魔物喰らいの冒険者
2章開幕です。
瘴気迷宮の二十五階層。
沼地エリアにある毒沼へと俺は入って探しものをしていた。
どうして毒沼に直接入ることができるのかというと、俺には【状態異常無効化】というユニークスキルがあるからだ。
このスキルはあらゆる状態異常を無効化してくれるので、毒沼に入っても俺は毒状態になることがないのである。
ただそこにいるだけで冒険者の身体とステータスを蝕んでくる瘴気迷宮を探索拠点にしているのも、このユニークスキルがあるからだ。
「扉は見つかった?」
毒々しい液体の中を手でまさぐっていると、金色の髪に葉っぱのような尖った耳をしているエルフの女性が声をかけてくる。
彼女はエリシア。瘴気迷宮で出会った元Sランクの冒険者だ。
「ねえな。前はこの辺りにあったはずだが綺麗に無くなってやがる」
「……そう」
つい、先日。俺たちはポイズンラプトルの討伐依頼を受けて、この階層へと足を踏み入れた。
戦闘の最中に毒沼に扉があることが気づき、俺たちは隠し階層へと足を踏み入れ、瘴気竜というとんでもない魔物と戦うことになった。
その入口が今も残っているのか確かめにやってきたのだが、あの時の金属扉は見当たらなかった。
「あの隠し階層へ行けるのは一回きりってわけか?」
「そう決めるのは早いわね。迷宮の周期によって扉が再び現れる可能性もあるわ」
「ってことは、瘴気竜もまた生まれるのか!?」
「可能性としては十分にあるけど、あのレベルの魔物が生まれるのは相当な時間がかかると思うわ。少なくとも十年は必要よ」
「そうか……」
「あら、残念そうね?」
「またすぐに生まれるなら、定期的に瘴気竜の肉が喰えると思ってな」
「ふふ、瘴気竜の素材が手に入るだとか、莫大な経験値が貰えるとは考えないのね。ルードってば冒険者らしくないわね」
俺の発言を聞いて、エリシアがおかしそうに笑う。
もちろん、その気持ちもないとはいえないが、それよりも先に美味しい食材として手に入る方を望んでいたことは事実なので否定のしようもない。
隠し階層への扉が無いことを確認した俺は毒液を手で払いながら沼から上がる。
「少しジッとしていて。水魔法で落とすわ」
無効化できるとはいえ、毒液がずっと付着したままなのは不快だからな。
陸に上がると、エリシアが水精霊を呼び出した。
小さな魚の姿をした精霊は俺の周囲をくるくると回ると、どこからともなく水を発生させて毒液だけを洗い落としてくれた。
「すげえ。身体が濡れてねえ」
「毒液だけを綺麗に落とすようにお願いしたからね」
エリシアのユニークスキルである【精霊魔法】は、魔力を対価にすることで様々な事象を引き起こすことができる。
精霊との相性があるとはいえ、通常の魔法よりも魔力消費が少ない上にこういった曖昧な事象を起こすことが得意らしい。基本的に魔法が不得意な俺には、魔法による制約やらがよくわからないが、
彼女のやっていることはきっとすごいんだと思う。
「さて、確認も終わったことだし、依頼の方をこなしましょうか」
「そうだな」
隠し階層について調査をしたいとはいえ、それだけのために二十五階層にまでやってくるのは勿体ない。冒険者である以上、ここまでやってきたからには稼ぎを出さなければいけない。事前にそのこ
とを話し合っていた俺とエリシアは、ギルドで魔物の討伐依頼を受けていた。
「確かポイズンスライムの討伐だよな?」
「ええ。二十六階層に出現する魔物よ」
まだこの階層よりも下には行ったことがなかったが、この辺りの階層までは一人でも潜ることができた。そこにエリシアが加わったのであれば問題はないだろう。
俺とエリシアはポイズンスライムを探すために二十五階層の奥へ進むことにした。
隠し階層のあった毒沼は元々かなり奥地であったために、二十六階層への螺旋階段はすぐに見つかった。
躊躇うことなく足を踏み入れ、コツコツと音を立てて降りていく。
螺旋に沿って何度も回ると、俺たちは薄紫色の瘴気の立ち込める沼地へとたどり着いた。
「また瘴気の密度が上がったわ」
エリシアが顔をしかめながら言う。
瘴気迷宮は奥へ進んでいくごとに瘴気の濃度が上がっていく。
二十五階層を越えたことで瘴気の濃度が増したのだろう。
「大丈夫か?」
「ええ。瘴気竜のものに比べれば、優しいものだし」
瘴気竜が生み出す瘴気はとんでもない濃度だったからな。あれと比べれば、この程度の瘴気が可愛いものだと思えるのも無理はない。
俺とエリシアは沼地の中を進んでいく。
「ここの階層、随分と毒沼が多いわね」
「本当だな」
ぬかるんだ地面に腐った大木や石。ぱっと見た限りでは二十五階層とほとんど変わりはなかったが、普通の地面と毒沼の割合が四対六くらいになっている。
前の階層では気を付けていれば毒沼に入ることはないが、この階層では何かしらの手段を持って通り越す必要がありそうだ。
俺とエリシアは毒のないぬかるんだ地面を歩いていく。
左右には毒々しい色合いをした沼が広がっているだけで、道の先には魔物一匹といない。
とても静かな光景。だからこそ怪しい。
「怪しいことこの上ないわね」
この違和感に経験豊富なエリシアは真っ先に気付いている。
静かすぎる階層内に毒によって制限された一本道。
まるで毒のないルートを歩んでくれと言わんばかりだ。
左右にある毒沼から魔物が襲ってくれば、冒険者の対処は難しいものになるだろう。
俺は【熱源探査】のスキルを発動。
すると、俺の視界には毒沼の中に潜んでいる十匹のゴブリンが見えていた。
毒ゴブリン
LV32
体力:102
筋力:88
頑強:76
魔力:32
精神:56
俊敏:93
スキル:【毒耐性(中)】【瘴気耐性(中)】
まだ俺たちが気づいていないと思っているのだろう。毒の中で武器を手にしながらジッとこちらを伺っている。わざわざ前に進んで相手のペースに乗ってやる必要もない。
「右に五匹、左に五匹。右は任せた」
「ええ」
エリシアにゴブリンの位置を教えると、俺は左の毒沼へと跳躍して大剣を振り下ろした。
ズンッとゴブリンの頭から股下まで一刀両断する手応えが伝わった。
仲間が一匹倒されたのを見て、武器を手にした四匹のゴブリンが慌てて毒沼から姿を現す。
通常のゴブリンは緑色の肌をしているが、毒ゴブリンたちの肌は紫色になっている。恐らく、毒に順応した故の変化なのだろう。
毒ゴブリンの一匹が矢を飛ばしてくるのを大剣の腹で弾く。俺が足を止めた隙に残りの三匹が剣を手にして襲いかかってくる。
一番目に斬り込んできた毒ゴブリンに大剣の面を叩きつけるように振るって吹き飛ばす。
大剣をすぐに引き戻し、横合いからやってきた奴の首を跳ね飛ばした。
太腿を狙ってきた三匹目の攻撃をステップで回避すると、地面に縫い付けるようにして頭から突き刺した。
瞬く間に倒された仲間を見て、矢を射かけてきた毒ゴブリンが慌てて背を向けて逃げ出す。
「エアルスラッシュ」
俺は右腕を差し出すと、モルファスのスキルが発動して風の刃が毒ゴブリンの身体を刻んだ。
「お疲れ様」
周囲に敵影がいないことを確認すると、エリシアが声をかけてくる。
呑気な声を上げる彼女の周囲には輪切りになった毒ゴブリンの遺骸がある。
「早いな」
「ルードが居場所を教えてくれたからね」
魔法使いにとって絶好のシチュエーションだったとはいえ、たった一発で終わらせることができるのがすごい。
「ちなみになんだけど、ルードはあれも食べるの?」
あれというのは毒沼に倒れ伏した毒ゴブリンたちであろう。
「いや、さすがにゴブリンは喰わねえよ」
顔を横に振ると、エリシアがちょっと安心したような顔になる。
ゴブリンが臭いことは冒険者であれば、よく知っている。
あれはどう調理しても臭みが抜けることはないだろうな。
ミノタウロスやオークと比べても姿が人と近いし、ゴブリンだけは美味しく調理できるイメージが湧かない。
「……そう。ルードならてっきりなんでも食べちゃうかと思ったわ」
「どうしても必要なスキルがあれば喰うが、そうでもない限り喰いたくねえ魔物もいるぞ」
魔物なら何でも食べる悪食だと思われているのであれば心外だ。俺だって食べる対象くらいは選んでいるのだから。




