暴食魔剣グラム
「今日はどうする?」
いつもならバフォメットの時のように俺たちの受けられる範囲ギリギリの魔物だったり、俺の能力強化になりそうな魔物を討伐しに遠出するのだが、中途半端な時間になってしまった。
今から新迷宮や瘴気迷宮に行こうものなら野宿を覚悟する必要があるだろう。
「うーん、今日は近場の依頼でいいか? 呪いの剣の性能を試してみてえ」
「いいわ。私もちょっと気になっていたし付き合ってあげる」
「助かる」
そんなわけで今日は遠出せずに、近場の草原に棲息するエッグプラントという魔物の討伐依頼を受けることにした。
城門を出て平原に向かうと、清々しいまでの緑が広がっている。
天気も良く絶好のお散歩日和だが、そういったゆっくりとした時間はやるべきことをやってからだ。
マジックバッグから呪いの剣を取り出す。
刺々しい装飾の施された真っ黒な剣には、今も赤黒いオーラが渦巻いている。
暴食剣グラム……瘴気迷宮で発見された呪いの剣。相手の魔力を吸収することができ、己が力とする。
ロンドが所持していた時は【鑑定】が弾かれたが、正式な所有者が俺へと移ったことで詳細を見ることができるようになったようだ。
「暴食魔剣グラムか……」
「それが呪いの剣の名前?」
「そうみてえだ」
相手の魔力を喰らい、己が力とするこの剣に相応しい名前と言えるだろう。
「大まかな性能はわかった?」
「ああ、確かめるために魔法を撃ってもらっていいか?」
「ええ、いいわ。シルフィード!」
エリシアがいきなり風精霊であるシルフィードを呼び出した。
「ちょっと待て。いきなり精霊魔法で試す必要はねえだろ?」
「魔法を吸収することができるんだから一緒でしょ?」
「そうかも知れねえが何があるかわからねえだろ? ここは穏便に普通の魔法で頼む」
「……しょうがないわね」
真剣に頼むと、エリシアは不服そうにしながらもシルフィードに待機を命じた。
俺がおかしいのだろうか? 思わず自分の感性を疑ってしまいそうになるな。
エリシアから距離を取ると、俺は暴食剣グラムを構えた。
十メートルほど先に立っているエリシアは短い詠唱をすると、杖の先に球状になった風が浮かんでいた。
初歩的な風魔法の風弾である。
さすがに最初から風刃などをぶっ放されると怖いので助かる。
「準備はいい?」
「ああ」
頷くと、エリシアは風弾を射出した。
暴食剣グラムを水平にして掲げると、風弾を見事に吸収。
すると、グラムを通じて俺の身体に魔力が流れ込んできた。
名前:ルード
種族:人間族
状態:通常
LV48
体力:264(244)
筋力:224(204)
頑強:184(164)
魔力:176(156)
精神:150(130)
俊敏:171(151)
ユニークスキル:【状態異常無効化】
スキル:【剣術】【体術】【咆哮】【戦斧術】【筋力強化(中)】【吸血】【音波感知】【熱源探査】【麻痺吐息】【操糸】【槍術】【隠密】【硬身】【棘皮】【強胃袋】【健康体】【威圧】【暗視】【敏捷強化(小)】【頑強強化(小)】【打撃耐性(小)】【気配遮断】【火炎】【火耐性(大)】【大剣術】【棍棒術】【纏雷】【遠見】【鑑定】【片手剣術】【指揮】【盾術】【肩代わり】【瘴気耐性(中)】【瞬歩】【毒液】【変温】【毒耐性(中)】【毒の鱗粉】【麻痺の鱗粉】【エアルスラッシュ】【火魔法の理】【土魔法の理】【精神力強化(小)】【鋼爪】【魔力回復速度上昇(小)】
属性魔法:【火属性】
試しに自分のステータスを確認してみると、数値が全体的に上昇していた。
この剣で魔法を吸収すると、魔法に込められた魔力の分だけステータスが上昇するようだ。
「どう? 身体の感じは?」
「身体の内側から力が漲ってくる感じがする。それにステータスも上がってるな」
「本当ね。すごいわね」
ギルドカードを見せて、ステータスを見せるとエリシアが感嘆の声を漏らした。
「吸収した魔法を放つことはできる?」
「多分、できるな」
吸収した魔力を一気に解き放つようなイメージで剣を振るうと、先ほど吸収した風弾が飛んでいった。それと同時に身体を満たしていた魔力が一気に抜けていく感覚がした。
「さすがに魔法を放つとステータスは元に戻るみてえだ」
身体が少し重くなったように感じたが、正しくはステータスの数値が元に戻っただけだ。
特に魔法を飛ばしたことによる代償などではない。
「これがあれば魔法を使う相手に対して有利に立ち回れるだろうな」
魔法使いの不意を打つことができるし、これがあれば魔法による被弾を気にせずに接近することができる。防御系スキルが薄い今の俺にとって有り難い武器だな。
「有利なんてものじゃないわよ。魔法使い殺しだわ――きゃあっ!?」
エリシアが忌々しそうな顔をしながら顔を近づけると、グラムが威嚇するように赤黒いオーラを噴出させた。
エリシアが尻もちを突く中、グラムを宥めるように撫でるとオーラの噴出は収まった。
「俺以外にはあんまり懐いてねえみてえだな」
「そうみたいね。迂闊に近寄るのはやめておくわ」
エリシアの手を引っ張って起こしてやる。
澄ました表情でコメントしているエリシアだが、額からはかなりの冷や汗が流れていた。
ちょっと怖かったんだろうな。
「……ねえ、もっと強力な魔法を吸収すれば、どれだけステータスが上がるか気にならない?」
それは悪魔の囁きだった。
エリシアほどの実力者が本気で放った魔法を吸収すれば、どれだけステータスが上がるのか……。
エリシアの精霊魔法を吸収したロンドはかなりステータスが上がっていた。
それと同じ、あるいはそれ以上の上昇が見込めるのであれば、一時的にステータスをかなり増大できることになる。
「……いや、やめとく」
「えー!? 試しましょうよ! そのための実験でしょう?」
「お前の目がやべえんだよ。絶対、全力で魔法をぶっ放すつもりだろ?」
詰め寄ってくるエリシアの目は見開いており、口元から荒い息が漏れている。
俺の代わりに呪いの武器でも持っていれば、誰が見ても狂化状態になっていると通報を受けてもおかしくない。
「実験なんだから全力でやるに決まってるじゃない!」
「性能が確かめられれば十分だ。ほら、魔法を撃ちたいならあっちの魔物に撃ってくれ」
なんて会話をしていると不意に魔物がこちらに近寄ってきている気配を感じた。
確かに何かがいるのだがパッと見で視認することができない。
【熱源探査】を発動すると、近づいてきている魔物をしっかりと確かめることができた。
エッグプラント
LV13
体力:36
筋力:27
頑強:22
魔力:16
精神:15
俊敏:18
スキル:【蔓操作】【種子弾】【擬態】
卵のような頭部から蔓を生やした不気味な植物。
こいつらはエッグプラントという魔物だ。
草に擬態しながら移動し、標的を見つけると蔓で攻撃したり、種を飛ばしたりとしてくる草原のお邪魔虫。他の魔物に気を取られ、足元から思わぬ攻撃を仕掛けられて毎年大怪我を負ってしまう冒険
者も少なくない。
数が増えると草原での他の討伐依頼や採取がやりにくくなるために定期的に随時討伐依頼が貼り出されている。
今回、俺たちが草原に出てくるついでに受けた討伐依頼の標的だ。
エリシアも近寄ってくるエッグプラントを察知したのか、邪魔が入ったとばかりに小さく舌打ち。
「竜巻」
詠唱して杖を向けると、エッグプラントたちの足元で竜巻が派生。
竜巻に囚われたエッグプラントはなすすべなく天高く舞い上がって、風にその身を刻まれながら落下して死亡した。
明らかなオーバーキルだ。
高出力の魔法を発動してエリシアは少しだけ満足したのか晴れやかな顔をしていた。
今の魔法でも本気ではないのだ。本気で放たれたらどんな天変地異のような魔法が出てくるか想像ができない。
彼女の提案を断って良かったと心から思う。
自分の選択の正しさを噛みしめる中、後方からまたもエッグプラントが近寄ってくるのをスキルで察知。
「擬態していても俺からは丸見えだぜ」
どれだけ背景に溶け込もうが、そこに温度がある限り誤魔化すことはできない。
先手必勝とばかりに突進し、エッグプラントたちを斬り捨てた。
「感触は悪くねえが、大剣ばかり使ってたせいで軽く感じるな」
切れ味も非常にいいし、重心バランスも悪くないが物足りない。
(マセキヲ……ヨコセ)
なんて思っていると、不意にどこからともなく声が聞こえた。
周囲を見回してみるが俺たち以外に人はいない。
「どうしたの?」
「いや、今声が聞こえた気がしてな」
「私たち以外に誰もいないわよ?」
「だよな」
(マセキヨヨコセ)
しかし、俺の脳内ではさっきと変わらない声が聞こえている。
声質はグラムを最初に握った時の怨嗟の声と似ていた。
だとしたらこれはグラムの思念なのか?
声に従ってエッグプラントの魔石を渡してみる。
すると、グラムは魔法を吸収するかのように魔石を吸収した。
「剣が魔石を吸収した!?」
そんな現象を目視してエリシアが驚きの声を上げる。
(モットダ……モットシツノイイモノヲ……)
しかし、質が足りないらしい。剣の癖にいい魔石をねだるとは中々のグルメ家だな。
中途半端な魔石を出しても意味がないと思ったので、俺はエリシアから貰った上質の魔石を差し出してみる。
(オオオオオオオッ!)
上質な魔石を吸収すると、脳内で歓喜の声が響き、グラムがひと際強いオーラに包まれた。
「剣が大剣になった!」
重量が変わったことに驚いて視線を落とすと、なんと右手にあったグラムが大剣になっているではないか。
素振りをしてみると実に手に馴染む。
間違いない、前に使っていた大剣と長さも重量も同じだ。
「もしかして、グラムが俺の意思を汲み取って形状を変化させてくれたのか?」
「呪いの武具には秘められた力があるって聞いてはいるけど、こんなことまでできるのね」
エリシアが感心と呆れの入り混じった表情で呟いた。
俺もこんなことができるとはビックリだ。
「ねえ、魔石を吸収できるってことは、グラムなら魔素を込めた一撃にも耐えられるんじゃないかしら?」
「確かに!」
魔石を取り込める以上は魔素を原動力にもできるはずだ。
それなら魔素を込めた俺の一撃にもグラムなら耐えられるんじゃないだろうか。
試しに体内にある魔素を流し込んでみる。
通常の武器なら魔素に耐えきれずに刀身が悲鳴を上げたりするのだが、グラムにはまったくそんな気配はない。
むしろ、俺の流した魔素を貪欲に喰らっている。
このままだと魔素を喰われ過ぎて、俺が倒れてしまう気がする。
「うらああっ!」
そうなる前に俺はグラムを地面に叩きつけて一気に蓄積させた魔素を解放。
魔素によって強化された一撃は地面を深く割って突き進み、解放された魔素が一気に爆発した。
グラムを確かめてみると刀身には傷一つなかった。
「おお、すげえ! グラムなら魔素を込めた一撃に耐えられるぞ!」
「やったわね。これでルードも思う存分に魔素の力を使えるわね」
「ああ、だけど……」
「だけど?」
「これ、すっげえ腹が減る……」
発動するのにエネルギーを使うせいか、魔素を大量に消費したからかとにかく腹が減って仕方がない。
くたびれたように言うと、エリシアがクスリと笑った。
「魔物を食べる使い手と魔石を食べる剣。いいコンビなんじゃないかしら?」
確かにそうだなと苦笑しながら俺は討伐したエッグプラントの調理に取り掛かるのだった。
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