魔物を喰らった貴族の顛末
ドエムの工房で発注をし、繋ぎとなる大剣を借りた俺は、そのまま街をうろついていた。
ここ最近は迷宮探索やランクアップのための依頼に勤しんでいたせいか、ゆっくりと街を回る時間がなかったが今日は休みだ。思う存分に街を見て回ろう。
魔物を食べるようになって調理をする回数が各段に増えたせいか、ここ最近気になるのは調理道具や香辛料、食材といったものだ。
市場のそういったエリアを歩いていると声をかけられる。
「お兄さん、最近流行りのピーラーはいかがだい?」
店員が手に持っているのはYの字になった小さな道具らしきもの。
流行りと言われても、そういったものに疎い俺には使い道がわからない。
「ピーラー? なにに使うんだ?」
「よく聞いてくれたね! 用途は食材の皮を薄く剥くことさ! たとえばジャガイモのような包丁で皮を剥きにくい食材もピーラーにかかれば……ほら!」
店員はジャガイモを取り出すと、そのままピーラーとやらを押し当ててスルスルと皮を剥いてみせた。
恐らく、ピーラーとやらには刃がついているのだろう。
それがジャガイモの表面を削り、薄い皮だけを取り除いているみたいだ。
「すげえ! めちゃくちゃ便利じゃねえか!」
「でしょう!? 包丁の扱いが苦手な人でも早く綺麗に皮を剥くことができるので家庭でも人気なんです」
「いくらだ?」
「お一つ八百レギンになります」
「買った!」
八百レギンを差し出すと、店主は笑顔でピーラーを差し出してくれた。
今までは包丁を使って皮を剥いていたが、ピーラーがあれば早くて綺麗に皮が剥ける。
探索中の調理時間を減らせるのは素晴らしいことだ。調理時間の短縮は探索の効率や安全の向上につながるからな。
マジックバッグがあることだし、ピーラーで下処理をした食材を持ち込むのもアリかもしれないな。
他にも調理道具だけじゃなく、露店を巡って珍しい香辛料なども買い集めてみる。
懐がそれなりに潤っているからか、以前は高くて手が出せなかった品物が気軽に買えて嬉しい。
そんな風に露店を練り歩いていると、やや古ぼけた内装をしている本屋が目に入った。
ここ最近は料理をする機会が増えたことだし、レシピ本とか探してみるか。
本屋に入ると、カウンターに座っている老人へと三万レギンを渡してマジックバッグを差し出す。
本は高級品だ。
ひとつひとつが手作業なので書き写すにしてもかかる費用が膨大だ。
万が一にも盗まれてしまうと商売が干上がってしまうので、こうやって最初にお金を預け、盗難できそうなバッグなども預けておくのがルールとなっている。
ちなみに預り金などは店を出る時にきちんと返却してくれるので問題ない。
手ぶらになった俺は本棚が大量に設置されている店内を歩く。
ここの店主はきちんとジャンルごとに書物を管理しているらしく、表記されている札に従って移動すればすぐに目当てとなる料理関係の本を見つけることができた。
そこには普通の家庭料理のレシピや、そこらにある植物、木の実、果物などの調理法を示したもの、レストランなどで提供される高級料理のレシピなどもあった。
軽く内容を確認し、必要になりそうなものはすべて買うことにする。
料理人でもない俺の知識だけでは美味しい料理を作るのに限界があるからな。
先人の知恵を借りて、もっと美味しい料理を作れるようになろう。
そんな風にせっせとレシピ本を集めていると、気になるタイトルの本を見つけた。
「……『魔物喰らいのイータ伯爵』?」
もしかして、俺と同じように魔物を調理して食べていた人がいるんだろうか。
気になってページをめくってみると、そこにはオーク、ウルフ、ゴブリン、スライムなどといった魔物の解体の仕方や、美味しく食べるための調理技術が書かれていた。
かなり詳細だ。どこの筋を切ればいいか、どこの内臓は食べられるか、どのように下処理をすれば美味しく味わえるかが丁寧に書かれている。
その緻密な描写や多大な情報量からこの手記を書いた者は、俺と同じように魔物を食べたことがあるのだとわかった。
「す、すげえ」
俺以外に魔物を食べられる人がいたのか。
同類を見つけたことに感動を覚えながらパラパラとページをめくっていく。
それぞれの魔物ごとに違った下処理があって面白い。
「それは魔物を調理して食うことに生涯を賭けた貴族の手記だ」
「うおっ!?」
夢中になって見ていると、後ろから店主が声をかけてきた。
影による凹凸で妙な迫力が出ていて怖い。
「好奇心で読むには面白いが、絶対に真似をするんじゃないぞ。その貴族のような最期になりたくなければな」
「この貴族の最期?」
問い返すも店主は背中を向けてしまって答えてはくれない。
最後のページを確認してみると、この手記を書いたイータ伯爵の顛末が書かれている。
どうやらイータ伯爵はスキルによってある程度の耐性があったが、魔化状態を食い止めることはできずに暴走。
家族や領民を喰い殺し、最期は醜い魔物へと成り果てて国に派遣された騎士団に討伐されたようだ。
そして、ページの最後にはいかに魔物食が野蛮で危険かを啓発するような文章で締めくくられていた。
「……まじか」
せっかく同類を見つけたと思ったのだが、残念ながらイータ伯爵は既に不幸な形でこの世を去ってしまったらしい。
魔物を喰らうことのできる俺にとってはかなり有益な手記だというのに非常に残念だ。
この世を去ったとはいえ、イータ伯爵の知識は俺にとって役立つものばかりだ。
彼の記した知識は俺が引き継いで有効利用させてもらおう。
家庭料理のレシピ本、食材図鑑、魔物喰らいのイータ伯爵の本を購入すると、預り金とマジックバッグを返してもらって本屋を出ることにした。
本屋を出ると、既に空が茜色に染まっていた。
夢中になって本を物色していたせいで結構な時間が過ぎてしまったようだ。
「「あっ」」
満腹亭に戻るために通りを歩き出すと、ちょうど視線の先にはエリシアがいた。
「その感じからしていい剣が見つかった?」
こちらに寄ってきたエリシアの視線が背中にある大剣へと向かう。
「これは間に合わせに借りてるやつだ。普通の剣じゃ魔素に耐えられないから新しく作ってもらうことになった」
「……事情を話したの?」
「長年の付き合いのあるドワーフのおっさんだ。良くも悪くもそういうことには無頓着だ」
「ああ、ドワーフなら面白がって作ってくれそうね。魔力ならともかく、魔素の使用に耐えられる剣なんて頼む人もいないでしょうし」
軽く事情を説明すると、エリシアは納得したように頷いた。
「そっちはいい買い物ができたか?」
「ええ、お陰様で身の回りのものも揃ったし、大体の街の地形なんかも把握できたわ」
エリシアは長い間逃亡生活をしていたせいで物資の補充がままならなかったが、ゆっくりと時間がとれたことによってしっかりと補充することができたようだ。
互いにゆっくりとした充実した一日が過ごせたようで何よりだな。
「せっかくだし今日はこのまま外で食べない?」
「いいぜ」
こうやって外で出会ったのならいつもの満腹亭ではなく、街の中にある店で夕食を摂るのも悪くない。
「食べたいものとかあるか?」
「山羊料理のお店!」
「やけに具体的だな?」
肉や魚、野菜を食べたいと言われることはあっても、ここまで具体的に言われることは少ないと思う。
「ルードの食べていたバフォメットが美味しそうだったから食べたくなったの!」
「なるほどな」
「ある?」
「確かこの通りに山羊と羊肉を扱う店があったはずだ。そこでいいか?」
宿泊者たちの会話でそういう店があると聞いた。
俺は行ったことはないが美味しいらしい。
「ええ、お願い!」
エリシアが頷いたのを確認すると、俺は記憶を頼りに目的の店へ移動するのだった。
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