奈落からの帰還
「おお! ようやく知っているところに戻ってこれた!」
奈落を彷徨い、魔物を喰らい続けながら迷宮の階層を上り続けていると、ようやく見知った場所に戻ってくることができた。
薄暗い遺跡のような土っぽい通路は間違いなく四階層である。
なにせこんな低階層でミノタウロスと遭遇したんだ。忘れるはずもない。
「さすがに壁の穴は修復されているか……」
ミノタウロスに襲われた通路に移動してみると、ミノタウロスのタックルによって空いた大穴は綺麗に塞がっていた。
迷宮には修復能力があり、迷宮内で起こった戦闘などで破損した地面の傷や壁を自動で修復してくれる。詳しい理由はわかっていないがどこの迷宮でもそれは共通しているために、ミノタウロスの空
けた穴が塞がっているのは予想の範疇だった。
「もう一度ここを壊せば、奈落への穴が出てくるのか?」
奈落で魔物を喰らい続けたことにより、ステータスが向上した今の俺は恐らくあの時のミノタウロスを超えるステータスになっているはずだ。
頑強な迷宮の壁だが、俺の攻撃でも穴を開けることはできるに違いない。
しかし、理屈ではそうであっても試してみたいとは思えない。
獲得したスキルのお陰で落下死することはないが、奈落の底には今の俺よりも強い魔物がわんさかいる。
今、こうして生きているのは奇跡だ。恐らく二度目はない。
ただの好奇心で大きなリスクは犯したいとはとても思わなかった。
何事もなかったかのように綺麗な壁から視線を外すと、三階層を目指して通路を進む。
すると、俺の行く手を阻むように三体のシルバーウルフが姿を現した。
俺は奈落の魔物を喰らうことによって手に入れた【鑑定】を発動させる。
シルバーウルフ
LV8
体力:20
筋力:18
頑強:13
魔力:9
精神:6
俊敏:22
スキル:【敏捷上昇(小)】
四階層に相応しいレベルの魔物だ。
奈落に落ちる前の俺ならば遭遇しただけで逃げの一択であり、死を覚悟するレベルの相手だ。
しかし、ここより遥か底にある奈落を経験した俺のステータスは……。
名前:ルード
種族:人間族
状態:通常
LV42
体力:188
筋力:156
頑強:136
魔力:136
精神:112
俊敏:125
ユニークスキル:【状態異常無効化】
スキル:【剣術】【体術】【咆哮】【戦斧術】【筋力強化(中)】【吸血】【音波感知】【熱源探査】【麻痺吐息】【操糸】【槍術】【硬身】【棘皮】【強胃袋】【健康体】【威圧】【暗視】【敏捷強化(小)】【頑強強化(小)】【打撃耐性(小)】【気配遮断】【火炎】【火耐性(大)】【大剣術】【棍棒術】【纏雷】【遠見】【鑑定】【片手剣術】
属性魔法:【火属性】
魔物を倒してレベルとステータスが上昇しており、魔物を喰らったことによって尋常ではない数のスキルを獲得していた。
文字通り、数値の桁が違った。
俺は片手に握っている戦斧を持ち上げることなく、獲得したスキルである【威圧】を発動。
「キャインッ!」
それだけでシルバーウルフは力量の差というものを理解したのか慌てて逃げ去っていった。
迷宮は地上に近づくほどに魔物のレベルが下がっていく。
下から上へと上がっている俺が四階層のシルバーウルフの相手にならないのは当然の摂理だ。
シルバーウルフのいなくなった通路を俺は歩んでいく。
この階層に俺の命を脅かす魔物はいない。その事実を認識するだけで、心と足が軽くなる。
迷宮の中だというのにピクニックのような気分だ。
ここにやってきたミノタウロスも俺と同じような気持ちだったのだろうか?
そう考えると、あいつと同類のような気がして嫌になったので深く考えることはやめた。
「にしても、冒険者の姿がまったく見えねえな」
俺がこの迷宮に入った時は、新しく発見された迷宮ということもあって多くの冒険者が一攫千金を夢見て足を踏み入れていた。低い階層などは冒険者で溢れており、遅れて入ることになった俺たちは
まともな狩場すらなかったほど。
あれから時間も経過していることだし、この四階層、五階層、六階層と探索が進んでいてもおかしくないほどなのだが、ここまで冒険者の姿は一人として目にしていない。
疑念を抱きながらあっという間に俺は迷宮の外に出た。
あまりの光量に反射的に目を細めてしまう。瞼を開けたり、閉じたりを繰り返していると、ようやく光量に目が慣れてきたのか落ち着いて景色を見ることができた。
だだっ広い遺跡のようなアベリオ迷宮の入り口。
装飾の施された支柱の先には整備されていない土の道が続いている。
「外だ……」
奈落や迷宮内にある淀んだ空気とは明らかに違う、新鮮な空気。それを堪能するように大きく深呼吸をした。
空には温かな光を放つ太陽が浮かんでおり、心地のいい日差しを浴びせていた。
「はあー! ようやく迷宮の外に出ることができたぜ!」
ようやくその現実を受け入れることができたので俺は叫んだ。
ミノタウロスに殺されかけて、奈落へ落ちて、禁忌とされている魔物を食べて命を食いつなぎ、奈落から脱出するために化け物みたいな魔物と戦う日々。
一体、何度死にかけたことか。その苦労を思い出しただけで涙が出てきそうである。
感極まって叫んでしまうのも無理はないだろう。
しばらく感傷に浸ったところで改めて周囲に視線を巡らす。
「にしても、本当に誰もいねえな」
三階層、二階層、一階層と寄り道しながらここまで戻ってきたが、冒険者の姿はなかった。
あれほど押しかけていた冒険者がどこに行ったのか不思議でならない。
「バロナまで歩いて帰らないといけねえのか……」
こういった迷宮の外には冒険者を相手にした送り馬車などが待機しているものだが、その姿すらも見なかった。
バロナからここまで馬車で数時間はかかる距離を歩いて帰らないといけないとなると億劫でしかない。
しかし、ないものは仕方がない。
しばしの休憩を挟んだ俺はバロナまで走って帰ることにした。
走り出してみると、自分が想像しているよりも遥かにスピードが出た。
軽くランニングしているつもりなのだが、それでも馬車よりも速い。
上昇したステータスのお陰だろう。
足を速めてみると、もっとスピードが出た。景色が面白いくらいに過ぎ去っていく。
その早いスピードで走り続けてもまったくバテる気配がない。単純な速力だけでなく、スタミナも大幅に上昇しているのだろう。人間としての根本的な基礎能力が違うな。
面倒だった帰り道だが楽しくなり、俺はバロナまで走り続けた。
●
一時間もしないうちにバロナにたどり着いた俺は、冒険者ギルドに向かった。
ギルドの中に入ると、いくつもの視線が集まるのを感じた。
ただ集まっている視線の色が侮蔑とは違い、単純に俺を見て驚いているような感じだ。
視線に込められた感情の違いの原因がわからないままに、俺は新迷宮のことを尋ねるべく受付嬢のいるカウンターへ向かった。
「どうも」
「え? 瘴気漁り? 死んだんじゃなかったの!?」
軽く声をかけると、受付嬢は取り乱した様子で叫んだ。
人の顔を見るなり、死人扱いとは酷いものだ。
「いや、死んじゃいねえよ」
きっぱりと答えると、受付嬢は信じられないとばかりの表情を浮かべている。
「対応を代わらせてもらおう。俺はバロナ支部のギルドマスターのランカースだ」
詳しく話を聞こうとすると、奥からずいっと白髪の男がやってきた。
冒険者ギルドのバロナ支部を纏めているギルドマスターだ。
ギルドの中で何度も見たことのある男だったが、Eランク冒険者の俺には微塵も関係のない間柄であり、こうして言葉を交わすのは初めてとなる。
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