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スキルの質


 馬車の操作をエリシアに任せ、俺は荷台で魔素を指に纏わせる訓練をしていた。


 冒険者とは準備がものをいう職業だ。


 武具、魔道具、アイテム、ポーション、医薬品の準備をはじめ、筋トレ、対人戦、魔法の訓練、武具の扱い……それらはすべてが冒険をする前の準備であり、それらを欠かさないものが勝利する。だから、こういう冒険をしていない時間にこそ準備をする必要がある。


 魔素の制御ができるようになるための 訓練もその一環 だ。


 しかし、そんな俺の準備活動を邪魔する者がいた。


「さわさわさわー」


 右手に魔素を纏わせていると、アルミラがすり寄ってきた。


 アルミラはにんまりと笑みを浮かべると、ちょんちょんと俺の腕に触れてくる。


 完全に集中を乱しにきているな。


 くすぐったいのを我慢しながら俺は魔素を纏わせることに集中。


 俺が反応を示さないことをいいことに、アルミラは好きに俺の身体を触ってくる。


 指先がツーッと肩の方へ上がっていき、首筋から胸へと降りるとお腹へと降りていく。


「おー、おー、魔素が乱れておるのぉ?」


 アルミラの吐息が耳にかかって、魔素がさらに大きく乱れた。


 それでも何とか維持をしようと集中していると、アルミラは俺の服の裾を捲り上げて直にお腹に触れた。


 妙な快感と罪悪感でぞくりと背筋が冷え、完全に魔素から意識が逸れる。


「それはダメだろ!?」


「わははは! これしきのことで魔素を乱すとはまだまだじゃのお!」


 手を振り払うとアルミラが愉快な声を上げて笑った。


 ちくしょう。明らかに俺を玩具にして楽しんでいる。


 いつもは暇な時間は眠っているというのに、どうしてこういう時だけ起きているのか。


「冒険者であれば、いついかなる時であろうとも冷静でいなければいけない。そうじゃろう?」


「あんな状況で魔素を纏うことなんかねえよ!」


 とはいえ、冒険をしている時は魔物と戦闘をしながら、負傷し痛みに堪えながら瞬時に纏うくらいのことはしないといけない。アルミラの言う事は決して間違ってはいない。


 だけど、それを試すにしろやり方がいやらしいと思う。


 ちょっかいをかけてくるアルミラを無視しながら魔素の訓練をしていると、馬車がゆっくりと停まった。


「この辺りで野営するわ!」


 御者席からエリシアが下りて言う。


 荷台から出ると、開けた森の中に綺麗な湖が広がっていた。


 見晴らしもよく、俺のスキルを使って探索してみたが魔物の気配も少なかった。


 まだ日は高い位置にあるが、この先にいい野営地点がないのであれば、万全を期して安全なところでする方がいい。


 マジックバッグからテントを取り出して組み立てていると、エリシアが尋ねてくる。


「訓練の調子はどう?」


「魔素を纏えるのは右手が限界だ」


 なんとなく力のコツは掴めてきたが、まだまだ制御できているとは言い難い。


「右手だけでこれだけ苦戦しているのであれば、全身を纏うにはまだまだ時間がかかりそうだぜ」


「そうかしら? たった二日でそれだけ纏えるようになるのはすごいことだと思うけど? 魔力操作が苦手な人はそこまでのレベルに行くのに一か月とかかかる人もいるし」


「確かに俺も魔法を発動できるまでかなり時間がかかった気がする」


 俺が扱えるのは火魔法であり、ちょっとした生活魔法程度の規模でしか発動できないが、そこに到達するまでに一か月くらいは時間がかかった気がする。


 そう考えると、たった二日で右手に 纏えるくらいのところまでいっているのはかなり順調だ。


「ちなみにエリシアもそうだったのか?」


「え? わ、私は最初からできたタイプだから……」


 気になって尋ねると、エリシアがちょっと気まずそうに答える。


 どうやら彼女も天才側のようだ。


 エリシアは魔法に適性の あるエルフだ。


 凡庸な人間と比べることが間違いなのだろう。


「にしても、右手一本じゃ何もできねえよ」


「そのようなことはないぞ。右手を魔素で覆うことができれば、拳で並の魔物を屠るくらいは容易じゃ」


「そうなのか?」


「信じられぬのであれば、森に入って魔物を狩ってみてはどうじゃ?」


「実戦に勝る訓練はないって言うし、いいんじゃないかしら?」


 ここのところずっと馬車での移動が多かったし、歯応えのある魔物と遭遇することもなかった。ずっと馬車にこもっているだけでは身体が鈍りそうだし、気分転換にいいだろう。


「そうだな。アルミラのせいで食料不足も深刻だし」


 チラリと視線を向けると、アルミラが気まずそうに視線を逸らした。


 実はこっちの方が深刻な問題だったりする。


 イスキアまであと二日でたどり着くのだが、彼女の食欲がとにかく旺盛でマジックバッグの食料が尽きそうだ。早急に食材を確保する必要がある。


「それじゃあ、ちょっくら行ってくる。アルミラは留守を頼むぜ」


「任せるのじゃ」


 そんなわけで見張りを彼女に任せ、俺とエリシアは食材の確保のために森に入ることにした。


 鬱蒼とした森の中を俺とエリシアは進んでいく。


 水辺の近くとあってか草食動物はちょくちょくと見かけるが、ただの動物じゃ俺もアルミラも満足できない。


 やはり、魔物の宿している魔素を喰らうことが俺たちにとって重要なのだろうな。


「エリシア、索敵を頼む」


「任せて」


 迷宮内であれば、俺の【音波感知】や【熱源探査】が役に立つが、こういった障害物が多く開けた場所では彼女の風精霊による索敵の方が精度が高い。


 エリシアが翡翠色の光を纏った風精霊を呼び出すと、彼女の意を汲んで 彼方へと飛んでいく。程なくすると、風精霊が戻ってきてエリシアに何事かを囁く。


「二時の方角に大きな猪の魔物がいるみたい」


「行ってみるか」


 エリシアの案内に従って進んでいくと、苔が繁茂したエリアに巨大な猪が一体と、小さな猪が五体ほどいた。


 どちらも青みがかかった綺麗な毛皮を纏っている。



 ブルーファンゴ

 LV37

 体力:155

 筋力:136

 頑強:116

 魔力:55

 精神:32

 俊敏:98

 スキル:【嗅覚】【興奮】【外皮強化】


 鑑定してみると、ステータスが表示された。


 大きな猪はそれなりに高いレベルだが、今の俺たちにとってそこまで脅威となる魔物ではない。小さな猪はそれよりもレベルが低いのだから猶更だ。魔素の訓練相手としては ちょうどいい。


「ブルーファンゴね。毛皮を綺麗に剥ぐことができれば、それなりの売値になるわ」


「食料にもなることだし、できるだけ傷つけないように倒そう」


 可食部を傷つけては大事な食材が台無しだからな。


 俺たちが方針を決めていると、スーッと俺たちの後ろから風が流れた。


 すると、地面を掘り返すのに夢中になっていたブルーファンゴが鼻をスンスンと鳴らしてこちらを向い

た。


 ブルーファンゴが勢いよくこちらに突進してくる。


 恐らく、今の風で俺たちの匂いが流れ、存在を知覚し、 位置を特定したのだろう。


 俺とエリシアは即座にその場を離れる。


 ブルーファンゴは俺たちがいた位置を通り過ぎ、派手に木々に衝突し 、倒壊させたところでようやく足を止めた。


「とんでもねえ破壊力だな」


 ステータスに差はあるが、あの巨体から速度を乗せた一撃をまともに貰えば大怪我を負いかねないだろう。


 ブルーファンゴの突進を回避したところで、今度はファンゴからの突進がやってくる。


 こちらは派手な破壊力はないが、体が小さいせいか小回りが利いている。


 上に鋭く反り返った牙が太腿などの足元を執拗に狙ってくるので厄介だ。


 大剣を抜こうにも回避に専念させられて、その暇がない。


 必死に突進を回避していると、後方から雷が飛来してファンゴたちに直撃した。


 チラリと後方に視線をやると、エリシアが雷精霊を呼び出していた。


 珍しい属性の精霊を使役しているのは、ファンゴたちの毛皮を傷つけないためだろう。


 雷精霊が次々と雷を放射し、散らばっていたファンゴたちが倒れていく。


 ファンゴたちがいないのであれば、俺もブルーファンゴの相手に専念できる。


 視線を前に戻すと、ちょうどブルーファンゴが身を低くして、後ろ脚で地面を蹴り出していた。


 咄嗟に大剣を抜いて迎え討ちそうになるが、今回の狩りの趣旨は実戦での魔素の使用だ。


 いつも通りに倒しては意味がない。


 ブルーファンゴが地面を蹴って、こちらに肉薄してくる。


 見上げるほどに巨大な猪が猛然と迫ってくるのは中々の迫力 であるが、瘴気竜ほどのプレッシャーはない。


「【硬身】」


 俺はスキルで身体を硬質化させる。


 すると、以前よりもすんなりとスキルが発動し、身体に馴染む感じがした。


 その感触に違和感を覚えつつも、それが悪い感触ではないと理解できたのでそのまま硬質化した両腕でブルーファンゴの牙を掴んだ。


 ズシンッとした衝撃が身体に響く。


 先ほどの突進よりも 速度が乗った一撃だけあってかなり重い。


 俺の身体が後ろに流されて木に衝突するが、【硬身】を発動しているため平気だ。


 両腕に力を籠めると、ブルーファンゴの突進は止まった。


「ブモオオオオオッ!?」


 ブルーファンゴが必死に押し込もうとするが、筋力は俺の方が上のためにピクリとも動かない。


 速度というエネルギーを失ってしまえば、片手で抑えることも可能だった。


 確か右手一本でも魔素を纏えば、それなりに威力を発揮するんだったか。


 俺は左手でブルーファンゴの牙を掴みながら、右手へと魔素を集める。


 手刀の形を作って魔素を纏わせると、俺はそのまま振りかぶって牙へと叩きつけた。


「プギイイイイッ!?」


 魔素を纏わせた俺の手刀はあっさりとブルーファンゴの牙を粉砕した。


 その衝撃でブルーファンゴが横倒しになり、痛みによって悶絶する。


 その威力に 唖然とするが、相手が隙を晒しているのでチャンスだ。


 右手に魔素を纏わせたままブルーファンゴへと接近すると、柔らかそうな白い腹部に拳を叩き込んだ。


 あばら骨を粉砕する音が響き、二メートルを越える巨体が派手に吹き飛んだ。


 吹き飛ばされたブルーファンゴが立ち上がることはなかった。


「すごいわね。あんな巨大な魔物を素手で倒しちゃうなんて」


 エリシアが駆け寄ってきて呟く。


 俺も同じ気持ちだ。魔素を纏うだけで拳がこんなにも強化されるなんて。


 まだ右手に 覆うくらいしかできないが、魔素の制御が上手くできるようになれば、頼もしい武器となりそうだ。



 ●



「帰ってきたぞー」


「おお、待ちくたびれたのじゃ」


 魔物を倒して野営地に戻ってくると、大きな石の上に寝転んでいたアルミラがむくりと身を起こした。


 眠っているんじゃないかと心配していたが、ちゃんと起きて見張りをしてくれていたらしい。


「なんか焦げ臭くない?」


 エリシアがスンスンと鼻を鳴らしながら言う。


 まだ焚火も焚いていないのに野営地では炭のような匂いがしていた。


「ああ、魔物が少し寄ってきたから追い払ってやったまでじゃ」


 アルミラが指し示す方角を見ると、その辺りだけが地面が炭化しており、木々が消失していた。


 何もかもが燃やし尽くされている。


 恐らく、寄ってきた魔物を炎で消し炭にしたのだろう。


 どんな攻撃をすれば、あんな風になるのやら。


「それよりも食料は獲れたか?」


「ああ、問題なくな」


 マジックバッグからブルーファンゴたちの遺骸を取り出すと、アルミラは満足そうな笑みを浮かべた。


 ブルーファンゴたち以外にもいくつかの魔物を狩っておいたので、これだけあればイスキアまでの道のりは問題ないと思う。


「あと実戦でも魔素を使ってみたぞ」


「ん? おお、どうじゃった?」


 訓練の報告をすると、アルミラが疑問符を浮かべた後に思い出したように尋ねる。


 自分で訓練を提案しておきながら忘れるのか。


「アルミラの言う通り、右手一本覆うだけで十分な攻撃手段になったぞ」


「うむ。人間が魔力で肉体を強化するように、魔物は魔素によって己の肉体を強化することができるからの」


 ブルーファンゴの牙を素手で砕いたこと、腹部への攻撃で巨体を吹き飛ばすほどの一撃だったことなどを報告すると、アルミラは補足するように言った。


「それと一つ気になったことがあるんだが……」


「なんじゃ? 言ってみろ?」


「魔素の訓練をしてから魔物のスキルの精度が上がったような気がするんだ」


 ブルーファンゴの突進を受け止める際に【硬身】を発動したが、その発動が今まで以上にスムーズであり、硬度が今まで以上に高かった気がした。


 俺とブルーファンゴにはステータスに差があるが、あれほどの巨体の一撃を真正面から受ければ、スキルを使用したとはいえ、多少の傷はつくはずだった。


 スキルの質が向上したことを述べると、アルミラは思案の表情を浮かべた後に口を開く。


「……魔物のスキルも魔素を源にしたものじゃからな。魔素の質が高まり、制御ができるようになったことで効率化されたのじゃろう」


「そういうものなのか?」


「理屈で考えればそうであろう。まあ、魔素を宿した人間なぞ、我も初めてじゃから確証を持って言えることではないがの」


 ということは、魔素の質や制御を向上させることで俺の持っている様々な魔物のスキルはさらなる飛躍を見せることになる。


 これは増々訓練に手を抜くことができなくなったな。


「訓練についてはもういいじゃろ。我は腹が減った」


 先ほどの凛々しい表情が消え失せ、アルミラの表情がだらりとしたものになる。


「そうだな。今日はこの辺りにして飯にするか」


 魔素を制御することが強くなることへの道になる。


 それが実感できただけで大きな収穫なのだから。






新作はじめました。


『異世界ではじめるキャンピングカー生活〜固有スキル【車両召喚】はとても有用でした〜』


異世界でキャンピングカー生活を送る話です。


下記のURLあるいはリンクから飛べますのでよろしくお願いします。


https://ncode.syosetu.com/n0763jx/



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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『異世界ではじめるキャンピングカー生活~固有スキル【車両召喚】は有用でした~』

― 新着の感想 ―
スキル【絶倫】【硬身】ブルーボアで得られる【興奮】。 後は【スキル付与】【感度3000倍】【催眠】があれば、夜の戦でアルミラに届き得るな。ハーレム完成★
アルミラの参加で魔素の使い方を訓練できるようになったのは良い展開だと思います。 ただ現状だとアルミラが二人に比べて遥かに強すぎるので、今後このパーティで戦闘になったときに、もうぜんぶアルミラに任せちゃ…
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