瘴気竜バジリスタ
「【鑑定】したなら今のうちに情報を教えて」
エリシアが作り上げてくれた稀少な時間を利用し、俺は【鑑定】でわかったバジリスタの断片的な情報を伝えていく。
「あいつは瘴気竜バジリスタ。その名前の通り瘴気を操る竜だ。爪や牙には毒や麻痺があるから注意してくれ」
「魔法耐性は?」
「【龍鱗】っていう防御スキルのせいで全体的に魔法は効きにくい。火と土と闇には大きな耐性がある。他はよくわからん!」
バジリスタの長い咆哮が途切れたので作戦会議は終了だ。
エリシアには悪いが断片的な情報から推測して戦ってもらうしかない。
バジリスタは俺たちを睥睨すると、体から濃紫の霧を噴出させた。
恐らく瘴気だろう。かつてないほどに濃密な瘴気が大広間を覆っていく。
「くっ! なんて濃密な瘴気なの!?」
俺はユニークスキル【状態異常無効化】があるため何とも感じないが、エリシアはそうはいかない。
彼女の様子を見れば、一瞬にして顔面が蒼白になっていた。
エリシアの【鑑定】してみると、途轍もない速度でステータスが下がっているのがわかった。
濃密な瘴気が彼女の身体を蝕んでいるせいだ。
俺は問題ないが、時間をかければかけるほどにエリシアのステータスが下がって戦力外になってしまう。
早めに仕掛けて決着をつけるのが望ましいが、これほどの相手に上手くいくだろうか。
それでもやるしかない。
バジリスタが大きく口を開けた。
口に集まる濃紫色の光から瘴気と推測できたが、そこには確かな熱を感じた。
俺とエリシアは慌ててその場から飛び退くと、射線上にあった床や壁が溶けていた。
「なんて熱量だ」
瘴気なら突っ込むことができるが、膨大な熱が含まれていては無効化することはできない。
呆気なく炭化するだけだ。ユニークスキルを過信せずに回避できる攻撃は避けた方がよさそうだ。
俺は【瞬歩】を発動すると、バジリスタの右脚へと潜り込んでグラムを振るった。
ガギインッと甲高い音が響き、グラムが弾かれた。
「硬えっ!」
グラムを振るった右脚を見てみるが、鱗にほんの少しのかすり傷が出来たくらいだ。
呪いの武器であるグラムやスキルの恩恵によって、ステータスで見える数値以上の攻撃力を有しているはずなのだが、バジリスタはまったく痛痒を感じていなかった。
これでは何十回と振るったところでその身に傷をつけることはできないだろう。
攻撃を避けることがなかったのは避ける必要がなかったからか。
バジリスタが右脚を持ち上げて俺を踏み潰そうとする。
俺は【瞬歩】を発動すると、踏みつけ範囲から逃れた。
攻撃と防御はバジリスタの方が勝っているが、俊敏に関しては小さな体格も相まって俺の方に軍配が上がるようだった。【瞬歩】を使えばそう簡単に捕まるようなことはないだろう。
気が遠くなるような話だが地道に攻撃を与えていくしかない。
「シルフィード!」
エリシアが風精霊を呼び出すと、バジリスタ目掛けて風刃の乱舞を射出。
バジリスタは避ける素振りすら見せず巨体で受け止めた。
「わかってたけど、硬いわね!」
彼女の精霊魔法による一撃はバジリスタの右脚の鱗を微かに傷つけた。
致命傷を与えるほどではないが、何度も繰り返して当てていけば致命傷になるかもしれない。
問題は時間をかけて繰り返して当てていく頃には、彼女のステータスがかなり下がり切っていること。
今は鱗に傷をつけることができても、時間が経過すれば魔法の威力が減衰していくのはわかり切っていることだ。
「エリシア! ステータスが下がる前に決着を急いだ方がいい!」
「わかってる! 少しだけ時間をちょうだい!」
そのことをエリシアも自覚しているのか、彼女は出し惜しみをすることなく火精霊、水精霊、土精霊、雷精霊といった他の精霊を呼び出した。
風精霊を合わせれば五属性という豪華な布陣。
エリシアが魔力を譲渡し、五属性の精霊から並々ならぬ魔力が立ち上る。
不穏な空気に気付いたのかバジリスタが闇属性のこもった槍を射出してくる。
俺はエリシアたちの前に移動すると、暴食剣グラムを突き出した。
「その魔法喰らうぜ!」
飛来してくる闇槍は綺麗にグラムの刀身に吸収された。
バジリスタの魔法を喰らったことにより、グラムから魔素の力が流れ込んできてステータスが上昇するのを感じる。
エリシアの魔法はまだ完成しないので俺が斬り込むことにした。
バジリスタの足元に潜り込んでグラムを振るう。
「ゴアアアッ!?」
「へへっ、お返しだ!」
先ほどはかすり傷しかつけることができなかったが、ステータスが上昇したお陰で浅くではあるが裂傷を刻むことができるくらいにはなっていた。
その身に刻まれた裂傷にバジリスタが驚愕の声を上げる。
痛みに驚いたというより自分よりも小さな存在に傷をつけられたことに驚いたといった様子だ。
体に刃が届けば、バジリスタも俺を無視することはできない。
ここでようやくバジリスタは俺を敵だと認めたのだろう。
まともに動くことのなかったバジリスタが、はじめて重い体を持ち上げた。
バジリスタの左脚が豪快に振り払われる。圧倒的な質量を前に防ぐことなど到底できない。
回避一択だ。攻撃は加えなくていい。
エリシアが魔法を行使できるようになるまで注意を引ければいい。
【瞬歩】を使いながら緩急を加えて動き回りながらバジリスタの攻撃を避ける。
バジリスタが俺から注意を逸らそうものならば、即座に踏み込んでグラムで斬りつけてやる。
「ゴオオオオッ!」
ちょろちょろと動き回る俺を嫌ってか、バジリスタが体から濃密な瘴気を噴出させる。
これだけ近くで濃密な瘴気を吸ってしまえば、一瞬にして重度の瘴気状態になってしまうが俺には状態異常は効かない。
精々ちょっと視界が悪くなる煙でしかない。
視界が悪くなったとしても俺には【熱源探査】があるのでバジリスタの姿が手に取るようにわかる。
俺は油断しているバジリスタの左目を思いっきり斬りつけた。
バジリスタが絶叫を上げた。
「ルード! そこから離れて!」
エリシアの魔法の準備が整ったようなので俺はすぐにバジリスタの傍から離れる。
それくらいエリシアの周囲にいる精霊たちからは濃密な魔力が漂っていた。
「くらいなさい! 精霊の五重奏ッ!」
精霊たちから放たれる多属性の魔法。
火球が着弾したと思いきや、水の槍が突き刺さり、雷が焼き焦がす。その上から大質量の岩石が降り注ぎ、大きな竜巻がバジリスタの体を切り刻んだ。
そして、最後にすべての属性がぶつかり合ったことで大きな爆発が起こる。
固唾を飲んで見守っていると、バジリスタが大きく体をよろめかせるのが見えた。
煙が晴れると体を覆っていた鱗はあちこちで剥げ落ち、紫色の皮膚は抉れて赤い血肉をさらけ出していた。
「おお! すげえな、エリシア!」
とんでもない精霊魔法の威力に驚いて振り返ると、彼女は力が抜けたようにふらりと片膝をついた。
「エリシア、大丈夫か!?」
「……ごめんなさい。今ので結構魔力を消費しちゃったかも」
慌てて駆け寄ると、エリシアの額からは大量の冷や汗が流れており、顔色がかなり悪い。
急激に魔力を消費した疲労に加え、瘴気症状による吐き気や酩酊、頭痛といった症状が出ているのだろう。
瘴気によって明らかにコンディションが悪い中、これほどの威力の精霊魔法を放つことができたのはさすがだ。
「すげえ魔法だった。ここからは俺だけで十分だ。エリシアは休んでいてくれ」
「……そうさせてもらうわ」
杖を支えにしなければ立つこともできない彼女をこれ以上戦闘に参加させることはできない。
彼女もそれがわかっているのか素直に頷き、シルフィードに風に運ばれて端へと退避。
「ああもう、昔ならもっと速く撃てたし、あんな奴一発で倒すことができたのに……悔しい!」
意識が朦朧としながらもエリシアは自分の不甲斐なさを悔いているようだ。
既に十分過ぎる働きなのだが、過去の実力を鑑みると到底満足できない結果なのだろうな。
「さて、ここからは俺とお前の一対一だ」




