豚鬼の討伐依頼
LINEマンガにて『魔物喰らいの冒険者』の総合ランキング1位です。魔物喰らいの縦読みカラーマンガ、是非とも読んでくださいね。
ドエムの工房で防具の発注を済ませた俺は、そのまま冒険者ギルドにやってきていた。
ギルドにやってくると、今日も冒険者が掲示板を前にしてたむろしていた。
依頼を吟味する者や、パーティーを募集する者、テーブルにて依頼書を広げながら作戦会議をしている者など非常に賑やかだ。
フロアに入ると、エリシアが一直線に掲示板に進んでいく。
別に選ぶ係を決めているわけではないが、依頼が報酬に見合っているか、ギルドの評価点が高いかは元Sランクのエリシアの方が理解しているので基本的に彼女に任せている。
依頼の選別をエリシアに任せて俺は長椅子に座ると、なんとも言えない視線が突き刺さる。
既に寄生騒動は終わったことだが、監査官であるエーベルトや、ガラの悪い冒険者の言葉を鵜呑みにして誹謗中傷してきた者もいる。
謝罪をした者もいるとはいえ、やはり気まずいのだろう。
俺としては気にせずに放置してくれればいいんだけどな。
「ルード! 依頼を持ってきたわよ!」
微妙な視線に居心地の悪さを感じていると、エリシアが一枚の依頼書を持ってきた。
「豚鬼の群れの討伐!」
「構わねえけど、珍しくランクが低いじゃねえか?」
豚鬼とは、豚の頭をした人型の大きな魔物である。
二メートルを越える体格から繰り出される一撃はかなりの破壊力を秘めており、まともに攻撃を受けてしまえば一撃で戦闘不能となる。
分厚い脂肪を纏っているために刃も通りにくく、防御面でもタフさを発揮する。
また精力が旺盛で、異種族の雌をさらって孕ませることから忌避される一面もある。
討伐ランクはD。
駆け出しの冒険者には荷が重い相手であるが、慣れているものであればそこまで苦労することなく狩れる魔物だ。俺たちレベルなら楽に屠ることができるだろう。
ギリギリの難易度を持ってくるエリシアにしては温い依頼だ。
「この依頼の内容を読んでみて」
エリシアに言われて、俺は依頼内容を読み込んでみる。
どうやらバロナから東に位置する森で豚鬼の群れが発生したようだ。
群れの規模はかなり大きいらしく、このまま放置しておくと王などの上位個体が発生し、街に襲いかかってくる可能性があるらしい。
「結構、緊急性が高いみたいだな」
「そう! こういった緊急性が高いものを引き受けると、ギルドからの評価がいいのよね! それに平時よりも報酬が高いし!」
有事の際に貢献してくれる冒険者というのは、ギルド側からすればとても有難い存在だろう。
そんな冒険者への報酬に多少の色をつけるのも当然というわけか。
さすがは冒険者歴が長いだけあって、ギルドの事情にも精通している。
「わかった。その依頼を受けよう」
「決まりね!」
ここ最近は魔物の肉料理を食べていなかったしな。
豚鬼の肉を堪能するとしよう。
受付に向かうと、イルミがいたのでそちらの列に並んだ。
すると、エリシアがじっとりとした視線を向けてくる。
「なになに? ルードってば、ああいう子がタイプなの?」
「そういうわけじゃねえよ。先日の礼を言っておこうと思ってな」
「なるほど」
わざわざ列に並んだ理由を説明すると、エリシアは納得したように頷いた。
やがて前にいた冒険者たちが手続きを終えて、俺たちの順番となる。
「この間の件は助かった。改めて礼を言わせてくれ」
「いえ、担当職員として当然の主張をしたまでです。ルードさんが摘発されていれば、寄生を見過ごしていたとして私にも責任が降りかかりますから」
ドライな返答だ。
まあ、この職員に特別な正義感や冒険者に対する入れ込みなどがないことはわかっていたことなので驚くことでもない。
「それにしてもルードさんの実力があそこまであるとは思いませんでした。まさか、Bランクの監査官を真正面から打ち倒してしまうとは……このような短期間でどうやってあそこまで実力を上げたのです?」
魔物を食べて、そのスキルを手に入れているからです。なんてバカ正直に告げるわけにもいかない。
「えっと、俺ってば成長期……的な?」
苦し紛れながらも誤魔化しの言葉を吐くと、イルミの視線がとても冷たいものになった。
「まあ、報告する義務もないのでいいですが、強くなったからといって無茶はしないでくださいね」
「ああ、わかってる」
「では、本日の用件をお願いします」
「豚鬼の群れの討伐を頼む」
依頼書を差し出すと、イルミは黙々と受注の手続きを進めてくれるのであった。
●
豚鬼の討伐依頼を受注した俺とエリシアは、街から東に半日ほど歩いたところに位置する森にやってきた。
豚鬼の見た目は非常にわかりやすい。
豚の頭をくっつけた肥満体型の魔物だ。
背丈は二メートルを越えており、森の中にいても非常に目立つ。
俺の【音波感知】とエリシアの風精霊による索敵を駆使しながら鬱蒼とした森の中を進んでいくと、あっという間に豚鬼を見つけることができた。
豚鬼が三体。
鑑定してみると、豚鬼のステータスが表示された。
豚鬼
LV28
体力:120
筋力:76
頑強:75
魔力:22
精神:36
俊敏:54
スキル:【棍棒術】【痛覚耐性(小)】【精力増強(中)】
レベルは瘴気迷宮の二十五階層の魔物と変わらないくらいだ。
体力、筋力、頑強の数値がやや高いくらいだろう。
豚鬼の手には木々を削り出して作ったと思われる棍棒や、どこかの冒険者や木こりから強奪したのか鉄製の斧を持っている者もいる。
基本的なステータスに変わりはなく、スキル構成は【棍棒術】が【斧術】だったりとそれぞれの武器の特性によって少し違いがある程度。スキルによる脅威は小さいと言っていい。
「私が仕留めましょうか?」
索敵スキルによってこちらが一方的に存在を知覚しており、豚鬼たちはこちらに気付いていない。エリシアが精霊魔法をぶっ放せば、一撃で決着がつくだろう。
「二体は残してくれ。新しく大剣と手に入れたスキルを試したい」
「わかったわ」
ハイポイズンラプトル、瘴気竜を喰らったことによって新しいスキルを手に入れていたのだが、ここ最近は瘴気迷宮を攻略していたり、エーベルトと戦ったりで実践する機会がなかった。豚鬼であれば、どちらのスキルも効果がありそうなので試してみたい。
エリシアは風精霊を呼び出す。虚空から現れたのは翡翠色のイタチだ。
その周囲には透明な鎌が浮遊しており、可愛らしい見た目の割に少しおっかない。
「お願い!」
エリシアが魔力を譲渡すると、風精霊は一回転して透明な鎌を振るった。
不自然な風圧を感じたのか豚鬼が振り返った。
「フゴオオオオッ!」
そこでようやく俺たちを発見したらしく、先頭にいた豚鬼が棍棒を手にして前に進もうとするがずるりと上半身と下半身が別れた。
「フゴオッ!?」
綺麗すぎる切断面を晒しながら沈んでいく。
あの豚鬼はいつ自らの体が切り裂かれたのか理解する暇もなかっただろうな。
俺は背中から大剣を引き抜き、動揺している豚鬼の一体へと肉薄。
大剣を振るうと、豚鬼が反応して棍棒で迎撃してくる。
ただの棍棒でドエムの作った大剣を弾こうなどと舐め過ぎだ。
俺の大剣は棍棒をバターのように切り裂き、そのまま大剣を切り返して豚鬼の右腕を跳ね飛ばした。
豚鬼が苦悶の声を漏らして隙を晒している内に大剣を薙ぎ払って左足を落とす。
豚鬼がバランスを崩して尻もちを突くと、ちょうどいい位置に首がきたので留めとばかりに首を飛ばした。
「さすがの切れ味と頑丈さだな」
ステータスが高くても皮下脂肪と頑強な骨のある豚鬼の首を一撃で吹き飛ばすことは中々に難しい。それを成し遂げたということは、この大剣にかなりの切れ味と頑強さがあることの証明だ。
あっさりと豚鬼を沈めると、残っていた一体が斧を手にして猛然と駆け寄ってくる。
その動きはかなり鈍重であり、瘴気竜に比べると迫力も足りない。
「【猛毒爪】」
ハイポイズンラプトルから手に入れたスキルを使用すると、俺の右手の爪が濃紫色へと変化し、十センチほど伸びた。
魔素を込める量を調節すると爪を短くしたり、さらに長くしたりもできる。
油断すると自分に刺さってしまいそうなほどに長いが、俺には【状態異常無効】があるので万が一刺さってしまっても問題はないだろう。
豚鬼が振り下ろしてきた斧を回避すると、俺は長く伸びた爪を相手の左腹部に突き刺した。
分厚い脂肪に包まれた豚鬼がその程度の傷で倒れることはない。
懐に潜り込んだ俺を排除するように斧を薙ぎ払ってくるので後退して回避する。
どのくらいで毒が効果を発揮するのだろうと思っていると、豚鬼の左腹部がじんわりと濃紫に変色した。
すると、豚鬼は左腹部を左手で押え、もがき苦しむ。
どうやら毒が効いてきたようだ。
濃紫色の範囲が拡大するにつれて豚鬼は苦しみ、吐血する。
やがて毒が全身に回ると豚鬼はピクリとも動かなくなった。
「ルード、今のは?」
「ハイポイズンラプトルのスキルだ」
「猛毒の爪……えげつないわね」
全身が濃紫色に染まった豚鬼を見下ろしながらエリシアが言った。
致命傷にもならないたった一突きでこれだからな。これが猛毒の恐ろしさだろう。
どれだけ高い体力、頑強の数値を誇っていようと、どれだけ分厚い外皮や脂肪を纏っていようが内部から破壊されれば意味はない。
対人戦でもかなり有用だろうが、毒の匙加減ができないのですぐに【肩代わり】をしてやるか、殺す覚悟がないと使えないスキルだろう。




