災害竜
第三者の声に慌てて振り返ると、真っ赤な髪をした少女がいた。
長い髪は金具によって後頭部で二つに結われている。
控えめなサイズの胸を黒い布で覆っており、黒のホットパンツにストッキングを履いている。背丈はエリシアより小さく、健康的な小麦色の肌をしていた。
見た目の年齢は十代後半から二十代前半といったところだろうか?
俺はすぐに大剣を構えた。
チラリと視線をやると、エリシアは既に酒杯を置いて杖を手にしている。
先ほどまですっかりお酒の美味しさに酔いしれていた彼女であるが、突然の闖入者によってすぐに切り替えたようだ。ちょっとだけ安心した。
「そのように警戒せずともよいではないか」
臨戦態勢ともいえる俺たちを見るも、赤毛の少女は一切動じること なく苦笑していた。
佇まいには落ち着きがあり、話し方も見た目にはそぐわない老獪さを感じる。妙だ。
「いや、警戒するなっていうのが無理な話だろ」
「こんな時間帯に女の子が一人で森にいるとか怪しさしかないわ」
これが街や村なのであれば違和感はないが、この付近には村や集落もない深い森の中。
そんなところに若い少女が一人でいるはずがない。
それにこの距離まで近づかれているのにまったく気づかなかった。
俺はスキルを発動していなかったのもあるし、エリシアもお酒に夢中だったという原因もあるが、冒険者二人の感知を潜り抜けて近づいてくるなんて一般人なはずがない。
俺たちと同じ冒険者か、あるいは以前エリシアを狙っていた冒険者狩りの一味か……。
俺たちが警戒心を漲らせる と赤毛の少女がため 息を吐いた。
「そのように敵意をむき出しにするではない。害意があるのであれば、声をかけずにとっくに襲っておる」
「それは確かにそうだが……」
じゃあ、なんでこんな日暮れも前の時間帯に一人で森をうろついているんだ?
そんな疑問を尋ねようとしたが、それよりも前に赤毛の少女が動いた。
「ところで、お主のこの料理、とても美味そうだな? なんという料理だ?」
「とんかつだ」
「ほう! とんかつというのか! 衣の匂いが香ばしく実に美味そうだ!」
普通の食材を使ったとんかつじゃなくて、豚鬼の肉を使ったものなんだよなぁ。
と言いたいところであるが、名前もどのような奴かも知らない相手に魔物を使った料理だとは教えるわけにはいかないしなぁ。
「ひとつ貰うぞ」
どうにかして赤毛の少女の興味の別のものに誘導しなければと思っていると 、彼女がパクリと豚鬼のとんかつを口にした。
「ああああああああっ!」
これが普通の豚肉を使用していれば問題ないが、使用しているのは豚鬼の肉。
魔物の肉だ。
俺以外の者が食べてしまえば、腹を下し、頭痛、熱、倦怠感に苛まれ、最悪の場合は魔物化してしまう。
見ず知らずの怪しい少女とはいえ、俺が原因でそのような事態になるのは嫌だ。
「エリシア! 吐かせるぞ!」
「え、ええ!」
豚鬼のとんかつを咀嚼している少女をエリシアに羽交い絞めにしてもらうと、俺は少女の口元に指を突っ込む。が、赤毛の少女が激しく抵抗をして突っ込むことができない。
コイツ思っていた以上に力が強いな。
「こら! お主たちなにをする!」
「今、お前が食べたのは魔物の肉なんだ! 普通の人が食べたらお腹を壊したり、最悪は 魔物になる可能性がある! だからすぐに吐き出せ!」
「だから、我は普通の人間じゃ――」
「ごめんね。あなたのためだからジッとしてちょうだい」
「ええい! 人の話を聞かんか!」
強引に吐き出させようとすると、赤毛の少女の身体が赤く発光し、俺たちは衝撃によって吹き飛ばされた。
加減をしていたとはいえ、俺とエリシアの二人で抑えつけられないなんて何者なんだ。
ええい、そんなことよりも今は吐き出させてやらないと。
「おい! ただの豚肉じゃなくて、豚鬼の肉なんだぞ!」
「そんなのはわかっておる!」
「わかってるって普通の人間が魔物を食べると身体にどんな異常が起こるかわかるだろ!?」
「それは人間の話であろう? 魔物である我には関係のない話じゃ」
俺が声を張り上げると、赤毛の少女はそれを理解した上で言ってみせた。
「は? 魔物?」
「そうだ。我は人間ではない」
「人間じゃないってどういうこと?」
名前:アルミラ
種族:人間族
「鑑定をしてみたがお前は人間だぞ?」
先ほど表示された種族名は人間族だった。これで魔物だと言われても無理がある。
「む? 偽装を解いていなかったか。少し解除してやろう。ほれ、もう一度鑑定してみるがよい 」
名前:災害竜
種族:魔物
アルミラに言われてもう一度鑑定をしてみると、確かにステータスの種族欄が変化していた。
「災害竜だって!?」
「ええ? 嘘……ッ!?」
野宿をする際にエリシアがここにいるかもしれないと話していた伝説の竜。
災害竜と呼ばれる存在が目の前で人の姿をして 立っていた。
「ふふふ! 我が名はアルミラ! 世間では災害竜と呼ばれておる!」
驚く俺たちを前に偉そうに薄い胸を張って告げるアルミラ。
「本当にこんな小さな子が災害竜だっていうの?」
エリシアの気持ちは非常にわかる。
鑑定スキルによる保証はあれど、こんな少女が災害竜だと言われても正直ピンとこない。
特にエリシアは以前別の個体を見たせいか、そのギャップもあって信じにくいようだ。
「ふむ、信じられんか? ならばしょうがない」
面倒くさそうにため息を吐くアルミラ。
そして、次の瞬間――
――アルミラを中心に全方位に灼熱が展開されたのかのようだった。
渦巻く炎の正体は魔素。
瘴気竜の瘴気、魔素を源にしたブレスが 児戯に思えるほどの濃密で莫大な魔素が怒涛のように押し寄せてくる。
生物としての格が違う。瞬時にそれを理解 させられる。
アルミラは何もしていない。
ただそこに佇んでいるだけ。
それなのに彼女から放出された魔素が炎の力となって顕現し、木々を焼滅させていく 。
背筋が凍り、心臓が握られているかのような圧迫感。
同じく魔素を宿しているからこそ、目の前にいる相手がどれだけ強大な力を秘めているか理解できた。いや、実際には途方もない高さの塔を見上げているだけで、彼我の力量差すら理解はできていないのだろう。
あまりにも強大で、理不尽な力で、相対しているだけで逃げ出したくなる。が、必死に大剣を握りしめて耐える。
相手がどれだけ理不尽な相手だろうか知ったことか。死ぬのであれば、俺は冒険者として死にたい。背中を向けて死ぬよりも、相手に立ち向かって死んだ方がいい。
そんな想いを込めて大剣を握り直すと、濃密な魔素がフッと消失した。
「わはははは! 我の魔素に当てられて気を失わないとは二人とも心が強いの!」
アルミラの呑気な笑い声が響いた。
俺は荒い息で何とか呼吸を繰り返して落ち着かせる。
アルミラを見てみると、さきほどの濃密な魔素は嘘のようになくなっていた。
どうやらアルミラが魔素を引っ込めたらしい。
そのことをようやく認識すると安堵の息が漏れた。
隣に視線をやると、エリシアが青白い顔で杖を支えにしながら荒い呼吸をしていた。
さすがの彼女も災害竜の魔素に当てられるのはきつかったらしい。
「……ふ、ふざけんな、この野郎」
「きちんと力を示しておかねば、お主たちは信じないであろう?」
そうかもしれないが、もっと別の方法でも証明のさせ方があった気がする。
まあ、今更終わったことを言っても仕方がない。
「お主たちの名は?」
「……ルードだ」
「エリシアよ」
「ルードとエリシアだな。覚えておこう」
息を整えて名前を告げると、アルミラが満足そうに頷いた。
「で、お前が――」
「アルミラじゃ」
「……アルミラが災害竜なのはわかったが、俺たちに何の用なんだ?」
人々に畏れられる災害竜が何故 俺たちに寄ってきたのか。
襲うでもなく、わざわざ人間の姿に化けてやってくる意図がわからない。
「山で眠っていたらとてもいい匂いがしたものでな!」
ここから見える範囲での山は遠くに見えるものだけなのだが。どれだけ嗅覚が鋭敏なんだ。
「それで様子を見に行ってみると、人間でありながら魔物を調理して食べている人間がいるではないか。お主こそどうして人の身でありながら魔物を食べることができる?」
アルミラの赤い瞳が爛々と光っている。
魔物食が人体にどのような影響を与えるかは俺の口から語ったばかりだ。
今さらしらばっくれることはできないだろう。
目の前の災害竜の機嫌を損ねれば 、どうなるかわからない。
エリシアに視線を向けると、彼女も仕方ないとばかりに頷いた。
「……俺には【状態異常無効化】というユニークスキルがあってな。どんな状態異常も効かないんだ」
「なるほど! そのユニークスキルのお陰で魔化現象を無効化しているというわけか! しかし、スキルがあるとはいえ、よくそれを実行に移せたものじゃな? もし、スキルが思うように機能しなければ死んでおったかもしれぬのに」
「だから、この年齢になるまでふんぎりがつかなかったんだ」
確証もない実験で死ぬのはゴメンだった。
アベリオ新迷宮で死にかけなければ、一生それを試すことなく人生を終えていたかもしれない。
「お主、実に面白い人生を歩んでおるなぁ」
「そりゃどうも」
そんな玩具を見るような目で褒められても微塵も嬉しくなかった。
「俺が魔物を食べられる理由はわかっただろ? 満足したなら帰ってくれ」
俺とエリシアが束になっても敵わない相手が目の前にいては、野宿をすることもできない。
しっしと手を払う仕草をしてみせるが、アルミラは動くことはない。
「嫌じゃ。我は腹が減っている。とんかつが食べたい」
「さっき一つ食べたじゃねえか」
「あれだけで足りるものか。それにお主たちのせいで呑み込んでしまって味がわからなかったんじゃ。今度こそきちんと食べたい。我は人間の調理した魔物料理に興味がある」
どうやら俺の作った豚鬼のとんかつが気になって仕方がないらしい。
食い意地の張っている竜だ。
「わかった。作ってやるから大人しく待ってろ」
「うむ! 楽しみだ!」
アルミラの騒動 のせいでとんかつはすっかりと冷めてしまっていた。
冷めた俺の食べかけを渡して満足するとは思えないし、新しく作るしかない。
「ルード、災害竜を相手によく平然と話せるわね?」
調理の準備を始めると、エリシアが寄ってきて声を潜めながら言う。
そういえば、エリシアはアルミラとほとんど会話をしていない。
まだ先ほどの恐怖心が残っているようだ。
「これだけ実力に差があると、逆に一周回って吹っ切れたぜ」
「そ、そう。意外と心臓が強いのね」
俺は常に弱者側の人間だったからな。こういった状態には慣れている。
強い相手全員にビクビクと怯えていたらキリがないから。
「アルミラは俺の作る魔物料理に興味を示しているみたいだからな。とりあえず、食わせてやれば満足してどこかに行くだろう」
「それもそうね」
行動すべき方針が決まっていれば行動に迷いもない。
エリシアは精霊魔法を行使して、アルミラの分の椅子を作り、食器などを並べ始める。
俺はマジックバッグから追加の豚鬼の肉を取り出して、先ほどと同じように筋切りをしていく。
「……肉を包丁で突き刺して、それに何の意味があるのだ?」
大人しく待っていろと言ったのに、アルミラは俺の傍にやってきた。
「肉の反り返しを無くして、火が均一に通るようにしているんだ。他には見栄えなんかもよくなる」
「ほう。そのような利点があるのか」
筋切りを終えると棒で肉を叩いて形を整え、塩、胡椒を振って全体に味をつける。
そうやって調理を進める度にアルミラは疑問を口にしてきた。
料理をまったくやったことのないアルミラにとって、ひとつひとつの工程が気になるらしい。
まあ、何もせずに作業するだけというのも味気ないので説明してやりながら 調理を進めていく。
豚鬼の肉に衣を馴染ませたら、高熱の油へとくぐらせる。
しっかりと衣が茶色く染まり熱が通ったら、とんかつの完成だ。
「はいよ。豚鬼のとんかつだ」
「うおおおおお! 美味そうじゃな!」
とんかつを差し出すと、アルミラは目を 輝かせてフォークを手にした。
もっとも大きなど真ん中の部分をフォークで突き刺すと、豪快に頬張る。
「うっ……」
「どうした?」
「うまあああああああああああああいのだ!」
硬直したと思ったらアルミラが目を見開いて叫んだ。
いや、叫んだというより竜の咆哮だった。
「なんじゃこれは! 豚鬼の肉を調理しただけでこのように美味しくなるとは!」
アルミラはそのような言葉を言うと、ガツガツととんかつを食べ進める。
魔物の口に合うかは不明だったが、アルミラは俺の作った料理を気に入ってくれたようだ。
「こんなものでは足りん! 足りんぞ! ルード!」
「へいへい、今揚げている最中だから待ってろ」
その勢いから一つでは足りないと思っていたので、既に追加のとんかつを二枚揚げていた。
揚げ終わったものを食べやすいように切ろうとすると、それが瞬時に消えてしまう。
視線を向けると、アルミラが豪快にフォークでとんかつを突き刺して食べていた。
少し行儀が悪いが、魔物を相手に人の作法を説いても仕方がない。
「切り分ける必要はない! もっと! もっととんかつをくれ!」
アルミラはすっかりとんかつを気に入ってしまったらしい。
大きめに作ったとんかつが次々と彼女の胃袋へと収まっていく。
災害竜のご所望を断れるわけもなく、俺は黙々と豚鬼のとんかつを揚げ続けるのだった。
新作はじめました。
『異世界ではじめるキャンピングカー生活〜固有スキル【車両召喚】はとても有用でした〜』
異世界でキャンピングカー生活を送る話です。
下記のURLあるいはリンクから飛べますのでよろしくお願いします。
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