狂化
気が付くとすっかりと夜の帳が落ちており、魔道具による街灯が通りを照らしていた。
ヒンヤリとした空気が肌を撫でて、火照った身体を冷ましてくれるようで心地いい。
「はぁー、美味しかった」
「そうだな」
店を出るなりエリシアが満足そうな息を漏らす。
お店で提供された山羊の煮込み料理はしっかりと下処理がされているお陰で臭みもなく、肉もとても柔らかかった。
ラムチョップも羊特有の匂いもなく、柔らかくジューシーな食感で脂身も適度にあって旨みが強かった。
接客も悪くなかったし、評判通りの満足できる店だと言っていいだろう。
「ルードはあんまり美味しくなかった?」
エリシアの問いかけに少しドキッとした。
「そんなことはねえよ」
「でも、魔物を食べている時に比べると、そこまで満足しているようには見えないわ」
魔物を食べている時と、普通の料理を食べている時の俺の表情はそんなに違うものなのだろうか。
自分ではそこまで露骨な態度をしているわけじゃないが、エリシアにこのようなことを尋ねられるということはそう見えてしまっているのだろう。
だとしたら変に誤魔化す意味もないな。
「まあ、魔物料理に比べるとちょっと物足りないってのが本音ではある」
「へー、そこまで魔物って美味しいんだ」
「俺にとってはな。とはいえ、普通の料理も美味しく感じないわけじゃねえし、気にしなくてもいいぞ」
「本当に? 無理してない? 実はずっと魔物が食べたくて堪らない衝動に駆られていたりしない?」
「そんな衝動はねえよ。本当に無理はしてねえから気にするな」
「そう? ならいいんだけど」
きっぱりと告げると、エリシアは心配の色を引っ込めて笑った。
そのまま通りを進んで満腹亭へと帰路につくと、前方から女性の悲鳴のようなものが上がった。
街中では滅多に聞くことのない尋常ではない声。
気になって近寄ってみると、そこには満腹亭の看板娘であるアイラが尻もちを突いていた。
「どうした!?」
「ルードさん! 助けて!」
知り合いだったので声をかけると、アイラはすぐにこちらに駆け寄ってきて背中へと回る。
「なにがどうしたっていうんだ?」
「知らない冒険者が剣を持って追いかけてくるの! ほら、あそこ!」
怯えながらアイラが指さした先には、藍色の髪に皮鎧を纏った男性の姿がいた。
「うん? あいつは……」
その姿には見覚えがある。
瘴気迷宮で俺の後をつけて瘴気草を横取りしてきた三人組冒険者の一人だ。
確か名前はロンドだったか?
「もしかして、ルードの知り合い?」
「顔と名前は知ってるが、知り合いじゃねえな」
あんな奴等と知り合いだと思われたくないのでキッパリと否定しておく。
しかし、見たところ一人のようだな? 残りの二人はどこにいったのやら。
不思議に思いながら観察していると、ロンドの両目には赤い光が宿っており、右手には赤黒いオーラを纏った剣を手にしていた。
「……ねえ、彼の右手にあるのって呪いの剣よね?」
「呪いの剣だな」
ロンドの手に握られた禍々しい剣を見れば、間違いなく呪いの剣だとわかる。
彼の持っている剣はそれほどに禍々しい力を放っていた。
名前:ロンド
種族:人間族
状態:狂化状態
LV22
体力:166(78)
筋力:146(73)
頑強:122(66)
魔力:115(57)
精神:95 (47)
俊敏:132(66)
スキル:【剣術】【盾術】【詐術】【脅迫】【隠密】【ピッキング】
属性魔法:【風属性】【土属性】
「……狂化状態になってやがるな。ステータスがかなり上がってる」
念のために【鑑定】してみると、ばっちりと呪いの剣に蝕まれていた。
そのせいでステータスが軒並み上がっており、俺の数値に迫るような勢いだ。
狂化状態になると身体能力がかなり引き上げられると聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
「そう。だとしたら殺すつもりでかからないと」
「一応、肩代わりできるか試してはみる」
「それで無力化できるなら一番だけど無理はしないでね」
この様子から見るに食堂で噂してた殺人事件の犯人で間違いない。
こんな夜中に街中で血塗れの剣を持って人を襲っているのだ。もはや、言い逃れはできない。
放置しておけば、市民が次々と被害に遭うだろうし、またアイラが狙われるかもしれない。
アイラにはいつもお世話になっているんだ。こんなところで殺させるわけにはいかない。
俺も覚悟を決めるようにドエムから借りた大剣を抜いて構える。
「アイラは逃げてくれ」
「で、でも!」
「こういう時に身体を張るのが冒険者ってやつだ」
「そうよ。ここは私たちに任せなさい」
俺とエリシアがそう言うと、アイラはこくこくと頷いてこの場を離れてくれた。
「コロスッ!」
アイラが走り出すと、それを狙うようにしてロンドが突っ込んでくる。
勿論、させるわけがない。割り込むようにして大剣を振るった。
「アアッ!?」
剣を盾にするようにして俺の一撃を防ぐと、ロンドはギラついた瞳をこちらに向ける。
今の攻撃で完全にターゲットは俺たちに移ったようだ。それでいい。
「シルフィード!」
エリシアが風精霊であるシルフィードを呼び出す。
エリシアがロンドを指さすと、彼女の意を組んだシルフィードが宙に浮かび上がって風の刃を放った。
さすがのロンドも膨大な魔力のこもった範囲魔法を回避することができず、あっさりと風の乱舞に呑み込まれる。
「これで終わりね」
「いや、まだだ!」
土煙が舞い上がる中の俺の【熱源探査】はしっかりとロンドを捉えていた。
土煙の中からロンドが飛び出してくる。
驚いたのはその速さ。先ほど俺と剣を合わせた時に比べると、動きが遥かに早い。
戸惑いながらも俺は大剣を正面に構えて防いだ。
あまりの衝撃に柄を落としてしまいそうになったが、必死に力を込めて堪える。
「……なんだこいつ? さっきよりも速いだけじゃなく、パワーまで増してるぞ?」
狂化状態によってステータスが大幅に引き上げられているとはいえ、こいつのステータスは俺よりも低かったはず。それなのにどうして俺の方が力負けしそうになっているんだ?
「直撃したのに無傷!?」
エリシアの放った精霊魔法はかなりの威力を秘めており、直撃すればただで済むはずがない。
しかし、目の前にいるロンドは五体満足の姿をしており、かすり傷一つ負っている様子はなかった。
明らかにおかしい。
名前:ロンド
種族:人間族
状態:狂化状態
LV22
体力:226(78)
筋力:186(73)
頑強:146(66)
魔力:135(57)
精神:125 (47)
俊敏:162(66)
スキル:【剣術】【盾術】【詐術】【脅迫】【隠密】【ピッキング】
属性魔法:【風属性】【土属性】
念のために【鑑定】をしてみると、ロンドのステータスが急激に上昇していた。
ロンドに特別なユニークスキルやスキルはない。
他に要因があるとすれば、右手に握られている呪いの剣しかないだろう。
呪いの剣に【鑑定】して能力を見抜きたいが、スキルが弾かれてしまって暴くことができない。
だったら直接確かめてみるしかない。
「エリシア、もう一度魔法を放ってくれ。ただし威力はかなり弱めたもので頼む」
「わかったわ! 風刃!」
エリシアが加減した風魔法を放つと、ロンドはそれを避けることはせず呪いの剣を掲げた。
すると、射出された風矢は掲げられた呪いの剣に吸い込まれた。
「あの剣は魔法を無効化するのね!」
「それだけじゃなく、取り込んだ魔力を一時的に自分の力にできるみてえだ」
再び【鑑定】してみると、魔法を吸収してからロンドのステータスが僅かにだが上がっていた。
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