バジリスタのステーキ
「気が付いた?」
目を覚ますと、こちらを覗き込んでいるエリシアの顔が視界に入った。
後頭部に感じる温かくて柔らかい感触。どうやらエリシアに膝枕をされているらしい。
「……腹減った」
「目を覚まして最初に言うのがそれ?」
ぐううと音を立てる俺の胃袋と台詞にエリシアがクスクスと笑った。
バジリスタがどうなったか、自分やエリシアの体調だのと気になることがあるが、それを上回るほどの空腹感が俺を支配していた。
とにかく腹が減ってしょうがない。これほどの飢餓感を覚えたのは久しぶりだ。
腹が減って仕方がないのは純粋に体内から減ってしまった魔素を補充したいという欲求なのかもしれない。
とはいえ、調理をするためにも状況把握は必要だ。
後頭部の柔らかな感触から離れがたい力を感じたが、強い意思を持ってむくりと上体を起こす。
さすがにいつまでもお邪魔していては迷惑だからな。
「瘴気竜はどうなった?」
「ルードのお陰で無事に倒せたわよ」
振り返るとバジリスタの頭があり、奥には残った胴体が崩れ落ちていた。
地面には切断された首から血液が……。
「はっ! マズいぞ、エリシア! 早く血抜きしねえと!」
「体調の確認よりも下処理が先!?」
「いや、だって魔物を倒した以上は喰うだろう? 喰うなら美味しく調理できるに越したことはねえし」
なんて答えると、エリシアは頭が痛いような顔になってこめかみを押さえた。
「……安心して。瘴気竜の血液なら水魔法で既に抜いてあるから」
言われてバジリスタに近寄ってみると、しっかりと血液が抜かれている。
周囲に散らばっている血液は俺が頭を斬り落とした時に散らばったもののようだ。
「おお! エリシアも食材の下処理をわかってきたな!」
「竜の血液は素材になるからよ!」
料理が不得意なエリシアも下準備というものがわかったのかと思ったが、どうやら違ったようだ。
まあ、なにはともあれ血抜き処理ができているのであれば問題ない。
「ところで瘴気は平気か?」
「瘴気が晴れたから今はもう大分マシね」
あれほど濃密な瘴気に満たされていた大広間であるが、バジリスタが討伐されたことによって瘴気がすっかりと消えたようだ。
しかし、エリシアの体調は本調子とはいえない。状態をみると、まだ瘴気状態となっている。
まだ体内にバジリスタの瘴気が残っているようだ。
「まだ瘴気が残ってる。俺が肩代わりをしよう」
「お願い」
エリシアに触れて【肩代わり】を発動。
彼女の身体を蝕んでいる瘴気を引き受けて、俺のユニークスキルで無効化した。
「ありがとう。大分楽になったわ」
瘴気を俺が肩代わりしたことによってエリシアの顔色が良くなった。
他の階層であれば、瘴気を肩代わりしたところですぐに漂う瘴気によって瘴気状態になってしまうが、大広間ではその様子がない。
バジリスタを倒したことにより完全に瘴気がなくなっている。
どうやらここだけは他の階層の仕組みから外れているらしく、安全地帯になっているようだ。
「ここで休憩をしてから街に戻るか」
【吸血】で傷を癒したとはいえ、バジリスタとの戦闘で体力や気力はかなり疲労している。
エリシアもようやく瘴気から解放されたばかりで体調が万全とはいえない。
この大広間には瘴気がないだけでなく、他に魔物も棲息していない。
ここで体力を回復させてから動き出すのがいいだろう。
「そうしましょう。奥に転移の魔法陣もあるし、帰るのを急ぐ必要もないわ」
エリシアの指し示す先には水色の光を放つ魔法陣が出現していた。
「……いつの間にあんなものが?」
「瘴気竜が死んだと同時に出てきたわ。大広間の主を倒すことで帰還できる仕組みみたい」
「竜を倒さねえと出られない階層とかどんだけ鬼畜なんだ」
「隠し階層なんて大体そんな理不尽なものだわ」
思わず呟くとエリシアが肩をすくめながら苦笑いした。
数多の迷宮を踏破しただけあって、迷宮の理不尽さには慣れているようだ。
「特に心配事もねえことだし、ここで瘴気竜を調理するか」
「やっぱり食べるのね」
「当然だ」
バジリスタを前にして俺はかつてないほどに興奮していた。
まさか伝説の存在である竜を食べることができるとは。
「解体は必要だし私も手伝うわ」
まずはエリシアと共に全身にある鱗を丁寧に剥がしていく。
生前はあれほど頑強だった鱗だったが、死んだことであっさりと皮膚から引き剥がすことができた。
死んだことによる影響なのかもしれない。
「これ一つで金貨何枚もの価値になるわよ!」
エリシアの目が完全に金貨になっている。
竜種の鱗は武具に加工したりと、何かと便利だから高く売りさばけると聞く。
彼女からすれば鱗すべてが金貨に見えているのかもしれない。
とはいえ俺も素材としてより、食材的な価値としか見ていないが。
「ああ、でもこっち側の鱗はダメね」
「倒すのにかなり傷をつけちまったからな」
さすがに格上のバジリスタを相手に素材を配慮して倒すような余裕はなかった。
エリシアの精霊魔法に加え、俺が全体的に斬り刻んだものだからすべてを綺麗に回収はできない。
「……問題はどこを食べるかだな」
鱗の採取が終わったところで、俺はバジリスタにナイフを入れてみる。
脚は集中して攻撃したために損耗が激しい上に、筋が多くて肉質が特に硬い。
しっかりと煮込んでやってスープにすれば美味しそうだが、さすがにそこまでゆったりと調理していられない。
だとすると、比較的に肉質の柔らかい背中の肉がいいだろう。
切り出してみると艶のある淡い赤色をしており、乳白色の脂肪が混ざっている。
その美しさはもはや食材の域を超えて芸術品のようだ。
「とても綺麗なお肉ね! どうやって食べるの?」
「シンプルにステーキにしようと思う」
色々と手を加えることはできるが、初めて食べる竜の肉だ。
どうせなら素材の味を一番よく味わえる料理で食べてみたい。
そんなわけで瘴気竜のステーキを作ることにした俺は、マジックバッグから調理に必要な道具を取り出す。
竃に見立てるように石を積み上げ、その上に大きなフライパンを設置。
火魔法で鉄板を加熱している間にサーロインステーキに塩と胡椒を振りかけていく。
加熱する際に脂で流れてしまいそうなので多めにだ。
下味をつけ終えた頃にはフライパンがしっかりと温まっているので、油を敷いてその上にサーロインを載せた。
脂が溶け出し、シュワアアアッと弾ける音がする。
フライパンの中が肉汁で溢れそうだ。
瘴気迷宮の大広間にただ肉の焼ける音が響き渡る。
いいお肉を焼いている時は、それを眺めているだけで楽しいものだ。
内部まである程度の熱が通ったらまな板の上に戻して少しだけ寝かせる。
余熱が通ったら包丁を差し込んで食べやすい大きさに切る。
「おおおお! すげえ脂の層だ!」
切り分けると中央部分は微かにピンク色になっており、ちょうどいいミディアムレアとなっていた。我ながらいい火加減と言えるだろう。
「ああもう! いい匂いしてるし、すごく美味しそうなんだけど!?」
ステーキを切り分けていると、エリシアが我慢ならないとばかりの声を上げた。
「エリシアも食べるか?」
「食べられないわよ! バカ!」
からかいの言葉をかけると、エリシアに割と強めに肩を叩かれた。
そんな八つ当たりをしてしまうくらいにこのステーキは美味しそうに見えるのだろうな。
「よ、よし、喰うぞ」
数多の肉を食べてきたが、竜の肉は食べたことがない。一体、いかほどの味か。
初めての食材に緊張していたが、美味しそうな見た目と胃袋を刺激するような香りに我慢の限界だ。
俺はすぐに肉を口へ運んだ。
「――ッ!?」
今まで食べてきた牛肉、山羊肉、豚肉、鶏肉とも違う風味であり、味わいだ。
肉に含まれた良質な脂が舌の上で溶け出し、濃厚な甘みがじんわりと広がる。
それと共に赤身から力強い旨みが溶け、濃厚な脂身と混ざり合う。
なんて甘美な味なのだろう。
「ねえ! 味はどうなのってば!?」
恍惚としていると、隣にいたエリシアが激しく肩を揺すってくる。
口ぶりからして何度も味を尋ねていたらしい。
あまりの美味しさに意識がトリップしており、すっかり反応ができなかった。
「めちゃくちゃ美味い……ッ! こんなに美味しい肉は初めてだ!」
一口頬張るだけで頬がだらしなくなってしまう美味しさだ。
歯を突き立てるとバジリスタの強靭な繊維がゆっくりと解けていく。他の肉よりもやや弾力が強いがしっかりと噛み切れるので問題ない。俺はこのぐらいの方が食べ応えがあって好きだからな。
味もさることながら内部に含まれている魔素の量が素晴らしい。
肉汁を利用したソースでも作ろうかと悩んだが、塩、胡椒にして正解だったな。
これだけ濃厚な味をしているんだ。並のソースでは相手にならないだろう。
食べれば食べるほどに空っぽだった体内に良質な魔素が溜まっていくのを実感できる。
強大な魔物だけあって内包している魔素の質と量も尋常じゃないみたいだ。
「これが竜の肉の味か……」
苦労した末に倒した魔物だと思うと、より美味しさが増す思いだ。
最強の一画と呼ばれる竜種を倒した。この功績は俺の冒険者人生の中で最大の功績だ。
振り返れば、冒険者になって十年以上が経過していた。
コツコツと依頼をこなし、修練を重ねたが万年Eランク止まり。
成長が止まり歳ばかり重ねてしまってSランクになるという夢は半ば諦めかけていた。
ミノタウロスと遭遇し、臨時で入ったパーティーに裏切られ、奈落へと落ちてしまったが、ユニークスキル【状態異常無効化】のお陰で魔物を喰らうことができ、俺は魔物の操るスキルを獲得することができるようになった。
そこからエリシアと出会い、一緒に冒険をするようになってランクがDへと上がり、隠し階層で竜を討伐できるようになった。
以前までの俺ならば考えられなかったような冒険の数々だ。
一度は不幸のどん底に落とされたが、ここまで這い上がることができた。
このままエリシアと一緒に冒険をすれば、憧れのSランク冒険者になることができるかもしれない。
もし、俺がそこまでの力をつけることができたときには、彼女が目的とする仲間の奪還や仇である深淵の魔物を倒すのに協力したいと思う。
とはいえ、今はレベルも低く、実力もまだまだ足りない。
だから俺は地道に魔物を倒して食らい、強くなっていこう。
それが俺の冒険者――いや、魔物喰らいの冒険者としての道筋だ。
「なんかズルい! ルードが食べるのを見ていたらお腹が空いてきたわ! 早く帰りましょう!」
なんてことを考えていると、エリシアがすっと立ち上がりつつ言った。
「まだエリシアの体力が回復してねえだろ?」
「体力ならもう回復した! だから早く戻りましょう!」
「いや、俺がまだ食べてるから待ってくれよ」
「嫌よ! 私は早く帰りたいの! 私も帰って特上のステーキを食べるんだから!」
子供のように駄々をこねるエリシアを宥めつつ、俺はバジリスタのステーキを堪能した。
これにて一章は終了です。
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