魔素の扱い
朝日によって暗闇に包まれていた森の中が照らされる。
外で見張りをしていた俺は明るい光に目を細めながら、へし折った薪を焚火に追加した。
「飯でも作るか」
見張りを終えた俺はそのまま朝食の準備にとりかかることにした。
エリシアとアルミラは馬車の中で眠っている。
朝食ができるまで起こす必要はないだろう。
時間のあまりない朝に凝った料理はあまり作らない。
バロナの露店で買ったホットサンドフライを使わせてもらおう。
ホットサンドといえば、レタス、卵、チーズ、ハムなどが定番だが、それは試食させてもらった時に食べたので同じというのもつまらない。
今回は少しだけ俺流にアレンジしてみよう。
ホットサンドフライの片面をフライパン代わりにしてソーセージを焼く。
食パンを半分に切ると、スライスチーズを載せ、その上にトマトソースを塗る。
その上にコーンを敷き詰めると、最初に焼いたソーセージを横に並べる。
さらにチーズを載せてパンを入れれば、あとは挟んで焼いてやるだけだ。
焚火の炎を使って焼いていくと、小麦のかぐわしい匂いとソーセージの香ばしい匂いが漂い始めた。
「美味しそうな匂いね」
その匂いに誘われたのかエリシアが馬車から出てくる。
アルミラも起きてくるかと思ったが、彼女はまだ熟睡しているようだ。
「昨日は眠れたか?」
「最初はドキドキして眠れなかったけど、お腹を出して爆睡している彼女の姿を見たら吹っ切れたわ」
災害竜と共に眠ることに緊張していたようだが、なんとか眠ることができたようだ。
顔色も悪いわけではないし、今日の活動にも支障はなさそうだ。
そのことに安心しつつホットサンドフライを裏返す。
裏面も焼き上がると、俺はホットサンドフライをまな板の上に引き上げる。
片面の蓋を開けると、表面がしっかりと焼けたホットサンドがお出迎えだ。
包丁を入れると、並べたソーセージの断面が綺麗に見えた。
「わあ、可愛らしいわね! これは私の分?」
「ああ、普通のソーセージだから食べてもいいぜ」
「それじゃあ、お先にいただくわね」
出来立てのホットサンドを熱そうにしながらも持ち上げて、エリシアがぱくりと頬張る。
「うん! ソーセージとトマトソースがよく合うわね! 散りばめられたコーンがアクセントになってて楽しいわ!」
即席で作ったものだがエリシアの評判はいいようだ。
俺も自分の分を作ってしまおう。
淀みなく手順を進め、もう一枚を焼き上げたところで馬車の扉が勢いよく開いた。
「我も食べるぞ!」
実にいいタイミングの起床だ。ちょっとだけ腹立たしい。
「魔物の肉を使ってねえが、それでもいいか?」
「……ふむ、昼か夜に食べさせてくれるのであれば、普通のものでも問題ない」
アルミラは少し悩む素振りを見せたものの、こくりと素直に頷いてくれた。
「ほい」
「うむ。いただこう」
半分にカットしてやると、アルミラは熱々のものを豪快に手にして頬張った。
「おお! この温かいサンドイッチも中々に美味いのじゃ!」
「ホットサンドな」
俺が訂正するも、アルミラは食べるのに夢中でまったく聞いていなかった。
さて、俺も自分のものを食べるか。
綺麗な断面を覗かせるホットサンドを口へ運ぶ。
パンの表面がさっくりとしており、香ばしい麦の風味が鼻孔をくすぐる。
どっしりと入ったソーセージが強い存在感を主張しながらも、トマトソースの甘味と酸味が中和してくれる。
散りばめられたトウモロコシの粒がぷちりと弾けて、瑞々しくも甘い。
実に食べ応えがあり、パンとの相性もばっちりだ。
「うん、美味いな」
即席で作った割には結構いい味をしているんじゃないだろうか。
チキンを挟んだらもう少しあっさりとした味わいを楽しめそうだし、クリームソースなんかを挟んでも合いそうだ。
シンプルだが具材を変えるだけで色々な味を再現できる。
我ながらいい調理道具を買ったものだ。
「お代わりじゃ」
他のレシピを考えていると、アルミラが口の端にトマトソースをつけながら言ってくる。
「お代わりならそこにあるぞ」
二人が起き出してからはホットサンドフライを二台稼働して焼いている。
アルミラのお代わりも予測して、多めに焼いてある。
「それも食べた」
「なっ」
もう一つのホットサンドフライを覗いてみると、確かに空っぽだった。
「我はもっと食べたい。十枚ぐらいは焼いてほしい」
「マジかよ」
寝起きな上に空腹なせい か剣呑な空気を漂わせるアルミラ。
どうやら彼女は朝も食欲が旺盛らしい。
エリシアにも手伝ってもらい、俺は彼女の胃袋を満たすためにひたすらにホットサンドを焼いていく。
「うむ。こんなものでいいじゃろう。我はもうひと眠りする」
追加で二十枚ほど胃袋に収めたところでアルミラはそれなりに満足したのか、欠伸をしながら馬車の中に戻っていった。
「朝からよく食べるわね」
「俺たちとは身体の造りが違うからな」
人間の食欲を基準として考えてはいけない。
俺たちは手早く後片づけを済ませ馬車へ乗り込む。
後ろの荷台ではアルミラがお腹をさらけ出すようにしていびきをかいていた。
確かにこの姿を見ては、災害竜の威厳もあったものじゃないな。
苦笑しながら俺は馬車を発進させた。
●
「さすがに彼女に働いてもらいましょう!」
アルミラをパーティーに加えて進むこと二日。
彼女は移動中のほとんどの時間を寝て過ごしており、食事の時間になるとフラッとやってきて、食べ終わると眠るといったサイクルを送っていた。
そんな身勝手な彼女の振る舞いについにエリシアが怒ったというわけだ。
「馬の世話は私がしておくからルードはアルミラを起こして、魔素の操作を教えてもらいなさい」
「そうする」
食べて、寝てを繰り返すアルミラの行動に俺も思うところはあったし、魔素の操作を教えてもらいたいと思っていたからな。
俺とエリシアは荷台で眠っているアルミラのところへ移動。
「おい、起きてくれ」
「……ぬう? 飯か?」
「ご飯の時間じゃないわ! 寝てばっかり いないで、そろそろルードに魔素の使い方を教えてあげて!」
「そういうわけで頼む」
「まだ眠いのじゃが、約束だし仕方がないのぉ」
アルミラはやや怠そうにしながらも起き上がって馬車の外に出た。
俺とエリシアもその後ろを追いかける。
両腕を上に伸ばして身体の筋肉をほぐすと、彼女はふうと息を吐いてこちらに向き直った。
「魔素の使い方を教えるんじゃったな。ルード、まずは魔素を纏ってみよ」
「纏う? やったことがないんだが……」
「じゃあ、今できる魔素を使った攻撃をやってみよ」
アルミラに言われて、俺は大剣に魔素を纏わせる。
そして、渦巻く魔素の力を解放するようにして地面に叩きつけた。
衝撃で地面が割れ、周囲の木々にとまっていた野鳥たちが一斉に飛び立った。
「こんな感じだ」
「無駄が多いの」
「魔素を無駄に消費してるってことか?」
「うむ。剣を貸してみよ」
アルミラに渡すと、彼女は大剣に魔素を纏わせる。
その量は俺よりも少ないが魔素に揺らぎはまったくない。
彼女は大剣を振り上げると、乱雑に地面に叩きつけた。
その衝撃で地面が深く沈み、両断され、内包された魔素が解放されて、間欠泉のようにして衝撃が発生し、爆砕する。
あまりの威力に思わず目を見開いた。
砂煙が晴れると、二十メートル以上先までの地面が切り裂かれていた。
「……マジか」
「と、とんでもない威力ね」
五メートルを浅く切り裂いた俺とは大違いだ。
思わず俺とエリシアから呆然とした声が漏れる。
「先ほど込めた魔素がルードの込めたものよりも少ないことは感じ取れたであろう?」
「あ、ああ。無駄を押さえるためにはどうしたらいい?」
「まずは魔素を制御することじゃな。我と同じように全身に魔素を纏ってみよ」
アルミラの身体から魔素が放出され、薄紫の光が全身を包み込む。
俺も真似をするように体内にある魔素を放出し、全身を覆ってみる。
しかし、アルミラのように綺麗に全身を包み込むことができない。
「……難しいな」
魔素の濃度も違って、あちこちで色合いが違う上に歪な形をしていた。
「もっと魔素の出力を抑えるんじゃ」
アルミラを覆っている魔素はもっと出力が低い。綺麗な薄紫色をしており、身体の輪郭から大きくはみ出ることもない。
目の前にある理想形を意識して、魔素の出力を絞りながら覆ってみる。
「抑えすぎ、今度は強すぎじゃ」
しかし、やってみると意外と上手くいかない。
魔素の出力を抑えすぎると纏うのを維持できなくなってしまい、ちょうどいい具合に調整しようとすると、今度は別のところが強くなってしまう。中々に上手くできない。
「ふむ、我の中では初歩の初歩なのじゃが、これができぬか……」
苦戦する俺を見て、アルミラが困惑する。
なんか本気で困っているような感じが伝わってくる。
普通にできないことをなじられるよりも、いたたまれなくなるな。
「魔力操作の練習法と同じように、まずは指の一本ずつを覆っていくのはどうかしら?」
エリシアの提案を受けて、俺は右手の人差し指だけに魔素を集中させてみる。
すると、薄っすらと魔素が指一本を包んだ。
「おお、これならできる!」
「そこから手、腕、足って感じに範囲を広げて徐々に全身に近づけるの」
エリシアに言われて魔素で包む範囲を広げる。
手を包むことまではできたが、纏わせる際に大きな揺らぎが出るし、ずっと維持することが難しい。だが、やれなくはない。魔素操作の確かな希望が見えた瞬間だった。
「なるほど。いい練習法を教えてくれてありがとな」
「役に立てたみたいでよかったわ」
「教えていたのは我なのになー」
エリシアに礼を言うと、アルミラがいじけた表情になる。
魔素の扱い方を実演してくれたのはアルミラなのに、礼を言わないのは失礼だな。
「アルミラもありがとうな。めちゃくちゃ参考になったぜ」
「そうか。道のりは長いが精進するんじゃな」
アルミラにも礼を言うと、彼女は嬉しそうに口元を緩ませた。
災害竜というおっかない存在ではあるが意外と可愛いところがあるものだ。
新作はじめました。
『異世界ではじめるキャンピングカー生活〜固有スキル【車両召喚】はとても有用でした〜』
異世界でキャンピングカー生活を送る話です。
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