、それほどの強敵を相手に生き延びているので運がいいとも言える。
結果論としてでは、あの過酷な環境を生き抜くことができたので運が良かったと言えるのだろうな。
「にしても、見たことのない階層とは隠し階層のことか? その場所にはもう一度行けるのか?」
迷宮には思いもよらない場所に階層や領域があったりする。魔法による特殊な仕掛けだったり、迷宮としての特質が関係しているのだが、詳しい仕組みはわかっていない。
「戻ってみた頃には綺麗に穴はなくなっていた、もう一度行けるかは怪しそうだ」
「ふむ。念のために調査しておくか。貴重な情報提供に感謝する」
「いえ、今回の事件ではこちらも助かりましたので」
ランカースが真偽官を連れていなければ、バイエルたちは証拠不十分となって、今ものうのうと冒険者活動をしていたことだろう。
俺や他の若い冒険者にとって、バイエルたちの罪が暴かれたのは良かったことだと思う。
「では、俺はこれで」
「ああ」
ランカースに礼を伝えると、俺はギルドの応接室を出た。
応接室を出ると、俺はギルドの掲示板に戻って貼り出された依頼を確認する。
話し合いをしている間に朝の目ぼしい依頼は取られてしまったようだ。残っているのは長期間放置されている塩漬け依頼や、割の合わない依頼ばかりだ。
まあ、別に今日は依頼を受けるつもりじゃなかったので問題はない。
レベルがここまで上がった以上、今まで通りに瘴気迷宮の低階層でチマチマと魔物を倒して、採取する必要はない。
もっと深い階層にいる魔物を倒し、その魔石や素材を売り払う方が遥かに実入りはいい。
効率よく狩りをするにはパーティーを組む方がいいのだが、瘴気漁りという悪名や、先日の事件で悪目立ちをした俺をパーティーに誘おうとする者はいない。
バイエルを殴り飛ばしたことで一目は置かれているようだが、敬遠するような視線は相変わらずだ。
レベルの高さを宣言すれば勧誘されるかもしれないが、俺が強くなるためには魔物を食べる必要がある。
魔物食が禁忌とされている中、一般人の前でそれをすればどのようなことになるか……問題になるに決まっている。考えただけで面倒だ。
先日の一件でパーティーはこりごりだ。当分は一人で活動をする方がいい。
そんなわけで、俺はいつも通りに一人で日銭を稼ぐことにした。
●
前のように一人で稼ぐことを決めた俺は瘴気迷宮にやってきていた。
自分一人で稼ぎやすい場所なると、やっぱり俺のユニークスキルを活かすことのできる瘴気迷宮となる。
ここなら瘴気を嫌ってほとんどの冒険者は寄り付かないので一人でゆっくりと探索をするにはもってこいだからな。
奈落に落ちてから急激にレベルが上がったので、今の自分の実力を試すのにもってこいだろう。
【音波感知】で索敵をしながら進んでいくと、薄暗い通路の先から五つの小さな気配を察知した。
恐らく、瘴気鼠だろう。
戦うことを選択し、そのまま進んでいくと正面から五匹の瘴気鼠が現れた。
瘴気鼠
LV9
体力:24
筋力:16
頑強:12
魔力:5
精神:3
俊敏:27
スキル:【瘴気】
【鑑定】を発動すると、瘴気鼠たちのステータスが表示される。
おおむねのレベル8か9。ステータスやスキルに大きな違いはない。
以前の俺ならば五匹というだけで迂回、あるいは逃げの一択であるが、あの時とはレベルが違った。
俺はマジックバッグから大剣を取り出した。
――マジックバッグ。瘴気迷宮にやってくる前に魔道具店に寄って買ったものだ。
値段は二十万レギン。バイエルたちの賠償金として貰ったお金をすべて使った。
大金を失うのは不安だったが、一人で冒険者活動をする以上は持ち運べる荷物に限界がある。
しかし、マジックバッグがあれば最低限の手荷物にマジックバッグ一つで事足りる。
買わない手はないだろう。
お陰で懐は寂しくなってしまったが、今から稼いでいけばいい。
瘴気鼠が体を震わせて瘴気を浴びせようとしてくる。
俺はそれよりも前に駆け出して大剣を振るう。たったそれだけで三匹の瘴気鼠が両断された。
自分でやったとは思えない結果に自分自身で驚いてしまう。
今までは急所以外のところに当たったとしても、一撃で倒すことができなかった。
それなのに今回は大した抵抗を感じないままに一撃で胴体を斬り捨てることができた。
今までと同じ動作なのにここまでの差が出るとはな。
残った二匹の瘴気鼠は俺の動きを追えていないようで完全に混乱している。
慌てふためいた鼠を狩るのは非常に簡単で、そのまま残りの二匹も手早く処理した。
瘴気鼠五匹があっという間だ。スキルを使うまでもない完封勝利。
「ちゃんと強くなっているんだな……」
つい先日まで同じ魔物三匹に死闘を繰り広げていたのが嘘のようだ。
思わず苦笑しながら瘴気鼠の遺骸から魔石を取り出し、食用のための個体はマジックバッグに収納する。
奈落の時は早急に強くなる必要があったのですぐに食べていたが、ここは奈落よりも遥かに安全な迷宮の六階層だ。迷宮の中でそこまで急いで食べる必要はないだろう。
時折遭遇する瘴気鼠を倒しながら通路を進んでいくと、下の階層へと至る階段を見つけた。
以前の俺ならば絶対に降りることはない。
なぜならば、俺が熟知している階層は六階層までで、それ以上の階層に降りると命の危険が跳ね上がるからだ。
しかし、レベルが上がった今となっては躊躇う必要はない。
「よし! どこまで行けるか試してみるか!」
今日は自分がどこまでやれるのか試す日だ。行けるところまで潜ってみよう。
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